7.「ごちゃごちゃ言ってんじゃねーよ」アガタは迫力ある顔にものを言わせた (1)
クマ達はその日、機関誌「DANDY・最終号」編集の為、試験休み中にも拘らず登校した。一番最初に教室に着いたクマは、女子が数名いるのを見て一瞬驚いたものの、すぐに『春休みのクラス合宿の打ち合わせだな』と納得し、何か世間話でもしようかと迷っているうちに、いつの間にか彼女達に背を向けて座っている自分に、相変わらずの不甲斐なさを感じた。否、それ程までに「2-4インケングループ」は、彼の侵入を頑なに拒んでいるかの如く、冷たい雰囲気を辺りに漂わせていたのだ。
ところが、彼がおもむろにボールペン原紙を取り出そうとした時、突然ナッパを始めニッカ、ホナミといった連中が詰め寄って来た。クマは差し迫った危機感に生唾を飲み込んだ。『何だ、何だ、俺は別に何も悪い事はしていないもんね・・・』
「あのう、歌の伴奏はどうなっているんですか?」アグネス・チャンの歌声をトレブル目一杯上げたような声が訊ねた。クマは適当な言葉が見つからず、目を少し大きく見開いて『どういう意味?』といった表情を作る。
ナッパは優しい微笑みを浮かべ、「コンサートの時、伴奏を付けて下さるんですか?」と改めて言った。
「えっ、あれえ、伴奏、そちらで用意されるんじゃないんですか? だったらこちらでやらして頂いても構いませんが。」クマは緊張すると妙な敬語で喋る癖がある。『それにしても、すべてこちらの思惑通り、なんと我が計算の鋭さ!』彼は思わず笑えて来ちゃってしまいそうな顔を必死にこらえ「それじゃあ伴奏の練習しときます。」と上擦った声で了解した。
インケンの一団が去って、アガタが例のボーカルアンプを抱えてやって来た。クマはすかさずこの吉報を伝える。すると全共闘は返事の代わりに、手で顎を摩りながらヨダレを啜る得意の音で、それに答えたのだった。
「DANDY」の編集を終え、午後からセンヌキの家に集まったクマ達「深沢うたたね団」は、ナッパのバックをつつがなく務める為、急遽歌謡バンドに変身。尚、アガタは何とか用事にかこつけ、またしても不参加。
日頃、歌謡曲や和製フォークソングを軽蔑しているクマは、何の抵抗もなくAm-Dm-F-Eといった類の単純コード進行を受け入れ、まだ風邪でひっくり返っているアグリーの居ぬ間に、すべてのパートを決め、彼の出る幕を無くしてしまった。
『だけど奴め、きっと出しゃばってくるぞ』とひとり呟いたクマの脳裏に、突然名案が閃いた。
「ところで諸君」彼は自信に満ちた声で静かに言った。「僕等はこうして練習し、ある程度纏まってきた。しかし、より完璧を期する為には、歌と合わせてみる必要があるのではないか? ついては明日、ナッパをここに呼んで合同練習したいと思う。」
センヌキは『お前の魂胆は見えてるぞ』という顔つきで、しかし嬉しそうに「それはいい考えだ!」と叫び、他の者はヤレヤレといった感じで了承した。
その日、家に帰ったクマは早速ナッパに電話を架け、帰宅途中バスの中で考え抜いた説得力のある文言をガトリング砲のようにまくし立て、合同練習の必要性を語った。
「だから、やっぱり、やっておく必要があると思うんですが・・・」
「はい、ちょっと腹ブーにも相談してみます。」ナッパは相変わらずアグネス・チャンの歌声のピッチを上げたような声で答えた。
クマにとっては無論、一部共演する腹山などどうでもいい存在だったが、しかしあからさまにそう言う訳にもいかず、「腹山さんの都合が悪くても、一人でも来て下さいね。」と念をおして電話を切った。
暫くしてナッパから返事が架かってきた。「腹山さんは来れないって・・・」 『だからどうしたってんだ! 俺は別に腹山の都合なんか聞いちゃあいないんだよ!』と心の中で叫びながら、「それは残念ですね。」とクマは言った。
「それでナッパさんはどうするんですか?」
「はい、ええ~っと、一応お願いしようかなって思っているんですけれども。」
結局、彼女は翌日、クラス合宿の打ち合わせで登校するので、それが終わったらセンヌキの家に電話を入れ、誰かが迎えに行くと話は決まった。
思えば「DANDY」に書いた記事で彼女に泣かれてから、1か月も経っていない。あの時アガタが言った通り、事態は進展したのだ。遅れ馳せながら訪れた所謂「青春」に、クマは歓喜のあまり大声で叫びたくなるような衝動に駆られた。
しかし、さすがに夕日に向かって走り出しはしなかった。 <続>
ある日、アグリーがカセットデッキとテープを持ってやって来た。話を聞けばセンヌキと二人で新曲を録音したと言う。私はそれにエレキギターを重ね、出来上がったのがこのバラードだ。