青春浪漫 告別演奏會顛末記 10

4.「許せない!」クマはジェラシーの炎に身を焦がした (2)

 

 投稿された「悲しい夢」に対する『夢判断』を、アグリーは次のように「DANDY」に書いていた。 

 天国の花園より夢見る少女へ・・・

 若い日々の一つの愛は、

 あなたを今まで行ったことの無い所へ連れていってくれる

 愛を与える為愛に生き、愛に生きる為、

 あなたは愛の化身となる。

 夢は眠りの為にあり、愛は涙を流すことの為に・・・。

 そして愛とは愛されたいと願うこと。

 恐れと涙の伴わない愛は真の愛ではない。

              with Love   DAY DREAMER 

 『何なの、これは』刷り上がった紙面を見てクマは激しく怒った。『何が with Love だ。 何処が判断だ。これは公私混同だ。だいたいやり方が汚いじゃないか』

 その上アグリーが、その投稿を自分の家に持って帰ってしまった事も気に入らなかった。クマは決して変態趣味ではないが、それがもしナッパの物であるとしら、彼はきっと彼女がかんだ鼻紙でも、他人が自分の物にすることを許せなかったであろう。

 更に、今度の春休みに再びクラス合宿が行われることとなり、その責任者の中にナッパとアグリーが入っていて、放課後などに時折数名で集まり、楽しそうに打ち合わせをしているのだ。

 『許せない』クマは燃え盛るジェラシーの炎に身を焦がしていた。

 そこで彼は「深沢うたたね団」団員のトシキを誘い、あるイタズラを実行することにした。その日クマは家に帰ると、例の返事に書かれてあるナッパの字を小一時間睨み続け、彼女の筆跡をほぼ完璧にマスターした。

 そして『夢判断』に再び彼女が投稿したかのように見せる為、時間も空間も超越したあたかも本物の夢のような内容の文章を書いて、翌日こっそりと投書箱に入れておいた。

 果たして、それを最初に見つけたのは、またしてもアグリーだった。彼はクマとトシキが観察しているとも知らず、ちらっとその紙片を見るや再びポケットにねじ込み、編集部に届けるどころか家に持って帰ってしまった。

 『ヤツめ、この間の投稿と見比べて、筆跡を鑑定する気だな』クマとトシキは顔を見合わせてほくそ笑んだ。

 ところが数日経ってもアグリーは、一向にそれを持って来ようとはしない。「DANDY」の編集の日まであまり日数が無かった。『アグリーは前回に勝る、超弩級の判断を考えあぐねているのか』それとなく探りに出たトシキに何も知らないアグリーは「投稿があったけど、ナッパのものではないようだ。」と漏らした。

 最初クマは自分が作文した「夢」をアグリーがナッパのものと勘違し、得意になっている時、種明しをして皆で大いに笑ってやるつもりだった。しかしトシキから報告を聞かされて、再び腹を立ててしまった。

 『アイツは何の権限をもって、ナッパ以外の投稿を勝手にボツにするのか』しかしそれと同時に、あまりにも子供じみたイタズラをしたという自責の念にもかられたのであった。

 そして木曜日の放課後、いつものように「DANDY」の編集が始められると、アグリーは多少悪びれた態度で皺くちゃになったクマが書いた「夢」を持ってきた。アグリーが去った後、その紙片はクマの手の中で引き裂かれていた。  <続>

 

  今回は恋敵同士仲良くギター2本、2パート・ハーモニーを、珍しくオーバーダビング無しの一発録りで。


雨の街角/風のかたみの日記

 

      f:id:kaze_no_katami:20200521073227j:plain 

青春浪漫 告別演奏會顛末記 9

 4.「許せない!」クマはジェラシーの炎に身を焦がした (1)

 

 フェアウェル・コンサートへの出演依頼に対するナッパの回答は、直接伝えられる事はなく、アガタが何処からかクスねてきた郵便受を、教室の壁に取り付け「DANDY」 投書箱と書いた中に入っていた。

