正月の想い出(その1)

 松が明け、続いて「成人の日」も終わり、世の中はまた通常モードに戻ってゆく。コロナ禍は衰える気配を見せないが、昨年末から三年振りに行動制限が緩和された為、帰省や旅行した人の総数は前年度の約二倍になったそうだ。  

 かく言う私は昨年春以降、相次いだトラブルを引き摺ったのか、お節料理の予約期限をミスり、友人に頼んで買ってきて貰った年賀はがきには全く手がつかず、挙句に車を駐車する際、左前方を壁に擦る始末。

 それでも大晦日は気を取り直して、例年通りダラダラと酒を飲みながら紅白歌合戦を視聴。次から次へと登場する見知らぬ若い出演者達を眺めては、もし今、自分が十代だったらあのような音楽を聴いているのだろうか、と考える。

 それがここ十年余り変わらない私の新年の迎え方である。それより更に前は・・・殆ど記憶にない。唯一覚えているのは仕事納の十二月二九日、勤務先で打ち上げの乾杯をした後、本屋に立ち寄り司馬遼太郎の「坂の上の雲」文庫本全八巻を購入、休み中ひたすら読み続け、何とか一月三日迄に読了した事くらいか。

 しかし考えてみれば、「正月」などそもそもマンネリズムの権化みたいなものであって、毎年、同じ料理を食べ、同じ神社仏閣へ初詣に行き、同じTV番組を観て過ごし、後になって「あの年の正月は一体何をしていたのか」と殆ど区別などつかなくなるのだ。

 勿論、私は「正月」という行事や古くから連綿と続く風習、習慣を否定する心算は毛頭ない。それどころか、実を言うと私が子供の頃、我家の正月は正に前述した通りだった。母親が年末から仕込んだお節を食べ、テレビでは「新春かくし芸大会」、初詣は明治神宮。そんなワンパターンを幾度繰り返したことか。

 ところが後にも先にも一度だけ、年末年始を自宅以外で過ごす事になった。それは、この先どのような人生が待っているのか皆目見当もつかない私が、高校三年の冬休みの事だった。<続>