「こんど、君と」(中編)

 ♪ 大いなる河のように 時は流れ戻るすべもない ♪

 そして10月19日18時40分、定刻より10分遅れで会場の照明が静かに落ちた。昔ながらの席案内人のような灯りに導かれ、10名弱の影がステージの定位置に腰を下ろす。

 それに合わせ満員の客席から起きた拍手が更に音を増した。見れば下手からもう一人歩いて来る。その影こそまさしくこのコンサートの主役、小田和正に間違いない。

 ここ、「さいたまスーパーアリーナ」は、JR大宮駅と与野駅の間に平成12年(2000年)5月5日、新設された「さいたま新都心駅」に隣接、最大37,000人を収容する多目的アリーナとして埼玉県が650億円を投じオープンした。

   

                

 因みにこの「新都心」という言い方は予てから「ダサイたま」と蔑まれ、然したる名物や特産品も無く、地元出身有名人といえばアルフィーのタカミー位しか出てこない状況を払拭しようと埼玉県が勝手につけた訳ではなく、東京に一極集中する国の業務を分散する為、昭和61年(1986年)に制定された「第四次全国総合開発計画」に依るものなのだそうである。

 その証拠に、かっての大宮操車場の跡地に中央官庁の分室が所在する合同庁舎や大手企業の社屋ビルが既に立ち並んでおり、そこだけ見れば霞が関と比べても何の遜色も無い。

 小田和正はスポットライトに照らされアリーナ席を丸く取り囲む花道への階段を上がる。同時にバックバンドが演奏を始め、75年経っても変わる事のないあの声が響き渡った。6月に発表した新アルバム「early summer 2022」の一曲目に収録された「風を待って」だ。と、言いたいところだが、実はその時私は『あれっ、この曲何だっけ』という長年のフリークにあるまじき状態だった。

 勿論、これ迄新譜が出る度に入手し、家で3回程真剣に聴いた後、暫く車に積んで運転中に流して来た。従って相当な回数耳にしている筈である。かって「レコードが擦り切れる迄」という表現があったが、あの黒い溝の左右に刻み込まれた一音一音を聞き分けようとした、あの頃の情熱みたいなものを無くしてしまったのかも知れない。

 続いてはこれも比較的新しい「会いに行く」。そしてオフコース時代の人気曲「愛を止めないで」。通常この歌は観客の大合唱が始まってもおかしくないが、コロナ禍に伴う主催者の注意事項を踏まえ、皆マスクをし手拍子程度で満足しているようだ。

 やはり小田和正=品行方正というイメージがそうさせているのだろうか。暴走族スタイルをして会場内で酒を飲み、挙句に喧嘩を始めるような連中は間違っても来ない。

 ところで、このような音楽専用ではない大ホールでは、どうしても音が跳ね返る。だがよくよく聴いていると何か違った種類の音が混じって聴こえる。しかも時折音程が危うくなる。嫌な予感がした。

 私の席の左隣はチケットを抑えてくれた同級生。右は女性二人連れの年上らしき人で、もしかしたら母親かも知れない。どうもその女性が鼻歌程度に歌っているようなのだ。しかし如何せん照明は暗いしマスクもしているので確認は出来ない。ましてや「オバサン、歌っていますか」と訊く訳にもいかない。

 それでも歌の息継ぎに合わせて上下する腹部の動きを見ると、私の推測に間違いは無さそうだった。♪ 愛を止めないで、そこから逃げないで ♪ とにかく人の耳元で囁くようにそう歌うのだけは止めて貰いたいものである。勘違いしそうではないか。

 さて、小田のコンサートには昔から変わらないスタイルがひとつある。あまり喋らないのだ。バックミュージシャンのメンバー紹介はするし、時々似つかわしくない事を口走って妙に受けたりもするが、基本的には休みなく演奏を続ける。 

 次も曲名を告げる事なくイントロが始まった。古い歌だがそこにいる誰もが知っている筈だ。オフコースが未だ鈴木康博と二人だった頃のアルバム「JUNKTION」からシングルカットされ殆どヒットしなかったにも拘わらず、ファンクラブの人気投票では必ず1位になっていた「秋の気配」。

           

 私はこれを初めて聴いた時、最初の4小節で「この歌は絶対いい歌だ」と確信した。この曲が世に出て45年。今の若い人は知らないし、共感する事もないかも知れない。しかしある程度以上の年代の人からは未だに圧倒的な支持を受けている。

 旧水戸藩が生んだ美人シャンソン歌手で、はてなブロガーでもある安達由美 yumi (id:yumi98chan) さんも、先日のソロライブに於いてジャンルを超えこの曲を歌ったそうだ。という事は彼女はある程度以上の年代なのかな。<続>

【安達由美さん (id:yumi98chan) 】