Martin D-45への尽きない想い

 米国C.F.マーティン社のギター、D-45は私の憧れだった。(DはデカイのDでは無く、ドレッドノートのD、結局同じ意味か?) その存在を知った中学2年の頃73万円という破格の値段。因みにトヨタカローラの新車が52万円程で買えたようだ。

 当時ベトナム戦争真っ最中、ホー・チ・ミンは既に死去していたが戦いは泥沼化、夥しい数の兵士の亡骸が横田基地に搬入され、その遺体洗浄=給金1体1万円でアルバイト募集との噂を耳にした。

 という事は73体洗えばD-45が手に入る等と不謹慎な事を友人と話していたが、この噂には落ちがあり「あまりの凄惨さに1体洗うと二度と出来ない」と伝えられていた。所謂、都市伝説だったのだろうし、第一、中学生が採用される筈もない。

 それから長い歳月を経て、私は漸く50歳代になってこのギターを手に入れた。唯一の拘りは「フォワードシフテッド・スキャロプド・Xブレイシング」(説明は面倒なので省く)。音は思い入れが強過ぎて冷静に判断出来ない。勿論いい音に決まっている。

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