韓国1995(2/2)

 韓国の話を続ける。

 

3. 冷たい店員

 研修中の食事は幾分キムチの臭いに閉口したものの、基本的には何でも食べられる体質が幸いし事なきを得た。ただ気になったのはレストランの店員がどうも冷淡というか、殆ど愛想が無いことである。

 別にこちらが「私は客だぞ」と横柄な態度をとった心算はないのだが、例えばメニューを指さし料理をオーダーしても、返事も無ければニコリともしない。かと言って、ちゃんと品物は持って来てくれる。儒教道徳に基づいた「東方礼儀の国」を自負する韓国のイメージと、この現実がうまく結びつかない。

 この「無愛想」は韓国を訪れる日本人旅行者の定番の感想であるという。このことから韓国の礼節は単に形式だとの批判も聞くが、よく耳にする「年長者の前で煙草は吸わない。酒を受けた時は横を向いて飲む」に代表される「孝」の美風とサービス精神は別物なのである。それだけの事であろう。

 現地ガイド女史は「韓国はサービスの面で遅れている」という言葉で説明し、レストランで彼女自身が店員に代わり、我々に食器やグラスを配る姿を何度も目にした。どうやら韓国では接客業は賤業であるらしいのだ。

 歴史学者古田博司の「朝鮮民族を解く」によれば、接客業の中でも特に食堂、床屋、酒場が卑しまれ、さらに食堂は床屋を、床屋は酒場を蔑むといった序列があり、学校においては遅ればせながら「サービスをする人への感謝」を教化しているという。

 私としては賤業についたことが「恨」となって愛想が無くなったのだと短絡的に考えてしまう部分もあるが、何に対してもつい曖昧に微笑む傾向がない事だけは事実である。

4. 韓国は家族命?

 釜山から慶州を経由しソウルに至る移動はすべてバスである。ガイド女史は我々に先ず簡単な朝鮮語での挨拶等を教えてくれた後、韓国について様々な事を語った。その中で特に印象に残ったのは、男子が非常に大事にされているらしい状況である。

 この国では跡取りとしての男子が重要視され、その為、嫁はとにかく男児を出産しなければならない。女子でも生もうものなら、姑から露骨に嫌な顔をされ、次は必ず男とのプレッシャーがかかる。極端な話、男が生まれるまでガンバル傾向にあるという。

 そして結果として男児が生まれなかった嫁は悲惨である。離婚されても仕方がないし、夫が他所で子供を作って来ても文句は言えない。従って息子を養子に出すなど言語道断の行為なのだ。韓国には確か姦通罪があったはずであるし、ホンマカイナ?と思うが、ガイド女史は真面目である。

 また同じ姓名同士の結婚は出来ないという。金や朴に代表される同一姓が多そうな韓国で、そんな事があるのかと不思議に思い調べてみると、確かにあった。ものの本によれば、朝鮮民族の社会は宗家という男子の単系血族の集合体から成り立っており、先祖発祥の地(本貫)を冠した同族名=例えば「慶州李」=で示され、本貫が異なれば問題は無いが、同族では結婚出来ない。これは同姓婚の禁止として法律になっているとある。

 しかも済州島の高氏、梁氏、夫氏は、先祖が島の三姓穴という穴から同時に飛び出してきたという神話から、同じ宗家だと信じられ婚姻しないそうである。そしてロイヤリティの対象は国や政権よりも、自分の門中にあり、先祖の勲功に多大な関心を示す。

 在日韓国人作家つかこうへいの「娘に語る祖国」にも次のような件がある。「韓国のおじさんの家には、百科事典みたいに何冊も家系図がありました。出身も慶尚北道の金銘金賀という名家だと、よく自慢していました」

 ちなみに先の男児優遇についての言及はどこにも見当たらなかったが、本当なのだろうか。 

5. ヒロインはショートの茶髪

 その国の文化を知るひとつの方法は、地元のテレビ番組を観ることである。という訳で、夕食後はホテルの部屋で一人テレビを見て過ごした。5局程の国内放送の他、CNNとNHKのBSの2局が映る。

