アラミスを巡る妄想

 世の中には特段芸能人でも無いのに、思わず振り返りたくなるような容姿端麗な女性がいる。

 私が未だ二十代だった頃、勤務先に突然、短大新卒のそれこそ百人が見て百人共「可愛い、綺麗」と言われるような女性が入社。社内のロートル始め全男性社員は皆、チャン付けで名前を呼び、中にはお尻を触る不届きな先輩もいた(中さん、アンタの事だよ!)。そして、その美貌は同じビル内のグループ会社迄広がっていった。

 ところが私ときたら全く興味が湧かず、互いに本やレコードを貸し借りするものの、別にそれ以上関係を深めようとは思わなかった。

 そんな或る日、唐突に彼女が私の所へやって来て、「これ、少し前に買ったのだけれど、必要無くなったので良かったら使って貰える」と言いながら包みを差し出した。私は戸惑ったが礼と共に受取り、帰宅後開けてみると、アラミスの石鹸セットだった。当時私は同社のコロンを使用していて、彼女はその匂いを頼りに不用品を処分したものだろうと思われた。

 その後、何度か二人だけで夕食やバーに行ったり、タクシーで家まで送った事もあったが、それ以上進展する事はなく、数年後、彼女は結婚し子供が出来たのを切っ掛けに退職した。

 後から聞いた話によると、あの頃、彼女は失恋し傷心の日々を送っていたと言う。多分、彼女を傷つけた愚かな男もアラミスを使っていたのだろう。

 私の対応次第では、もしかしたら人が振り返るような女性とを結ばれていたかも知れない。今日、探し物をしていて収納を開いたところ、偶々手付かずの石鹸セットを見つけ、ふとそんな事を考え微笑んでいる自分がいた。

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