新生老舗レストランを南青山に訪た <その3>

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 「追伸 カナユニのオーナーの息子『マコトさん』が、南青山にカナユニをオープンしたそうです」

 2018年3月初旬、そう伝えたのは暫く連絡を取っていなかったTからの近況報告メールだった。

 私はそれまでも「カナユニ」のオフィシャルサイトを時折覗いては、2年前の閉店以降、全く更新されていない事を確認していたが、Tは独自に活字媒体を通じ情報収集をしていたらしい。

 それによれば、元赤坂の店舗が老朽化の為、取り壊しが決まり、オーナー横田 宏氏は他所で同じ環境を再現する事は不可能と判断、2016年3月、50年間続いた店を閉め、その1年後、突然亡くなった。そして宏氏の三男、横田 誠氏が2018年1月、場所を南青山に移し新生「カナユニ」を開いたという。あのイケメンスタッフだと思った「マコトさん」はオーナーの息子だったのだ。

 私は早速ネットを検索して漸くそれらしき情報を入手、Tと打ち合わせの上、早速予約の電話を入れた。するとまた最後に「当方で何か用意しておく事は」との懐かしいフレーズを久々に聞き、忘れかけていた高揚感のような心の高まりを覚えた。

 当日、我々は東京メトロ銀座線「外苑前」で待ち合わせ、新生カナユニへと向った。実は私はその二年程前から腰痛が酷く、精密検査の結果「腰部脊柱管狭窄症」と診断され、杖をついても長距離の歩行は困難、特に階段の昇り降りは苦行に等しい状態だった。地下から地上に出る最後の階段を私は、「十億マイルもやってきたんだ、最後の六十マイルでとめられてたまるものか」と、殆ど「2001年宇宙の旅」のボーマン船長のような心境で上った。

 店への道は判り易かったが、私は足腰の消耗から何度も立ち止まりスマホで位置を確認、その度にTは並行する路地を確認に行ったり、私を待たせて先を探しに行ってくれた。

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 そして我々は遂に新生カナユニに到着した。

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 午後5時、開店と同時に扉を開け入店。以前と同様、室内の照明は控えめ。

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 テーブルに置かれた蝋燭の灯の揺らめきに、過ぎた昔が蘇る。私は心に安寧感をもたらすこの薄明かりが何故か好きだ。

 そしてグランドピアノとPAも以前のまま。

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 開店直後なので他に客は無く、直ぐに奥から二代目オーナー横田 誠氏が出て来て、笑顔で迎えてくれた。どうやら我々二人の事を覚えていてくれたようで私は妙に嬉しかった。

 席に案内され先ずはお洒落にシャンパンをオーダー。言葉にはしなかったものの我々の再会とカナユニの再開を祝し乾杯。尚、この店でシャンパンとして出して来る以上、少なくとも単なるスパーリングワインでは無く、シャンパーニュ地方の物である事は言うまでもない。

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 その後、おもむろにメニューを開く。元赤坂時代と全く同じだ。それは決して経費節減を図ったのものでは無く、先代オーナーが試行錯誤の末に創り上げた遺産を大切に守っているのだ。そう思われた。

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 そして注文をする。かってならば「漁夫のサラダ」から始めるところだが、今回は「季節の野菜サラダ」と「トマトスライス・サラダ」に「きのこのソテー」。Tからは、いつから菜食主義者になったのかとの疑問を呈されながらも、私は笑いながら頷て了承を求めた。

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 「季節の野菜サラダ」はさっぱりしており、「トマト」に関しては以前「マコトさん」の「このトマトの生産者は小池さんという人」を記憶していたので、今回敢えて誠オーナーに生産者は小池さんかと訊ねたところ、彼は笑みを浮かべ「仰る通りでございます」との回答をしてくれた。   

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 「きのこのソテー」は初めてオーダーしたような気がする。小型のマッシュルームを塩コショウで軽く炒めた感でありながら、酒のつまみにはもってこい。油は使っていても素材にカロリーは無くヘルシーなのが良い。と、私はすっかり摂生が板についてしまったようだ。

 その間にお馴染み外側のみアツアツ・カリカリのフランスパンが運ばれ、やはり美味しい。話を聞くと、提携しているパン屋から毎日仕入ているとの事。

 更に我々の手元には割り箸がそれとなく添えてある。これは元赤坂からの私的所望で、それを覚えていてくれたのかと感動した。やはりこの店の「オ・モ・テ・ナ・シ」の精神は只者では無く、あの東京五輪招致スピーチをした滝川クリステル嬢の美貌にも勝っていると思う。(もし二者択一を問われれば迷わず後者を取るが)

 そして、次なるメニューは我々が本当に二者択一をする事になる。即ちカタツムリかムール貝かだ。以前は交互に選んだと記憶するものの、久々であるしどちらも捨てがたく、かと言って両方頼めばメイン迄辿り着けそうも無い。若干の協議の結果、今回は「アリカントムール貝(ガーリック添え)」を選択した。        

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 尚、ここのエスカルゴはあの面倒な器具(エスカルゴ・トング?)で挟み、フォークでほじくり出す必要は無く、タコ焼きの鉄板に似た専用(皿)でガーリック&パセリ・バターと共に提供され、身を食べた後、残ったソースにパンを浸して食する。非常に美味である。

 因みにTはムール貝を食べ終わった後、オリーブ油、サフランと貝汁からなるスープにパンを浸していた。そして少し首を傾げながら、味付けが以前より濃くなったのではないかと疑問を呈す。言われてみれば確かにそんな気もするが、それは我々が歳を重ね、次第に薄味志向が強まった可能性も捨てきれず、また現に完食している訳であるから、それ程大きな欠点では無いと考えるべきかも知れない。

 本職のレポーターならばどう表現するのだろう。「味付けもしっかりしていて、これは本当に美味しいですね」とでも言うのだろうか。<続く>

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