Happy Birthday, SNOOPY 🎉

 甚だ唐突ながら、8月10日はご存じSNOOPY(スヌーピー)の誕生日である。つい「ご存じ」という言葉を使ってしまったが、このキャラクターの事を全く知らないという御仁は多分少ないと思う。何故なら、街を歩けば老若男女を問わず、Tシャツや手提げバッグといった様々なスヌーピーグッズを、何の衒いも無く身に着けている姿に、かなりの頻度でお目にかかるからだ。彼等は一体スヌーピーの何を理解し、共にあろうとしているのだろうか。

  今さら説明の必要は無いと思うが、スヌーピーはピーナッツ(PEANUTS)とタイトルされたコミックに登場するビーグル犬。そしてこのピーナッツの主人公は決してスヌーピーでは無く、チャーリー・ブラウンという「丸い頭の子」で、彼はスヌーピーの飼い主なのである。

 おや、早くも此処で、それは知らなかったという人も出て来たかも知れない。そんな事も知らずに、やれカワイイだとか、大好きなどと言っている日本人のなんと多い事か。

 ところで私とこのピーナッツとの出会いは中学生の頃まで遡る。読書好きの同級生の女の子がある時、読書感想文の題材に大胆にも漫画の「ピーナッツ」を取り上げ、如何にも面白そうに書いていた為、それを読んで興味を持った私は早速、当時ピーナッツ・ブックスという名で鶴書房が出版していた、新書サイズのペーパーバックを購入した。因みに価格は1冊240円。

 本の冒頭には登場人物の紹介があり、チャーリー・ブラウンについては「寛大で優しい心の持ち主だが、何をやってもいつもヘマばかり。誰からも尊敬されず、いつも孤独で憂愁な表情をして女の子達の猛烈な罵言や意地悪に堪えている」、スヌーピーは「猟犬のくせに草むら恐怖症。いつも犬小屋の屋根に寝て人間達を冷笑している。だが現状には満足せず、犬からの脱却を夢みている」と書かれている。

 これを読む限り、あまり楽しそうな内容とは思えず、取り立てて面白くもなさそうだ。実際のところ、数ページめくって絵と文字を目で追ったが、はっきり言って最初はピンと来なかった。それでもクラス一番の文学少女がご推奨なので、我慢して読み続けるうちに、ジワジワとその隠れた深い味わいが判るようになって来た。そして気が付けば、私はすっかりピーナッツの世界にハマってしまい、次々とこのシリーズを買い漁っていたのだ。

 さて、この一見素朴な四コマ漫画の、一体何が私の心を捉えたのか。それは何と言っても、登場人物同士の会話や独り言、そして彼等がその時々に見せる豊かな表情、加えてそれらの中に含まれる皮肉や風刺、哲学といったものが、捻くれ者の私の琴線に激しく触れたからである。

 そしてそれは、吹き出しに書かれた台詞の和訳に拠るところが大きかったと私は考える。枠外には英語の原文も併記されているが、辞書を片手に直訳は出来ても、米国の生活文化に対し経験が無く、理解も及ばない者が、細かなニュアンスを感じ取る事は困難だ。それを本書の訳者二人の絶妙な意訳が可能にしているのである。

 その二人とは詩人の谷川俊太郎と日系二世の翻訳者、徳重あけみ。谷川氏の「二十億光年の孤独」という詩集の名前くらいは知っていたが、作品を読んだ事は無く、徳重氏については全く何の情報を持っていなかった。

 それでも、わかり易く、面白く、お洒落なこの翻訳は、本当に素晴らしいの一言に尽きる。もしこれが無ければ、ピーナッツが我が国に於いてこれ程の人気になる事も無かったであろうし、そういった意味で翻訳者の貢献度は非常に高い。

 しかし尚、特に理由も無くキャラクターグッズを身に着けていながら、全くコミックを読んだ事が無いという人は、少なからずいると思われる。それは実に残念な事である。

 自分の飼い犬に名前を憶えて貰えず、連戦連敗の野球チームの監督兼エース、謎の「赤毛の女の子」に一途な想いを抱き、凧上げをすれば必ず「凧喰いの木」に奪われてしまうチャーリー・ブラウン

 チョコレートチップ・クッキーに目が無く、野球、テニス、アイスホッケー等様々なスポーツに精通し、いつも同じ書き出しの小説原稿を出版社に送り続け、ヴァン・ゴッホの絵を所有、ある時は第一次世界大戦のエースパイロット、ある時は世界的に有名な医師や弁護士、まともに飛べないヌケサク鳥の無二の親友、大の猫嫌いのスヌーピー

 いつも弟のライナスやチャーリー・ブラウンをガミガミいじめてばかりだが、天才ピアニスト、シュローダーの前では恋する乙女のルーシー。

 深遠なる真理を探究する哲学者のようでありながら、安全毛布を手放せず、何故かハロウィーンにはカボチャ大王が現れると信じているライナス。

 学校の成績は常にDマイナス、抜群の運動神経の持ち主で、枝毛が枝毛している揺るぎない存在感のペパーミント・パティ。そのパティをいつも先生(sir)と呼ぶメガネをかけた優等生、マーシー。加えてその他大勢の登場人物達。

 ひとたびピーナッツの頁を開けば、彼等は必ずあなたにとって離れられない友人となるに違い無い。そしてその時、それでも「スヌーピーはカワイイ」と言えるか否かの判断がつくのではないかと私は考える。

 ピーナッツは1950年10月から2000年2月まで、全米7紙の新聞で殆ど毎日連載され、約1万8千のストーリーがあるという。その中で一際異彩を放つのは、スヌーピーが宇宙服を着用しているシリーズだ。そこには「初めて月世界へ行ったビーグル犬」という文字がある。

 今年の7月20日は人類がアポロ11号で月面に着陸して、ちょうど50周年にあたる記念日だったが、直前のミッションで月を周回したアポロ10号では、司令船がチャーリー・ブラウン、月着陸船はスヌーピーと名付けられていた。従ってスヌーピーはこの時、月面から16kmまで確かに到達したのだ。

 そしてNASAは今でも有人宇宙飛行に貢献した者に対し「Silver Snoopy Award」と名付けられた銀製のピンバッジを授与しているのである。(尚、NASAのウエブサイトにはsnoppy.htmlというページが存在する)

 これは千葉県浦安あたりの埋立地で、連日大挙して押し寄せる客に対し、媚びを売るしか能が無い、やたらと耳や足のでかいネズミの化け物でさえ成し得なかった快挙である。と、相変わらず捻くれ者の私は内心そう思っているのだ。

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