船員と言う職業

 6月9日、このテレビ番組を見た。

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 登場するのは最新鋭の自動車専用船。運航者は大手船会社の商船三井。番組では本船が乗用車を積載して広島を出港、メキシコからパナマ運河を経由して北米に至るまでの海上で乗組員が仕事や生活する様を判り易く紹介していた。

 そこでの船員の居住環境は非常に恵まれて見えた。シャワー付きの個室とクルーズ船かと見まがう充実した設備や食事。仕事はそれなりに厳しそうだが、暫く家や家族から離れ、限られた空間で過ごす以外、陸上生活と比べ何の遜色も無く、考えようではそれ以上に優雅にさえ思える。

 しかしである。船員を生業としている人達にとって、現実はこのような職場ばかりでは無い。それどころか劣悪とまでは言えないにせよ、狭い居住区と自炊といった厳しい環境の方が遥かに多く、それゆえの弊害が山積されている事も忘れてはならない。   

 思い出して欲しい。去る5月26日未明、千葉県犬吠埼沖で貨物船同士が衝突、その内の一隻が沈没し三名が死亡、一名が行方不明になった事故の事を。

 当該船舶は先の自動車船とは比較にならない程小型で、しかも国際航海に従事しない内航船であり、勿論プールやジム等の設備や、豪華な食事を調理する料理人も存在しない。そして何よりも特筆すべきはこの一隻が五名で運航されていた事である。

  船舶の乗組員数は船員法や船舶職員法で定められており、この船に限れば五名でも脱法行為では無い。だが夜間当直は一名体制で、幾ら最新式のレーダーや AIS といった航海計器を装備しても、最後は目視に頼らざるを得ない。

 尚且つ国内の海上輸送では入出港の頻度が極めて高く、それでいて停泊時間は短い。この事は乗組員の労働条件の厳しさに直結、だが賃金は決して高額ではない。端的に言えば全く魅力の無い職場なのである。

 その結果、当然の事ながら海上勤務を希望する者は極端に少なく、現在国内を航行する殆どの貨物船には高齢の船員が乗船しているのが実態であり、それはこの事故の犠牲者の年齢を見ても明らかであろう。即ち、全員が60歳以上、最高齢は72歳なのだ。

 ここにも若年労働者不足という我が国が抱える大問題が散見され、政府機関や関係各所はその対策を講じているのかも知れない。だが長く問題視されていながらその成果は中々見えて来ないし、状況は更に悪化しているように思えてならない。

 事故の原因究明は勿論重要である。しかしそれ以外に背景にある事実を認識する事も必要ではないだろうか。最早かっての海運国日本の面影はそこに存在しない。

 どのような船であっても、船乗りにとって『板子一枚下は地獄』という本質には変わりはないのかも知れないが、青く輝く太平洋をイルカと並走する新鋭船をテレビ画面で眺めながら、私はふとそんな事を考えていたのだ。

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