 同じ東洋人で似た様な顔形をしているのに、言葉も文字も全く理解出来ない。やはりこれはかなりショックを受ける。それでもめげずにチャンネルを回し続けた。

 日本で言うワイドショー的なものがあり、夕方は子供向けアニメ、コンピュータゲームとクイズを組み合わせた番組、そしてドラマ。赤縁のメガネをかけたイヤミそうな姑と「冬彦さん」風気弱そうな青年。茶色に染めたショートカットの若い女性。直観的にこれは韓国のミポリンだなと決め付ける。フーミン似の間抜け顔のネエチャン等も出てきて、ボディコン・スーツを纏い颯爽とオフィス街を歩いて行く。「・・・ふむふむ、これは所謂トレンディードラマだな。」と勝手に納得しながら、更にチャンネルを回すと、ニュース番組をやっている。男女一名ずつ司会者がいて、時折レポーターも登場する。

 そう言えばニュースキャスター達も含め、女性は結構茶髪が多い。言葉は理解出来ないが、どれも日本のテレビで見慣れた光景である。

 韓国では日本の大衆文化(映画、歌謡曲、漫画、週刊誌等)の流入を規制しているというが、一般市民が通勤途上に購読するスポーツ紙、ストレス解消のカラオケやゴルフ、アニメのキャラクターに至るまで、日本のそれを原型ないしは媒介型にするものも多い。

 中には著者名を隠し、いかにも韓国製であるかのような体裁の劇画が販売されているとの事。それでいて韓国は一般的に、かって日本に大陸文化を伝授してきたという優位性を誇りにし、日本は単に外国文化をごちゃ混ぜにコピーした文化であるから尊敬出来ないという立場に立っているのだそうだ。

 テレビのコマーシャルも賑やかである。やはりご当地もマルチメディアブームなのか、最近日本でも見るサムソンのパソコンのCMが目を引く。意味不明のハングル文字の後に95とある。この一文字は絶対「窓」という言葉だと、またしても決め付けてしまった。 

6. 違和感の行方

 自然環境、歴史、文化が異なる外国に対し、我々は多くの部分で違和感を覚える。肌の色、言語、思想、作法等々。

 今回初めて韓国へ行き、確かに日本と異質なものを感じ、戸惑う部分も多くあった。不適切な例えかも知れないが、これがアフリカ辺りのあまり馴染みの無い国であれば、その違和感を当然のこととして受け止める筈である。

 そのような意味では、韓国とは関係が深く、顔形が似通っているが為、つい日本人と同じような民族だろうと考えてしまう。また更には同じでなければならないと思い込む。

 しかし現実は多くの類似性と異質性を持った民族なのであり、その違いだけをとらえてそれが韓国であると表象し、ましてや劣っているとか怪しからんと言うのは間違った態度であると考える。

 何故ならば日本は世界の模範国家でもなく、韓国が日本的に変わらなければならない理由など何処にも無いからだ。

 結局「正しい歴史認識」についての知識は相変わらず何もない。ただ今回韓国へ行くにあたり、韓国に関する書物を数冊目を通しただけではあるが、例えば日本人にとっては「前の世代の不幸な過去」であっても、そのような言葉自体、先祖からの脈々とした血族意識を尊ぶ韓国人にしてみれば、「子孫が負うべき先祖の罪からの逃避」としか写らないであろうことが、おぼろげながら認識出来るようになった気がする。

 要は相手を知る事から始めなければならないということだろうか。その意味でも、やはり「百聞は一見に如かず」である。

    

  

 この文章は、オフィシャルな感想文を書けとの事であった為、諸般の事情を忖度して随分ソフトな表現に終始した。

 現在、私は韓国の文政権が目指しているであろう方向性に、少なからず危うさを感じている。即ち、若しかの国が米国の傘から離れ、南北統一を果たし、中国共産党支配下に入るとしたら、極東に新たな緊張感を生む火種となる事は間違いないからである。

 1990年、我々は東西ドイツの統一を目の当たりにした。第二次世界大戦後、米ソの思惑により分断された民族が、一つに戻りたいと願う事は至極当然な事である。しかし文在寅というリーダーは、あたかも幼児後退するかの如く、祖国統一後、宗主国中国への朝貢を強いられた属国としての長い歴史を、敢て再び蘇らせようとしているとしか思えない。

 親愛なる韓国民よ、君たちは今、何処へ行こうとしているのだろうか。<終>

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