怨念の行方

 別にお盆だからと言う訳では無いが、いきなりおどろおどろしいタイトルである。しかしこの八月はお盆に限らず、我々が死者との関わりを持つ機会は多い。例えば広島と長崎の原爆投下、或いは御巣鷹山の墜落事故。そして極めつきは310万人もの国民の命が失われた戦争の終結である。

 このような惨禍を振り返り、後世に伝える為、それぞれ毎年厳かに式典が執り行われるが、これらの正式名称には「追悼」、「記念」といった言葉が用いられる。だがそれとは別に、あくまで通称ながらも共通して使われる二文字がある。「慰霊」だ。

 我々は比較的安易にこの「慰霊」という言葉を使うような気がする。慰霊祭、慰霊碑、慰霊の旅、慰霊登山、等々。慰霊とは文字通り「霊を慰める」という意味であり、ここで言う「霊」とは死んだ者の魂を指す。

 だが、少し待って欲しい。今は西暦2019年、令和元年である。この時代に「霊」だの「魂」などという科学的裏付けも無い物の存在を、真しやかに言えるのであろうか。その昔、怪しげな霊媒師達が薄暗い密室に客を集め、口や鼻からエクトプラズムと称して白い布を出していた交霊会などとはレベルが違うのである。

 ところで予めここで断っておきたい。私は決して非科学的であることを理由に、そのような式典を否定する訳ではなく、戦争や災害、そして不慮の事故等で亡くなった人達を悼む気持ちは、人並みに持ち合わせている心算であり、状況さえ許せば悲劇が起きたその日時に、その方角を向いて暫し首を垂れ、手を合わせている者である。

 さて、ここからが本題。 我々は何故、慰霊と称して存在の不確かな「霊」を慰める必要があるのか。理由は至って簡単である。霊は祟るものだからなのだ。

 人は原始の時代から死者に対し怖れを抱いて来た。やがて、特にこの世に怨みや未練を残して死んだ者の魂は、怨霊となって祟り、様々な災厄をもたらすとされた。有名なところでは先ず菅原道真の名が挙げられる。

 菅原道真(845ー903年)は時の右大臣でありながら太宰府に左遷され、そこで客死する。ところが彼の死後、都では疫病が蔓延し政敵であった藤原時平は死亡、続いてその妹や娘の息子二人も死ぬ。更に御所に落雷があり、醍醐天皇はその時の火傷が元で落命する。これを道真の祟りと考え、その凄まじさに恐れをなした朝廷は、死せる道真を太政大臣に任じ、怨霊を御霊(ごりょう)として崇める事(御霊信仰)により、怒りを鎮めようとしたのである。

 勿論これは今から千年以上も昔の話だ。それと現在の慰霊には何の関係も無いと思うかもしれない。しかし似たような事例がつい百年程前にもあった事をご存知だろうか。

 現在の天皇北朝の血筋であるが、皇室の正式見解は南朝正統論を採っている。これは明治維新後、北朝を支持する公家と南朝こそ正統とする武家の対立を収める為、明治天皇南北朝時代三種の神器を持っていた南朝を正統としたからである。

 この事がその後何をもたらしたか。それ迄朝敵であった筈の楠木正成新田義貞後醍醐天皇南朝)に加勢した武将達に、何と明治年間になってから、従二位や正一位といった位階が贈られ、更に湊川神社藤島神社等が創建されたのである。これを御霊信仰と言わずして何をもって説明がつくと言うのであろうか。

 そして、御霊信仰にはもう一つの側面がある。即ち、怨霊を鎮めれば、逆に守護神になるという、いわゆる災い転じて福と成す的な都合のいい発想である。その結果、菅原道真は今や受験生御用達の学問の神様となっているのだ。

 これを前提に考えれば、皇居二重橋前楠木正成銅像がある事も十分納得がいくと思う。軍事の天才であり忠臣の鏡でもある正成が、まるで最後に立ちはだかるラスボスの如く、馬を駆り帝を守っているのだ。

 同様に東京の北の玄関、上野には西郷隆盛像がある。西郷が明治政府に反旗を翻し、西南戦争が起きた事は周知の事実だが、彼もまた死後、正三位が贈られ、遂には銅像となって会津等、新政府に敵対した藩の残党が残る東北地方から、帝都東京を守る役目を与えられたのである。

 更に現在、甲子園では連日、高校野球が繰り広げられているが、時折スタンドに志半ばで倒れた仲間の遺影を持って応援する姿を散見する。

 勿論気持ちは判る。しかしよく考えればそれは非常におかしな事である。銅像や写真に、一体如何なる力があると言うのだろうか。

 以上述べた通り、人は死者に対する畏怖、畏敬から災厄を起こす霊を鎮めようとして崇め奉った。そうする事により霊は荒ぶる怨念を捨て守護神になると信じた。そのような考えは遠い過去から引き継がれた記憶であり、恐らく今もなお、我々のDNAの中に脈々と生きている。それ故に「慰霊」という言葉に何の抵抗も感じないのではなかろうか。

 我々は今、さも合理的な思考に従って、物事を判断しているような気になっているかも知れない。しかし根底に「御霊信仰」が残っている可能性は否めない。

 死者に対して敬虔な気持ちを持ち続ける事は、ある意味美徳であり良い伝統と言えるだろうが、唯「慰霊」という言葉を口にする時、ほんの少しの疑問と一抹の不安を覚えた方がいいかも知れない。それが「死んだ英霊に対し申し訳がたたない」という言葉で、国の方向さえもミスリードした過去からの警鐘となり得るだろう。

 お盆は仏教でいうところの盂蘭盆の事で、亡くなった家族や先祖を追慕し、報恩の思いを感じる期間だという。その時に私はこんな事を考えてみた。

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