これまでレストラン・カナユニについて全5回、約12,000文字、凡そ原稿用紙30枚相当を費やし私見を述べた。元原稿から削除した部分や添付写真を含めれば、安易な卒業論文程度の量にはなったと思う。しかし何時もの悪い癖で脇道に逸れ、余計な記述が散見された事も否めない。
これらを書き終えた時は、初めて南青山を訪問してから既に1ヶ月が過ぎ、私は無性にまたカナユニに行きたくなっていた。脱稿記念、未掲載メニューの写真撮影等々、自分を納得させる理由は幾らでもある。私は迷わず予約の電話を入れた。
ということで今回は出来る限り言葉による虚飾を廃し、視覚に訴えてみようと思う。
2018年4月14日夕刻、私はまたカナユニの扉を開ける。笑顔で出迎える横田誠氏に、この店一番の上席ヘ案内される。生演奏を正面に見る中央奥の席だ。
程なくして現地集合のTも到着。先ずは食前酒にシェリー、その後シャブリと「漁夫のサラダ」「エスカルゴ」をオーダー。
すると乾杯をしている我々の前に突然肉の塊が現れた。自家製ハムだ。
勿論これは、写真を撮りたい私の為のオーナーの心遣いと分かってはいるが、見た以上食べたくなるのが人情ってものだ。少し切って貰う。
味はGood。尚、これは通常メニューでは無いので、行った時あればラッキー。 次に懐かしい「漁夫のサラダ」が来る。
サラダなので、ずば抜けて美味しい訳ではないが、貝類とのマッチングは良く、彩り鮮やか、何より最初からシェアされて出て来るのがカナユニ・スタイルと言える。因みに海老の頭は食べない方が良い。
そうこうしている内に、注文していない一皿が運ばれた。これは一体?
白身魚の衣焼きのようで実に美味しい。聞くと「白魚のチジミ」みたいな物との回答。試作品なのか、美味しい旨伝えると喜んでいた。白魚は旬の物なので期間限定メニューになるかも知れない。
そしてお待ちかね「エスカルゴ」の登場。
身を食べた後、残ったガーリック・バターにパンを浸す。カロリーが気になるところではあるが、そんな事を言っている場合では無い。あっと言う間に完食。美味しかった。
エスカルゴの余韻に浸っている時、またしても注文外の品が届く。
ソラマメとじゃが芋が主体、味は良い。小さな器ながら底に新じゃがの小片あり、結構腹に溜まる。ところで今日は何故オーダーしない品が出るのだろうか。我々へのサービスか、それとも我々がモニターなのか。もし後者だとしたらグルメでも無い感想を述べた事を悔やむしかない。
この日は極力アルコールはセーブし早めの帰宅を期していたので、シェリーの後はシャブリと赤ワインに留める事にした(それでも飲み過ぎか)。赤ワインを注文する際、オーナーから希望を聞かれた私は、よく判らないのでコストパフォーマンスが高い物を、と情けない返答。ワインリストで示された品を見たが暗くて価格も見えず了承。更にテイスティングを求められ一応作法に従い承認。デキャンタに移されグラスに注がれた。
普段i家で飲んでいる安ワインとは格が違う、デキャンタに移し替えるのはオリがあるせいだろうか。この程度のコメントしか出来ない自分に対し、今更不満を感じても仕方ないと開き直る。
それより愈々今夜のメインの登場だ。おもむろに簡易テーブルが我々の側に置かれた、と言えばその料理は歴然。そう、タルタルステーキの準備が始まった。
尚、この日の生演奏は今井亮太郎というピアニスト。アントニオ・カルロス・ジョビンを中心に軽快なボッサをプレイ。途中2曲、客の女性が飛び入りで歌うという即興セッションがあった。最近の素人は肝が太い。
そして準備完了。Tは生肉は食べないので、殆ど10年近くの時を経て目の前に置かれた。
卵黄、ケッパー他、香味野菜を混ぜた生牛肉をスプーンですくい、添えられたパンに乗せて食べる。味は各人でご賞味頂きたい。
また、Tは定番サン・ビッツの注文を忘れず、疑問が残っていた特製タレについて聴取すると、粒マスタードにさらし玉ねぎ、だし醤油との回答。私のセロリ説は見事に砕け散った。
やがて帰宅予定時刻を迎え、別室に立った私は途中壁に掛かった写真の前で足を止める。
先代オーナーの優し気な笑顔が、この店に集う者を見守っているような気がした。そして辞する際、前回同様、横田誠オーナーの丁重な見送りを受け、私は思わず敬礼で答えた。(2018年4月)
やがて気が付けば、私はまたカナユニのファンになっていた。 以下は折々に撮影し、iPhoneに残っていた写真である。
世界のあらゆる美味が一堂に会すると言っても過言ではない東京で、このカナユニというレストランは取るに足りない存在かも知れない。それでも私はこの店が持つ独特な雰囲気が好きだ。
扉を開ければ、そこはもうジョン・コルトレーン・カルテットが奏でる心地よい 「バラッズ」の世界。昔訪れたモンマルトルの街並みか、「ブラックキャブ」と呼ばれるロンドンタクシーの車内か、それともベネチア・リゾ島にあるホテルエクセルシオールの一室。たとえ何処であれ、きっと其処に佇む私がいる筈だ。(2019年1月)
さて、レストラン・カナユニについての記述はこれで終わる。数多くのアクセス、はてなスター、ブックマークそしてコメントを賜り、感謝の気持ちは言葉では言い表せない。
ところで今般の新型コロナウイルス禍の影響が気になり、取敢えず店に電話したところ、従来通り営業を続けているとの事でひと先ず安心した。出来れば直ぐにでも行きたいところであるが、飲酒を伴う会食目的の外出は控えなければならない。
心置きなくカナユニの扉を開くのは、何時の事になるのだろうか。<完>
、