創作

ただその40分間の為だけに(2)

「クマさーん、お客さーん」 三年でもまた同じクラスになったメガネユキコが、彼等のホームルーム、3年1組の出入り口からそう呼びかけた。何事かと訝しがりながらクマがそこまで行くと、全く知らない女生徒が立っている。 「あのう、私、3年7組のチャコ…

ただその40分間の為だけに(1)

そして1974年4月、僅か11名の部員で春の甲子園に準優勝を果たした徳島県立池田高校野球部への称賛が続く中、クマは唯一人、自分のフィールドで新たな挑戦を開始した。 高校3年になって遅れ馳せながら大学受験に目覚めた彼が先ずした事は、卒業に必要…

ただその40分間の為だけに(序)

不器用な青春を精一杯生きたすべての者に捧げる <主な登場人物> クマ: 物語の主人公。音楽一辺倒の生活に変化が。 アグリー: クマの盟友でライバル。 ヒナコ: 自分の音楽人生を文化祭に賭ける。 ムー: ヒナコの相棒。男言葉を使う不思議な少女。 セン…

お知らせ

今年の5月から6月にかけて、私は「青春浪漫 告別演奏会顛末記」なる小説のような雑文を連載して、自ら己の文才の無さを白日の下に晒し「拙文王」の名を不動のものにした。 実は自分でも忘れていたのだが、その第5回には次のような記述があった。 『・・・…

想い出は帰らない

昼過ぎ、南南西の風が厚い雨雲を運んで来た。 一瞬にして空を覆うスコール。昔、パダンのホテルの部屋から眺めた景色に似ていた。 程なく大粒の雨が、風に揺れる街路樹の葉を叩き、行き交う車のライトが、濡れたアスファルトに滲んだ。 あの日も、心を閉ざし…

連載を終えて

遠い日の夏、私はこの「青春浪漫 告別演奏會顛末記」という物語を書いた。きっかけは当時一浪中だった元学級委員メガネユキコ女史から「フェアウェル・コンサート」のライブ・テープの追加注文の連絡を受け、理由を訊けば、同級生だった女子が入院治療中なの…

青春浪漫 告別演奏會顛末記 21

13.「あのさあ・・・」ダンディーはそう切り出した フェアウェル・コンサートが終わって数日間、クマはライブレコーディングした2本の90分テープを何度も繰り返し聴いていた。アグリーは凡そ20名からこの録音テープの注文を受けていたが、そのままダビ…

青春浪漫 告別演奏會顛末記 20

12.「Don't Think Twice, It's All Right」クマは呟くように口ずさんだ とにかく終わったのだ。アグリーはコンサートを録音したテープの注文を取って回っていた。クマのところにはヒナコとムーがやって来て、「3年で同じクラスです、よろしくお願いします。…

青春浪漫 告別演奏會顛末記 19

11.「せっかく・・・」センヌキは恨みがましく非難した 所を三年四組に移して、マイクのセッティングやミキシングの調整が行われ、それが終わるとナッパから春休みに実施する最期のクラス合宿の説明があった。彼女は白いブラウスの襟元に細い黒のリボンを飾…

青春浪漫 告別演奏會顛末記 18

10.『すべてとお別れだ』クマは心の中で呟いた (2) ルバング島から29年振りに帰還した旧帝国陸軍の小野田少尉の話で日本中が持ち切りだった時、全く何の話題性も無い「愛と平和の祭典、フェアウェル・コンサート」も、遂に本番前日を迎えた。その日「深沢う…

青春浪漫 告別演奏會顛末記 17

10.『すべてとお別れだ』クマは心の中で呟いた (1) フェアウェル・コンサートを数日後に控えて、センヌキの家での I, S & N の練習は連日夜まで続けられた。しかし今まで吉田拓郎の歌が全てだと信じてきたセンヌキに、クマの高度というよりは、単にマニアッ…

青春浪漫 告別演奏會顛末記 15

8.「♩...♩...」ニッカは必死にリズムを刻んだ ナッパは正門脇にある自転車置き場の前で待っていた。『いやあ、お待たせしてゴメン。さあ行きましょうか』と言おうとしたクマは、彼女の隣にニッカが立っているのを見て、思わず言葉に詰まってしまった。…

青春浪漫 告別演奏會顛末記 14

7.「ごちゃごちゃ言ってんじゃねーよ」アガタは迫力ある顔にものを言わせた (2) ナッパとの夢の合同練習当日、クマはアガタの家へ行き、彼が知り合いから引っ掻き集めてくれたギターアンプ類を二人で、センヌキの父親から分捕った感のある「上野毛NAPスタジ…

青春浪漫 告別演奏會顛末記 13

7.「ごちゃごちゃ言ってんじゃねーよ」アガタは迫力ある顔にものを言わせた (1) クマ達はその日、機関誌「DANDY・最終号」編集の為、試験休み中にも拘らず登校した。一番最初に教室に着いたクマは、女子が数名いるのを見て一瞬驚いたものの、すぐに『春休み…

青春浪漫 告別演奏會顛末記 12

6.「月の法善寺横丁?」クマは首を傾げた 四月から3年生へ進級にあたり、学校側は卒業後の進路に合わせたクラス編成を行う為、「進学」「就職」、そして進学組は「国公立」「私大」の四年制、短大、また夫々理系、文系別の志望調査を行った。 出来れば一日…

