I💗 MARTIN(その3)

 たとえ期待通りに鳴らないとは言え、取敢えず憧れのアイテムを仕入れた私は、少なからず虚栄心を満足させ、それまであまり顧みなかった楽器のメンテを見直し、様々な専用グッズを買い漁っていた。

 マーティンのギターは思ったよりも遥かにデリケートで、例えば塗装に使われているラッカーは非常に薄く、特にゴムとの相性が悪い為、不用意にギタースタンドに立てかけたままにすると溶けてしまう。

 これに対して国産のギターの多くはポリウレタンを用いており、溶け出す心配は無いが、そのぶ厚い塗装面が木製のボディーの振動を抑えてしまうらしい。

 このような雑学は実際の演奏には何の役にも立たないが、楽器を長持ちさせる為に幾分有効かもしれない。

 さて肝心なD-41の方はと言えば相変わらず籠った音のままで、それでも毎日少しでも演奏するようにしてエージングとやらが進む事を願うばかりだった。

 その一方、私は昼休み時間がある時は、会社のPCで御茶ノ水界隈に点在する中古楽器店のウエッブサイトを検索し、何か掘り出し物はないか物色を始めていた。何を隠そう実はもう一本欲しいマーティンのギターがあったのである。

   それは00シリーズ。代表的なD(ドレッドノート)に比べ小振りな形状のこのモデルは、多くの女性シンガーが愛用しており、ジョーン・バエズやジュディー・コリンズ、日本では森山良子、本田路津子五輪真弓がいる。

 このクラシカルなくびれたスタイルは何とも魅力的で、実際のところヘッドの形状、ネック幅、12フレット・ジョイント等、クラシックギターとの共通点が多い。

 従ってガンガン弾くというよりはアルペジオ向きと思われ、これに一番柔らかいコンパウンドゲージを張ればきっと美しい響きになる筈である。

  勿論このモデルもマーティンは製造を続けている。しかしここは経験を活かし、ある程度エージングが進んだ、それでいてコンディションの良い、そして価格がリーズナブルな物があれば最高だ。

 そんな思いで毎日のようにネットを眺めていたところ、願いが通じたのか遂に出物を発見するに至った。

 00-21GE Limited、写真の下にはそう書いてあった。21はエントリーモデルの型番、だがGEとは一体何か。勿論、米国の巨大企業とは関係は無いし、材料にゲルマニウムを使っている訳でも無い。

 しかし曲がりなりにも既にマーティンのオーナーとなった私は、この記号の意味を直ぐに理解出来た。GEは golden era の略。即ち1930年代から45年にかけてマーティンの黄金時代に製造されたモデルの復刻版、別の言い方をするならば pre-war なのである。しかもトップ(表板)にアディロンダック・スプルースが使用されていると言う。

  これはもうとにかく現物を見なければばらないと確信した。そしてそう考えるという事は既にこれを入手しようと思っている証拠なのだ。私は店に仮予約の電話を入れそそくさと御茶ノ水へ向かった。

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 ところで前回、読者の方から実際の音を聞いてみたいとのリクエストを頂いた。これを出してしまうと、私のプレイが口ほどにも無い事を露呈してしまう恐れがあるが、折角なので最終回に実現したいと考えている。期待せずにもう暫くお待ち願いたい。<続>