I💗 MARTIN(その6)

 2003年、サイモン&ガーファンクルは久々に再結成し「オールド・フレンズ・ツアー」を開始した。そして2009年には来日、私は武道館で久し振りに彼等の生演奏を聴いた。このツアーではサイモンは一貫してマーティンOM-42PSを弾いており、世界に200本足らずと言われる同一モデル所有者としては、それを見るだけで密かな優越感に浸る事が出来た。

 そうこうしているうちにマーティン社は今度はスティーヴン・スティルス名のD-45SSを発表し、玉置浩二がこれを購入した記事を専門誌で読んだが、彼がスティルスのファンだったとはつゆ知らず、人は見かけに依らないものだと思った。

 尚、このギターは希少材であるブラジリアン・ローズウッド(ハカランダ)を使用した超贅沢仕様。価格も充分過ぎる高額だった為、私の食指が動く心配は全く無かった。

 さてこのハカランダ(Jacaranda)と言う単語、マーティンを語る上で避けては通れない固有名詞である。非常に密度が高く硬い木材で主に家具に用いられたが、森林伐採が進み絶滅の危機があった為、1992年ワシントン条約によって輸出制限がなされたという。

 この材がギターにも使われるようになったのは、元々ギターは家具職人が作っていたという歴史があり、マーティンも家系を辿れば先祖はドイツの家具職人であったという事実が大いに関係している、と私は睨んでいるがどうだろうか。

 第二次世界大戦前(Pre-War)、マーティンはこのハカランダを自社のギターの多くにサイド&バック(側板&背板)用として使用して来た。しかし、前述の通り次第に入手困難となり、やがてストックが枯渇した為、イースト・インディアン・ローズウッドに変更して現在に至っている。

 そのような背景からか「ハカランダのマーティン」と言うだけで中古ギター市場においては全く別世界価格となり、マニア垂涎の存在と化してしまった。

 幸か不幸か私はこのハカランダとやらを弾いた事がない。従ってイイ音かどうかは全く判断がつかない。しかし皆が大騒ぎする位であるから多分素晴らしい音なのだろうと思う。自分の耳で確認してみたい気もするが、私にとってパンドラの箱となりかねない。「触らぬ神に祟りなし」、そう考える事にした。

 その後私は4本のマーティンをニ、三週間で入れ替える当番制のようなローテーションを組み、弦を張り替え、代わる代わる弾くようしていた。最初は殆ど鳴っていなかった新品で購入したD-41やHD-28Vも、心なしかイイ音になって来たような気もして、少なくとも私のギター・ライフは至って平穏無事、充実したものに思えた。

  そう、マーティンのフラッグシップ、D-45という悪魔の囁きが聞こえてくる前までは。

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