青春浪漫 告別演奏會顛末記 18

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 10.『すべてとお別れだ』クマは心の中で呟いた (2)

 

 ルバング島から29年振りに帰還した旧帝国陸軍小野田少尉の話で日本中が持ち切りだった時、全く何の話題性も無い「愛と平和の祭典、フェアウェル・コンサート」も、遂に本番前日を迎えた。その日「深沢うたたね団」は、軽い打ち合わせの心算で上野毛NAPスタジオ=センヌキの家=に全員集合した。

 但し、幻のリードギタリストで深沢全共闘の闘士アガタは、勝手にジミヘン仕様と名付けた弦がビローンビローンのグレコストラトキャスターをセンヌキに貸しただけで、本人はいつものように欠席。

 センヌキは暫くそれをいじっていたが、突然何を思ったかヒットしているフィンガー5の「恋のダイヤル6700」をやり始めた。するとそれを聞いたアグリーも即興で合奏を始める。

 「おっ、中々いいじゃん。明日これやる?」面白いと感じたクマが冗談半分に提案したところ、全員一致で本当にやることに決まってしまった。

 原曲の出だしは電話の呼び鈴が鳴り、タエコという女の子の「ハロー・ダーリン」という言葉で始まるが、クマは鈴を鳴らし裏声で、「ハロー・ノータリン」というアイデアを出し、内輪でバカウケを取った。悪乗りしたダンディーはテレビで見た振付までやることになったのである。

 『明日はきっと受けるぞ』雑談する声も弾む。「6700」の興奮が醒めきらないまま、各人ギターの弦を張り替え、楽器や機材を1階にあるセンヌキの部屋に下ろした。

 ギターやベース7本を始め、アンプ類4、スピーカー3と、とても一度に運べそうになかったので、翌日二度に分けて持って行く事とした。

 そして明日への期待を胸に秘め、「うたたね団」の面々は帰っていったが、センヌキはその日の内に、スピーカーケーブルやジャックの結線のハンダ付けを行わなければならなかった。

 一夜明け、遂に1974年3月25日の朝が訪れた。早朝センヌキの家にクマとダンディーがやって来た。何事にもいい加減なアグリーは、いつものように遅れて到着。クマ、アグリー、ダンディーは両手に生ギターとエレキを、センヌキはダンボールの箱に入れたベースとマイクやコード類が入った鞄を持った。

 センヌキはベースが持ち辛い為、しばしば休憩を要求したが「ケチッてケースを買わんからよ。」とクマに即され、渋々立ち上がった。

 途中、他に部員のいない陸上部を文字通り一人で支えている小島氏にあったが、彼はなにやら逃げるように立ち去った。それ程四人の目はらんらんと輝いていたのだ! しかし校門を潜ると周囲の冷たい視線を感じ、そそくさと教室に逃げ込んだ。だが、そこでもクラスのアイビー悪ガキ連中のバカにしたような顔を見る羽目になったのである。

 やがて終業式前に行われる恒例の大掃除が始まったが、「うたたね団」はエスケイプ。用務員のおじさんに学校のリアカーを借りて、アンプ類を取りに再びセンヌキの家へ向かった。

 機材を積み込んで相当な重量となったリアカーを、坂道で引き上げるのはかなり骨だった。にも関わらずアグリーは全く力を入れていないように見え、皆から非難を浴びた。

 漸く学校に戻った時には、既に終業式は始まっており、連絡事項として倫社の教員が午後は次年度の新入生が来る為、全員速やかに下校する事と言い渡したのだ。

 それを聞いたクマとセンヌキは愕然とし、そしていきり立った。『一体何の為に今までがあったのだ!』二人は唯オロオロするばかりのアグリーを置いて、まるで単身殴り込みに来た高倉健ように職員室のドアを荒々しく開けると、担任のカギ付きサナダ虫にかみついた。

 「僕に言われてもネェー。」虫はニヤっと笑って言った。

 「だけど、この日にやるって事は前から決めていたのだし、今更止めて帰れと言われても困るんですよ!」事前の届け出をすっかり失念していた事を棚に上げ、クマは部屋中に響き渡るような声で言い切った。

 「それじゃあ日直の先生に話してみよう。」なんだかんだ言ってもやはり担任だけの事はある。彼が折れ、お陰で3年4組の部屋が借りられることになったのである。

 その日はまた、四月からの新クラスの発表もあったが、クマもアグリーもナッパとは一緒になれず、クマは1組、アグリーは2組、ナッパは8組となっていた。クマは内向的な自分の性格を知っているだけに、クラスが異なり、まして教室がある階数も違う状況になれば、簡単に話をする事さえ出来なくなると思った。

 結局この二年間、クマは自分勝手に恋をし、自分勝手に失恋したに過ぎなかった。その対象となったナッパに対し、幼すぎる接近を図ったものの、何ひとつ自分の意志を明確に表示することはなかった。彼は情けない事に、彼女から自分の方に歩み寄って来るのを夢見て待っていただけなのだ。

 それは確かに内向的な性格も影響したかも知れない。しかし彼は彼女に受け入れられなかった時の事を恐れるあまり、自ら「愛」を裏切り、背を向け、逃げ出したのだ。

 彼は唯、時が早く流れればいいと思った。今いるこの場所から、自分を取り巻く周囲のすべてのものから、1日も早く解放されたいと思った。一年後、大学のキャンパスという来たるべき新しい環境の中で、ひ弱で臆病な心も新しく生まれ変われると信じたかった。そうする事で一度相手に自分の腹を見せた犬が、いつまでも負け犬であり続ける事を、彼は無理に忘れようとしていた。

 そしてアグリーやセンヌキ達も、この「フェアウェル・コンサート」の終了が楽しい高校生活の終焉だと勘違いしている振りをしていた。4月からの一年間は大学受験の為のものであって、ギターを弾いたり、女の子と付き合ったりする期間ではない、そういう極端な結論を出しておかなければならなかったのだ。

 しかし何故、彼等にもう少し心のゆとりが無かったのだろうか? 

 月の光に手をかざして暖かみを求めているようなナッパへの想いを断ち切る為、クマは意を決したかように心の中で呟いた。『今日ですべてとお別れだ』   <続>

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 とにかく、別れの歌ばかり作っていたような気がする。恐らくその方が作り易かったのだろう。これはボサノヴァのリズム、女性の視点、そして如何にしてアルトリコーダーをフルートっぽく聞かせるか。その為に作った曲。


冬の別れ/風のかたみの日記