 最初にそれを取り出したのは、その時点では未だ正式な編集部員ではなかったアグリーだったが、その時彼は返事が入った封筒とは別に、折りたたんだ便箋を見つけた。そしてそれは前週から 「DANDY」が始めた『夢判断』に寄せられた「夢」であった。

 『夢判断』とは言うまでもなくG.フロイトの著書だが、「DANDY」では自分が見た「夢」をクラスメイトから募集し、独断と偏見で勝手な分析を加え紙面に発表する、という触れ込みの企画であった、

 しかし尤もその頃、編集部でフロイトを読破した者などおらず、辛うじてクマが、Eフロムの『夢の精神分析ー忘れられた言語ー』に目を通した程度だった。それでも彼は「フロイト流はどうしても性的な部分に触れざるを得なくなるからね。」とあたかも読んだかの如く知ったかぶりを言ったりした。

 ところでアグリーはその便箋に素早く目を通し、そこに書かれた文章を読んで、直観でナッパのものだと判断を下した。 

 

       悲しい夢

  夢の中で 私は泣いていました

  夢の中に 誰か立っていました

  私は見上げて聞きました

  どうしてあなたは人を愛さないの

  その人は答えました

  君だって人を愛すのが恐いんじゃないか

  涙で霧がよけい濃くなりました

  悲しい夢でした

                 匿名希望

 

 いかにも少女趣味で、気持が悪くなりそうな内容の便箋を、アグリーは汚いGパンのポケットにねじ込み、取敢えず出演依頼の返事だけをダンディーやクマの所に持って行くことにした。然したる理由は無い。唯、クマに直ぐ見せたくなかったのだ。

 一方、クマはクマでナッパがアグリーの所に直接返事を持って来たのかと思い、不快な気分になったが、しつこく問いただした結果そうではないと知って、ひとまず安心したのだった。

 出演への回答はこれまた見るからに少女趣味な便箋に、「風邪気味が続いている為、歌う事が出来るかどうか判りません」と書いてあり、自分の名前の下に洒落で設けた保護者欄に「ジョージ・マチバリ」と署名されていた。「どういう意味だい?」と尋ねたセンヌキに「ジョージ・ハリソンが好きなんだよ。」とクマは何の確証も無いことを言った。

 編集部で一応回し読みが済むと「かわいい便箋で良かったね」とダンディーがクマにそれを渡してくれた。

 そしてその日の放課後、いつものように「DANDY」のガリ版切りが始められると、アグリーは例の便箋を出してきて、そこに書かれてある「夢」に対するコメントを勝手に自分で書き始めた。「夢判断」はダンディーの担当と決まっていたが、人のいい彼はアグリーの成すがままにさせている。

 クマはその便箋に興味津々なくせに、まるで平静を装い精一杯クールな態度でそれを読んだ。『確かに見覚えのある筆跡だ』先程の返事と見比べたが、しかしナッパのものであるという確証は無かった。『それにこの八行の夢は実際に見たというよりは、どちらかと言えば詩ではないのか』彼は考えた。『もしこれを書いたのが本当にナッパならば、一体何が言いたいのだ。夢の中に立っていた「その人」とは誰なのか。ナッパは「その人」のことを愛しているのか。そもそもこれを投書箱に入れたという事は、誰かに読んで貰いたかったのか』

 そこまで考えてクマは急にバカバカしくなってきた。誰がこれを書いたにせよ、単なる遊びで投稿したかも知れないのだ。それよりもアグリーの陰険なやり方の方が問題である。だんだん腹が立ってきた彼は、そこに唯『匿名希望』とだけ書いてあるのを見て「自分の名前も書かず匿名希望なんていうバカがいるかい。」とトゲトゲしく言った。するとアグリーは、まるで自分に対する非難に答えるかのように「いいだろう!」と強く言い放ったのだった。

