忘1.17

 今日1月17日午前5時46分、今年もまた私は、家の中からではあったが、南西の方角を向き、首を垂れ手を合わせた。 

 27年前、阪神淡路地方を襲った未曾有の大震災に於いて、個人的には親族や友人、知人を亡くす事は無かった。それでも長年続けて来たこの早朝の儀式は、私にとって自己満足のルーティンであり、失われた数多の尊い命に対する、せめてもの追悼の想いである。

 あれから歳を経て、今となっては新たに語るべき言葉はもう見当たらない。それでも尚、何か記しておきたい衝動に駆られる。

 ついては昨年ここに投稿した、あの日の私とその後に起きた悲劇(ドラマ)を再び添付する事とした。既読の方もおられると思うが、何卒ご容赦願いたい。 

 合掌

 

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遠くで汽笛を聞きながら

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 最近、頓に昔の出来事を思い出す事が多くなった。しかも20年以上も前の記憶ばかりだ。

 それはまるで、何度も観た映画を再生するように、優しく、懐かしく、愛おしく、切なく、ほろ苦く、そして少々うんざりする。

 二十代の終わり頃、勤務先の先輩達とバンドを組んだ。「酒を飲んで管を巻くばかりでは能が無い、何かもっとクリエイティブな事をしてみようではないか」、という発想からで、我々が夜な夜なたむろしていたスナックのマスターも加え、5人でスタートする事になった。バンド名は当然プロ・デビューを見据えてMISTRAL(ミストラル」。南仏プロヴァンス地方に吹く強い北西の季節風の名称だという。

 ところがこの5人の内、バンド経験者は私とクラーク博士の子弟らしいハンカクサイ道産子だけで、キーボードのChuuさんはピアノを習ってはいたが楽譜が無ければ何も弾けず、無理やりベースを買わせたShun-chanは白玉(全音符)さえも困難。マスターは「俺、昔、柳ジョージのバックでちょっと叩いた事がある」と自信満々だったが、直ぐに大法螺である事が判明した。

 練習は比較的安価な貸スタジオを見つけ、土曜日の午後1時に開始し夕方5時に終了。その後、反省会と称して延々11時まで呑み続けた為、結局、当初の目論見は崩れ酒量は逆に増えてしまった。

 最年少の私はバンドリーダーとして、課題曲の選定と音源、楽譜の事前配布が主な仕事だった。しかしメンバーの大半はスタジオに来てから自分のパートの練習を始める始末で、学生時代、中々スタジオを借りる事すら出来なかった貧乏アマチュア・ミュージシャンであった私は、偉そうに「スタジオはアンサンブルを確認する場所だ」等と、とにかく不真面目な諸先輩達に対し怒鳴り散らしてばかりいた。

 それでも生意気な後輩を叱る者もなく誰も辞めずに、バンドはその後、担当楽器の交代等をして、演奏技術向上の為、T-スクウェアのコピーもしてみたが、ある日突然、ドラムスに定着した道産子への転勤辞令に因ってその活動を休止した。

 更に白玉小僧からお茶くみに降格されたShun-chanは肝がんを患い、ふくよかだった身体はやせ細って30代で早世。彼の家族と共に最期を看取った情景は、今も目に焼き付いたままだ。

 やがて月日は流れ3年前。マスターから店を閉めるとの連絡があり、久し振りに残ったメンバーが一堂に会して、近況報告と名残を惜しんだ。

 そして、それが我々MISTRALの最期の飲み会となった。昨年末に届いた幾枚かの喪中葉書の一葉が、マスターの死を伝えてきたのだ。

 どうやら3年前の閉店時、既に咽頭がんに罹患していたらしい。そう言えば声が掠れていたような気もする。それでも一昨年前には転居の通知があったし、恐らく本人は再起する心算だったのだろうと思う。未だ70歳にはなっていない筈だ。

 さて、今回はそのバンド結成当初、偶々ラジカセで録音したマスターの声を、YouTubeに残しておこうと考えた。曲名はアリスの「遠くで汽笛を聞きながら」。

 音質、バランス共に悪い。第一、演奏が下手だ。もしそれでも良かったらお聴き願いたい。

 尚、クレジットではTake-chanとなっているが、目上の人なので私は一貫してマスターと呼んでいる。

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 自分も含め、もういつ何時、知人の誰がこの世を去ってもおかしくない年齢に差し掛かりつつある。

 『言わなければ良かった後悔と、言えば良かった心残り』 許される範囲で私は、前者を選びたいと思う。

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季節の花(令和四年一月)

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 自販機で暖かい缶コーヒーを買い、カイロ代わりにコートのポケットに入れた。ヒートテックやフリース、ダウン等、完全装備で出掛けて来たが、手先が冷たかったのだ。

 今年の冬が特別冷えているとは考えられない。恐らく年齢を重ね、寒さが老体に堪えるようになったのだろう。時々、何の為に、こんな事を続けているのだろうと思う事がある。

 それでも、かじかんだ指でシャッターを切り続け、何とかこの動画を作成するに至った。

 ご覧頂ければ幸甚である。

尚、カタカナは花名、( )内は花言葉

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年年歳歳花相似たり

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 家の掃除はほぼ終わり、年賀状も投函した。おせち料理は31日に届く事になっているし、スーパー等は元日を除き営業するので、食料品を大量に買い込む必要もない。取り敢えず正月準備は万端である。

 この一年、「はてなブログ」に限って言えば、投稿数は過去最低の70。読者登録数は新たに116を加え454名。アフィリエイト等には興味が無いので収入はゼロである。お付き合い下さったブロガー各位に、この場を借りて心から感謝申し上げる。

