I💗 MARTIN(その5)

 新品のHD-28Vは予想通りあまり鳴らなかったが、トップ板の振動を増幅する為に付された様々な施策により確かに音量は大きく、秘められたポテンシャルは充分に感じられた。と言うよりもそう信じるしか他に手立ては無かった。

 ところで、そもそも私がギターを始めたきっかけは小学6年の時、サイモン&ガーファンクルの歌に感動し、聴くだけでは飽き足らず、どうしてもそれを自分で演奏したいと思ったからである。

 そのS&Gにおいて作詞作曲とギター演奏を受け持つポール・サイモンは、デビュー当初はマーティンD-21、その後ギルドのF-30アラゴン。ソロになってからはマーティンD-35S、オベーションN619-5、そしてヤマハのカスタム等と使用楽器を変えていった。

 一方その頃マーティン社は以前から取り組んでいた企画、アーティスト名を冠した所謂「シグネーチャーモデル」の制作を拡大。その中でエリック・クラプトンの000-28ECがMTVアンプラグドの時流に乗って大ヒットを収めていた。

 そのクラプトンより遥かにアコースティックギターとの関係が深いサイモンを、マーティン社が放っておく筈が無く、案の定OMー42PSというモデルを発売した。小柄なサイモンの身体に合わせて、Dサイズより一回り小さなOMを採用。また彼自身このギターの制作段階から携わり、数々の試行錯誤を経て完成したとの触れ込みであった。

 私はこのギターが発売される事は事前に知っていた。しかし全く購入意欲は沸かなかった。理由は至って単純、115万円というその価格が私には高過ぎたのだ。

 流石にこの金額では幾らサイモン・フリークを自負していても、余程財力があるならともかく、とても手が出せない。そしていつしか私はこのギターの事を忘れてしまった。

  ところがである。ある日いつものように会社のPCで中古楽器店サイトを彷徨っていると、何とそこにはOM-42PSの文字が。そして価格を確認するとメーカー希望価格の半額とまではいかないものの、ギリギリ何とかなりそうな範囲である。私は久々に物欲の炎がメラメラと燃え始めるのを感じながら早速店に電話をかけ、当日中に行く事を伝えた上でそれ迄の間の仮押さえを要請した。

 そのOM-42PSの第一印象は「あまり丁寧には扱われていない」だった。あちこちに細かい傷があり、しかも純正のケースも無い。だからこの価格なのだろうとも思われた。

 だが、これを買わなければ二度とこのギターを入手するチャンスは無いかも知れない。しかも一番大切な音はエージングが進んだせいか、非常にこなれた感じがする。

 当初マーティン社はこのモデルを500本生産する予定だった。しかし価格設定が高過ぎたのか全く売れなかった為、実際に市場に出たのは200本足らず。その後メキシコ貝のインレイ等を廃した廉価版、PS2(ゲーム機ではない)なるモデルを追加発売するも、新たな需要喚起には結びつかなかった。

  その原因のひとつは、ポール・サイモンはソングライターのイメージが強すぎて、ギタリストとしての認知度が低いせいではないかと考えられる。だが卓越した彼のプレイはもっと評価されるべきと私は思う。

 何はともあれ、私は#47/500とナンバリングされた4本目のマーティンを手に入れたのだった。<続>

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     中のシールにはPサイモンとCFマーティン社長の直筆サインがある。