 結局その投稿がナッパのものである事を証明するものは何も無かった。しかしこれまで「DANDY」の編集に殆ど関係してこなかったアグリーが、今回ナッパからのものらしき投稿がきて、急に出しゃばってきた事に対し、クマは不愉快この上なかった。<続>

 

 「夢」について書いた歌詞に、クラシカルなギターフレーズを使いたいが為だけに、無理やり一曲でっち上げてみた。 


君に歌う子守歌/風のかたみの日記

 

      f:id:kaze_no_katami:20200520192304j:plain

青春浪漫 告別演奏會顛末記 8

3. 「私は怒っています」ナッパは電話の向こうで泣いた (3)

 

 話が少し遠回りした。機関誌 「DANDY」 の編集が毎週木曜日の放課後に行われている事は既に述べた。そんなある日、現国のテストの答案が返って来た。教員チカン清水は教壇から1人ずつ名前を呼んで返却するのだが、ナッパの時、何を思ったか如何にも嬉しそうに「今回クラスで1番。」と、皆に聞こえるよう大きな声で言い放ったのだった。

 一瞬教室にはある種の違和感が漂い、皆が沈黙した。別に妬みや羨望のせいではない。清水教員がそんな事を言うのは今までなかったからだ。ナッパは恥ずかしそうに受け取って席に戻り、皆も我に返ったように拍手した。

 早速、その日の 「DANDY」編集では=紙面にまだ余白があったのが一番の理由だが=、センヌキを中心にアガタ、クマの三人で、「S教員との対話」と題し、チカン清水とナッパのスキャンダラスな関係、その他教員の糾弾や揶揄など、誰が読んでも冗談と判る記事をでっち上げた。(具体的内容は筆者の品格を疑われそうなので敢て書かない)

 翌日それを配布する前に、よせばいいのにこれまた冗談で『お詫び状』を編集部一同名でナッパに手渡したところ、その日の昼休み、先ず何の関係もないアグリーが彼女から相当強い口調で抗議を受けた。

 彼は弁明の機会さえ与えらず、次の授業が体育だった為、更衣室で殆ど半ベソをかきながら、何故無関係な自分が責められるのかとクマ達に当り散らした。彼にしてみれば恋敵であるクマの愚行のせいで、自分がナッパから嫌われてしまう訳にはいかなかったのだ。

 だが当事者三人は「所詮オタクの日頃の行いが悪いのよ。」などと訳の分からない事を言いながら、さほど気にも留めていなかった。

 果たしてクマが帰宅し、いつものようにギターの練習をしていると、ナッパから電話がかかってきた。考えてみれば、ナッパから電話を貰うのはそれが初めての事だった。本来ならばクマはこれから何が起きるのか、その時点で気づくべきだったろう。

 その第一声たるや、「私は怒っています。」ときた。電話のせいかアグネス・チャンの歌声を少し笑いを抑えた風に聞こえたクマは、てっきり冗談だと思い、ヤツもなかなかユーモアのある人間だなと感心しながら、『しかし待てよ、わざわざ冗談を言う為に電話して来るということは、ひょっとして俺に気があるのかな』と勝手な解釈をして、「本当に怒っているの。」と少し馴れ馴れしく訊いた。

 ところが暫く話しているうちに彼女はなんと泣き出してしまった。『本当に怒っている!・・・』

 クマは幼稚園からこのかた女の子を泣かした事など一度もなかった。どちらかと言えば自分が傷つき泣かされてきた方が多い位なのだ。泣かした事がないのだから、泣いている、しかも憧れの女の子に対する『傾向と対策』など知るはずもない。彼はちびったビビった。