青春浪漫 告別演奏會顛末記 11

5.「青山純がいるのに」誰もがそう思った 実質二ヵ月位しかない三学期は瞬く間に過ぎた。その間クマは、オリジナル全8曲からなる一人多重録音のテープ第二弾を、極一部の学友諸君に対し緊急発表し、アグリーも新曲を二つ作った。 アグリーは20世紀最大の…

青春浪漫 告別演奏會顛末記 10

4.「許せない!」クマはジェラシーの炎に身を焦がした (2) 投稿された「悲しい夢」に対する『夢判断』を、アグリーは次のように「DANDY」に書いていた。 天国の花園より夢見る少女へ・・・ 若い日々の一つの愛は、 あなたを今まで行ったことの無い所へ連れ…

青春浪漫 告別演奏會顛末記 9

4.「許せない!」クマはジェラシーの炎に身を焦がした (1) フェアウェル・コンサートへの出演依頼に対するナッパの回答は、直接伝えられる事はなく、アガタが何処からかクスねてきた郵便受を、教室の壁に取り付け「DANDY」 投書箱と書いた中に入っていた。…

青春浪漫 告別演奏會顛末記 8

3. 「私は怒っています」ナッパは電話の向こうで泣いた (3) 話が少し遠回りした。機関誌 「DANDY」 の編集が毎週木曜日の放課後に行われている事は既に述べた。そんなある日、現国のテストの答案が返って来た。教員チカン清水は教壇から1人ずつ名前を呼んで…

青春浪漫 告別演奏會顛末記 7

3. 「 私は怒っています」ナッパは電話の向こうで泣いた (2) 『五行 ①中国古来の哲理にいう、天地の間に循環流行して停息しない木・火・土・金・水の五つの元気。万物組成の元素とする。』(広辞苑第六版より抜粋) 現国の教員、チカン清水は、中間、期末と…

青春浪漫 告別演奏會顛末記 6

3.「私は怒っています」ナッパは電話の向こうで泣いた(1) メガネユキコは同い年ながら、分別のある言動や日頃の立ち振る舞い等から何処かしら年上のように見え、クマ達もごく普通に会話が出来る数少ない女子の同級生で、2年4組の学級委員でもあった。 彼…

青春浪漫 告別演奏會顛末記 5

2.「僕達は週刊DANDYを発行します」編集部一同が宣言した (2) 一方コンサートの方は「2-4 フェアウェル・コンサート」と名をうって機関紙『DANDAY』の紙面を借りPRが始められた。尤もどちらも同じ仲間内での企なので、すべからく自画自賛の世界であった…

青春浪漫 告別演奏會顛末記 4

2.「僕達は週刊DANDYを発行します」編集部一同が宣言した (1) 年が明けて1974年1月、その機能的外観から「軍艦島」と呼ばれた三菱端島炭鉱閉山のニュースが巷に流れていた。 それとは全く何の関係も無く、深沢全共闘、兼新聞委員のアガタの発案のもと週…

青春浪漫 告別演奏會顛末記3

1.「コンサートやらないか」アグリーが言い出した (3) アグリーのソロアルバム制作は手持ちのオリジナルがまだ数曲残っていたが、写真撮影など開始時に無用な時間を浪費し過ぎた為、結局4曲を録音して年の瀬を迎え時間切れとなり、取敢えず終了した。 残…

青春浪漫 告別演奏會顛末記 2

1.「コンサートやらないか」アグリーが言い出した (2) レコーディングごっこであるからして、当然スタジオで録音するわけではない。その頃の彼等の小遣いでは学用品を除き、月々LPレコード1~2枚とギターの弦を買う位が精一杯で、レンタルスタジオを借…

青春浪漫 告別演奏會顛末記 1

1.「コンサートやらないか」アグリーが言い出した (1) 国道246号線、通称玉川通りは世田谷区駒沢を過ぎると多摩川に向かってだらだら坂が続く。その途中、深沢八丁目のバス停から駒沢通りへと抜ける桜並木の道沿いに東京都立深沢高校はあった。 創立か…

連載開始のお知らせ

改まって告知する程の事ではないが、以前から考えていた企画を実行しようと思う。実を言うと私には、この「風のかたみの日記」の他に別IDで2016年から始めた創作小説を掲載するブログがある。 だが全く何の予備知識も無いまま見様見真似で「はてなブロ…

わたしの部屋

久し振りに今週のお題について書いてみようと思ったが、既に締め切られたかも知れない。因みにそのお題とは「わたしの部屋」 かってオーディオ機器のCMソングで「♪この部屋は僕の荒野です このひと時が僕の旅です♪」という歌が流れた。歌っていたのは当時人…

SERENADE FOR STRINGS

いつの頃からかストリングスのアレンジに興味を持つようになり、専ら主旋律にぶつからない心地良い裏メロ作りに生き甲斐を感じながら、いつかは洒落た弦楽曲を自分でも作りたいと考えていた。 しかし考えるのは勝手だが現実はそれ程甘くはない。私の音楽の知…

帰るべき場所

都立高校が5月の大型連休が終わるまで休校と決まり、それに伴い小中学校でも同様の措置がとられる可能性が高い。感染者数は増加の一方で、政府の緊急事態宣言も取り沙汰される中、正に新型コロナウイルス禍はいよいよ長期戦の様相を呈して来た。 不要不急の…