 そして忘れられない出来事。今も尚、実際には聞いた事のない「さびぃーね」と言う 「おりょーさん♪」 の声が聞こえるような気がする。

 幸いな事に、今のところ私は癌ではないらしい。しかし二人に一人がこの病になる時代である。いつ何時罹患しても何の不思議もない。

 仮に癌と無縁であっても、年齢と共に身体が錆びついてゆくのは止められない。いくら表面を磨いても根元は既に腐っているかも知れない。それでも何故か、感受性だけは10代のあの「硝子の心臓」のままでいたいと思う。

 若い頃はそんな風に考えた事はなかった。些細な出来事に心を痛め、何気ない一言に深く傷つく。いつまでもくよくよ思い悩み、とうの昔に忘れ去られた「何か」を探し求めている。あたかもそこに「真実」があるかのように。

 「花は毎年同じように咲くが、それを見る人は変わっている」。中国の詩人はそう詠んだという。

 現実に戻れば、確かに最近、頓に声が出なくなった。元来「歌」は下手だが、それでもバンドをやっていた頃は3度上のハモ要員だった。思い立ってこの一年、車を運転している時、CDに合わせて大声で歌うようにしてみたが、未だにCDの音域は出ない。小田和正のCDをかけていたのだ。

 かってはドラムス、ベース、キーボード、ギターと、ワンマンバンドを自負しており、難しい事は出来ないがコードさえあれば、それなりに演奏していた。

 ところがキーボードはDX-7のペコペコタッチに慣れてしまい、本物のピアノが弾けなくなった、かれこれ?十年の演奏歴を誇るギターは、名器マーティン艦隊が埃を被って泣いている。

 さて、来年は先ずは弦を張り替える事から始めてみようと思う。

 年年歳歳花相似 歳歳年年人不同

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万世、不易?

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 ひと月程前、時折会っては近況報告等をしている友人から、近々、共通の知人を交え飲もうと連絡があった。もとより当方に異論は無く即OKと回答していたが、暫く経っても何も言って来ないので「あの話はどうしたん?」とメールしたところ、その日のうちに日取が決まった。

 私としては、美人女将がいる馴染の蕎麦屋で、鴨肉を焼きながら冷たい生ビールを頂き、〆は一足早い年越蕎麦、と行きたいところであったが、既に「肉の万世」を予約したという。

 しかも料理は@4,000円の「肉盛り宴会メニュー」に@1,298円の「2時間飲み放題」をつけた、との事。

 コロナ太りを解消すべくダイエット完遂中の心算である私は、冬至の夕刻、一抹の不安を抱きながら、指定された「肉の万世 神田駅前店」へやって来た。

 尚、「肉の万世」についての説明はこちら。

ja.wikipedia.org

 入口で手の消毒を済ませて入店。紙製のマスク入れも用意されている。

<店内の様子>

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 定刻通りメンバーが揃い、早速スタート。案の定「飲み放題」には生ビールは無く瓶ビールで乾杯。料理が運ばれた。 

 1.グリーンサラダとオードブル3点盛り(海老のアンチョビガーリック、和牛ローストビーフ&プロシュート)

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 生野菜は嵩張るだけで大した量ではない、と判ってはいるが、流石にこれは半端ない。海老のアンチョビガーリックの味は良かった。

 未だ食べ終わらない内に「カツサンド」登場。

 2.万カツサンド 

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 今でこそカツサンドはコンビニでも売っているが、昔は珍しく、初めて「まい泉」を食べた時はえらく感動したものだ。続いて何故かスープ。

 3.ポタージュスープ

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 年齢と共に食べる速度が遅くなっている私は、漸く手を付ける頃には料理は全て冷めている。この辺りがコース料理の難点である。

 そして、そのような個人的事情を無視して本日のメインディッシュ、というかメインプレイト登場。

 4.肉盛り(カットステーキ70g、スパイシーチキン40gx2、万世ハンバーグ120g)

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 はっきり言ってもう食べられないのである。それでもワインのアテとして、少し頂いた。

 この店は決して「味」を求めるグルメ向きとは言えない。それはこの価格帯では土台無理な相談である。

 しかしビールやワインをたらふく飲めて、2時間過ぎても追い出される事も無く、別料金を払えば更に飲める。この緩さがサラリーマンの街「神田」のイイところかも知れない。昼間も営業しているが、ランチを食べている横で平気で酒が飲める店なのだ。

 午後9時、近くにある「マンダリンオリエンタル東京」のバーで一杯、と提案してみたが賛同を得られず大人しく散会。

 翌朝、珍しく二日酔い気味。もう若くはない。

 

肉の万世」公式ホームページ

お土産は万カツサンド

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季節の花(令和三年十二月)

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 通りを埋める色づいた言の葉が、遠い季節の中に、一度は信じた夢や泪があったことを思い出させてくれるだろう。

 人にとって出会いがいつもそうであるように、不確かな明日の手応えが、風のように街を渡って行った。

 

 高校二年の頃、そんな雑文を書いていた。何か意味がありそうで、実際は単なる言葉の羅列に過ぎない。それから随分時が流れても、多分、未だに同じ事をしているのだろう。

 黄昏行く師走の空を眺めながら、昔聞いた歌を口ずさんでみた。

 ♪ 届け 心 あの日の君へ 届け 心 今の君へ ♪ (「緑の街」小田和正

 

 今朝、初霜を踏みしめ独り歩く冬ざれた公園に、また去年と同じ花を見る。

 カタカナは花名  (     ) 内は花言葉

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