 涙声のまま「さよなら」と言って、二年近くクマが恋焦がれ続けたマドンナのナッパは電話を切った。

『もしかしたら、これが最期の会話になってしまうのか?』

『あの優しい微笑みは、もう二度と振り向かないのか?』

『あの澄んだ瞳は、再び僕の影を映すことはないのか?』

『何も始まらないまま全ては終わってしまうのか?』

『幸せは訪れず、去りゆくだけなのか?』

 彼はどんな場合でも、物事を冷静且つ詩的に考えてしまう癖がある。というのは嘘で、すっかり取り乱し、慌てふためく自分を落ち着かせようと、思いつくまま手当たり次第に電話を架けまくった。彼等の反応は様々であった。

 センヌキ  「アホクサ」

 ダンディー 「それはナッパさんが君を好きだからだよ」

 アガタ   「これはチャンスだ、前よりも進展したぞ」

 アグリー  「アナタ、もう、おしまいよ」

 クマはアガタの答えが気に入った。そしてナッパに電話をし、出来うる限りの誠実さを装いながら自分でもバカバカしくなる程神妙に謝り、何とか機嫌を直して貰う事に成功した。

 大きく深呼吸をすると、クマは心の中に新たな期待が次第に膨らんで行くのを感じた。しかし顔の締まりが無くなり、だらしなく微笑んでいることには、まるで気付いてはいなかった。  <続>

 

 とにかく「愛」とか「恋」といった言葉を使わずに歌を書きたいと思った。そして向かった先は、そう「宇宙」だった。 


迷羊宮/風のかたみの日記

 

      f:id:kaze_no_katami:20200519181038j:plain

青春浪漫 告別演奏會顛末記 7

3. 「 私は怒っています」ナッパは電話の向こうで泣いた (2)

 

 『五行 ①中国古来の哲理にいう、天地の間に循環流行して停息しない木・火・土・金・水の五つの元気。万物組成の元素とする。』(広辞苑第六版より抜粋)

 

 現国の教員、チカン清水は、中間、期末といった定期試験の他、時折予告、又は抜き打ちで行うテストの他、あまり教科書にはとらわれず、生徒達に題目を提示しては、さかんに文章を書かせた。

 それは「現代国語の授業の最終目標は、とにかく文章を書けるようになる事」という彼独自の持論に依るものであり、制限時間内に書き上げるトレーニングとしては授業中、またテーマを深く掘り下げる場合は宿題という形をとっていた。

 物を書く事にあまり抵抗のないクマ達にとってはウエルカムであったが、しかし問題はその作文の評価の仕方だった。

 試験やテストならば100点満点方式で採点される為、結果は判り易くクレームも付けづらい。だが作文の場合、返却された原稿用紙の右側に赤鉛筆で漢字一文字が書かれているだけなのだ。

 清水教員は手の内を明かさないし、生徒等は面食らった。「俺は "金" だ。」と喜ぶ者があれば「私は "火" だけど。」と訝しがる者もいる。やがて彼等はカレンダーの曜日順、即ち(日)~(土)ではないかと推測したが、更に回数を重ね情報を収集すると、どうやら「日」と 「月」がない事が判明し、皆で色々調べた結果、漸く「木火土金水」の順に高評価だという結論に辿り着いた。

 しかし、これがどのように成績に影響するかは尚不明であり、それでも教員は最後まで真実を語らず、まるで本物のチカンのようにニヤニヤと薄ら笑いを浮かべるだけだった。

   因みにクマは得意の意味不明文章を書きなぐって「木」を獲得する事が多かったが、一度だけ題目「旅」で授業中に書いた短文では違う評価を受けた。        

             

            「青春の旅路」

  まだ明けきらない紫色の空が遠く流れる雲の影を写して、

  目覚めた渡り鳥のように、一人また一人、今再び旅立つ。

  通り過ぎる思い出を置き去り、まだ見ぬ明日を追って、

  旅を続けるのは人の定め。

  傷ついた涙と失くした愛を、誰が忘れずにいられるだろうか。

  「さようなら」という言葉を何度も呟きながら、行ってしまう心。

  僕等はこれまでの旅に疲れてしまった。

   新しい道には別の君が待っているかも知れない。

  そんなささやかな望みもいつか捨てる時が来て、

  その時また立ち止まって振り向く事が出来たら、

  きっと誰かが微笑みかけてくれるのを待っているだろう。

  今、青春という儚い道程が終わる頃、

  子供の夢は波に浚われる砂の城のように

  脆く崩れてゆく。

  忍び寄る冬の足音に外套の襟を立てて、

  ここに一つの別れと出会いがある、

  そしてまた新しい涙を求めて、旅は永遠に続く。

 

 数日後、クマの手元に戻ってきた原稿用紙には、これまでの「木火土金水」ではなく何故か「名文!」という二文字が赤鉛筆で書かれてあった。クマとしてはまあ悪い気はしなかったが、これは嵐の前の静けさに過ぎなかった。清水教員のある一言により、思いもかけない事件が起きるのは、それから間もなくの事である。  <続>

 

 今回は「名文!」に連動して「1973.11」から「旅立ちの朝」


旅立ちの朝/風のかたみの日記

 

      f:id:kaze_no_katami:20200517072107j:plain

青春浪漫 告別演奏會顛末記 6

3.「私は怒っています」ナッパは電話の向こうで泣いた(1)

 

 メガネユキコは同い年ながら、分別のある言動や日頃の立ち振る舞い等から何処かしら年上のように見え、クマ達もごく普通に会話が出来る数少ない女子の同級生で、2年4組の学級委員でもあった。

 彼女はまた所謂姐御肌らしく、時折女の子数人と申し合わせては、駒沢にある馴染みの「あんみつ屋」へ雑談をしに行く事から、非公式なメモ等では自ら「安 美津子」というペンネームを使用していた。

 そしてセンヌキは何故か誰にも相談する事なく秘密裏に、この「お姐様」にフェアウェル・コンサート出演を依頼して、あっさり断られていた。しかし悪事は直ぐに露見するもので、この事実が瞬く間に判明したのは、メガネユキコ本人がクマに電話をして来たからだった。

 彼女はそこそこ成績も良くズケズケ物も言ったが、傲慢なところは殆ど無く誰とでも気さくに話す。その日は開口一番「ねえクマさん。センヌキ君って私の事バカにしてるのかなぁ」

 クマは一瞬当惑しながらも取敢えず答えた。「女史の身に一体何が起きたと言うの」いつの頃からかクマは彼女に敬意を表する意味で「女史」と呼ぶようになっている。

 「私にフェアウェル・コンサートに出てくれと言ってきたの」

 「そんな話は聞いてないけど」そう言いながらクマは灰色の脳細胞の記憶の領域を辿り、程なくシナプスが繋がった。

 それは未だ彼等が1年生だった頃、センヌキは同級生のペチャ松という一般的客観性に照らし合わせて見ればれカワイイ容姿でバレーボール部員、尚且つマカロニ・ウエスタンのトップスター、ジュリアーノ・ジェンマの大ファンの子に、五回アタックして五回ともブロックされた事があった。

 それが2年生の夏、今度は何を思ったかメガネユキコに惚れてしまい、夏休み、健全にも白昼、自分の思いを告白すべく彼女を駒沢公園まで呼び出したのだが、不運な事に偶然チャリンコで遊びに来たクマ達とバッタリ出くわしてしまった。

 「何やってるの。」とのクマの問いに、センヌキが「いや、ちょっと。」と少し顔をしかめながら答えに窮しているところに今度はメガネユキコが現れ、男女の機微に疎いクマが結果的に邪魔する形となり、センヌキは何も言い出せず、皆で秋の文化祭の話などしてそのまま散会となった。

 その日夕方、何の為に呼び出されたのか不信に思ったメガネユキコがセンヌキに電話をすると、彼はすっかり挫けていて適当な言葉でごまかしてしまった。

 後になってからその話を聞いたクマは、「それならそうと言ってくれれば良かったのに。」と笑みを浮かべて人の不幸に同情した・・・その記憶が蘇った。

 『なるほど』とクマは考えた。センヌキは自分がナッパに対しそうであったように、コンサートを利用して巻き返しを計ったのだ。

 クマはメガネユキコに言った。「バカにはしてないと思うけど、きっと女史にコンサートに来て欲しかったんじゃないかな。」

 「コンサートにはムーも出るから観に行くけど、歌うのは勘弁して欲しいなあ。」

 「了解、センヌキにはそう言っておくよ。」

 哀れセンヌキの公算はまたしてもこうして崩れ去って行った。

 そして今度はクマ自身、「DANDY6号 」の『S教員との対話』という記事がもとで、笑ってばかりはいられなくなるのだった。<続> 

 

 古いカセットテープから思わぬものを発掘してしまった。当時の現役JKの生の会話である。(尚、期待する程の物ではないので、悪しからず)


いつか別れが/風のかたみの日記

 

      f:id:kaze_no_katami:20200519162825j:plain

青春浪漫 告別演奏會顛末記 5

2.「僕達は週刊DANDYを発行します」編集部一同が宣言した (2) 

 

 一方コンサートの方は「2-4 フェアウェル・コンサート」と名をうって機関紙『DANDAY』の紙面を借りPRが始められた。尤もどちらも同じ仲間内での企なので、すべからく自画自賛の世界であった。

 例えばクマが書いたキャッチコピー、「ウッドストックバングラデシュに並ぶ愛と平和と音楽の祭典」とは、幾ら冗談とはいえ、あまりにも大袈裟で馬鹿げたフレーズであり、「あ~ら奥さん 『フェアウェル・コンサート 』ってご存知?」「そりゃ知ってるわよ、お隣でもその話でモチキリよ」「なんたって『フェアウェル・コンサート』 だからして」はアグリー持ち前のハイプな感覚の極致と言えた。

 また教室の壁にある掲示板には、クマやアグリーが自宅での学習時間を惜しみなく割いて描いたポスターが貼られ、それによれば祭典の日時は、1974年3月25日、終業式終了後。場所は234番(2年4組の)教室と定めていた。だが、彼等はこの件について学校側に届ける事を完璧に失念していた。

 さて、週刊『DANDY』の編集、ガリ版紙切り謄写版印刷は、主に木曜日の放課後に行われていた。これら一連の作業に必要なボールペン原紙、藁半紙、謄写機などは、すべて新聞委員会の備品を勝手に流用していたが、ここでもアガタの迫力ある顔のお陰か、それを咎める者は誰もいなかった。

 そして同じく木曜日には、何故か2年4組の女子も十名程残って、例の変なムーが弾くお世辞にも上手とは言えないギターに合わせ、フォークソングや流行歌を歌っていた。クマは聞くに堪えないギターの手ほどきをしようかと思ったが、如何せん敵は名うてのインケングループであり、関わらないに越した事は無いと結論付け、聞こえない振りをした。

 その代わり予てからの計画通り、ムーともう一名、多少歌には自信があるらしいサチコにコンサートの出演依頼書を渡し了解を得た。これでナッパを呼び寄せる撒き餌は完了。因みにムーはヒナコとかいう1組の女の子と一緒にやるとのことであった。

 尚、このムーとヒナコ(HIM)二人と、アグリー、クマの四人はこの7か月後、グループを組んで世田谷区民会館のステージ立つことになるが、この物語ではそれには触れない。

 そんなある日の放課後、クマが教室で 『DANDY』の原稿をボールペン原紙に書いていると、突然ナッパが彼の所にやって来た。

 「あの~」アグネスチャンの歌声にローフィルターをかけたような声だ。クマは実にその声が好きでたまらなかったのである。彼は書く手を止めて顔を上げた。

 「・・・フェアウェルっていうのは、自分達が演奏するのを聞かせるんですか。それとも皆で・・・。」ナッパの問いかけに一瞬間をおいてクマが答えた。

 「皆で楽しくやろうというものですよ。出ませんか、なんかよく皆で歌っているみたいだけど・・・。」

 クマは言葉の内容とは違って、緊張のあまりひどく事務的な口調で答えた。ナッパは軽く頷いて、納得といった表情を作った。 クマはそこでもうひと押しすればいいところを、何となく面映ゆい気がして再び下を向いて書き始める。彼女は何か言いたげに暫くそこに立っていたが、やがて兎のように跳ねて教室の外に消えて行った。

 すかさず傍にいたセンヌキが言う。「いいの? ナッパさんをあんなに冷たくあしらって。」

 クマは決してそんなつもりではなかったのに、そう言われればそういう気がしないでもなく、翌日改めて正式に出演依頼書を渡す事にしたが、彼は自分の気持ちがいつも裏腹になって態度に現れることをもどかしく思うのであった。  <続>

 

 今は亡き加藤和彦が作るフォーク調の美しいメロディーが好きだった。何とか自分にも出来ないか試みた結果がこの曲。


落ち葉の丘/風のかたみの日記

 

      f:id:kaze_no_katami:20200519080024j:plain

青春浪漫 告別演奏會顛末記 4

2.「僕達は週刊DANDYを発行します」編集部一同が宣言した (1)

 

 年が明けて1974年1月、その機能的外観から「軍艦島」と呼ばれた三菱端島炭鉱閉山のニュースが巷に流れていた。 それとは全く何の関係も無く、深沢全共闘、兼新聞委員のアガタの発案のもと週に1度、2年4組内に限って機関誌を制作、発行する運びとなった。

 全共闘とは言っても、所謂学生運動のピークは既に過ぎており、学内にその流れを汲む3年生が数名いて、ヘルメットにタオルの覆面というお約束の装束に身を包み、入学式等に出没してはビラを配ったりする他は、特に目立った活動はなかった。そしてその連中の拠点が新聞委員会の部屋だった。

 因みに、校則では一応制服を定めていたが、生徒の大半は着用せず、主流はVANやKENTに代表されるアイビールック。それ以外の者はパンタロン(当時ベルボトムという言い方はしなかった)のGパンに長髪というスタイルで登校していた。この『私服黙認』、これ位がかっての運動で勝ち取ったものの名残と言えるかも知れない。

 さてこの機関誌は「DANDY」と命名され、編集は発起人で顔に迫力がある割には意外に軟弱なアガタ。尚、彼はその容姿をかわれて、足尾鉱毒事件の田中正造を扱った三國連太郎主演映画「襤褸の旗」にエキストラの一人として出演した実績があった。服装は上下ともジーンズで、いつも流行りのマジソン・バッグを持ち歩き「欧陽菲菲のボディーラインは抜群だ」と言っては手のひらで顎を撫でながら、涎をすする音を出すのが趣味だった。

 編集局のもう一人は1年生の3学期、他所の私立男子校から編入して来て、いきなりクマ達が噂でしか聞いた事がなかった「バレンタイン・チョコレート」とやらを貰った実績があり、そして機関紙名にもなったダンディー。彼はバレーボールが得意なスポーツマンだが、編入の理由は何故か誰も知らなかった。

 あとは此の手の話には常に顔を出すセンヌキとクマ。その4人でスタートし、後にアグリーやトシキ、カメといった「深沢うたたね団」の面々も加わった。 

 この機関誌は思ったより不評で彼等を落胆させたが、特にアガタはアグリーが入った為、「紙面がハイプになった」と一時編集局を去ってしまったりした。彼にしてみればこの機関紙発行が2年4組との決別の辞であり、ある意味フェアウェル・コンサートだったのかも知れない。

 因みに、ハイプとは本来ニセモノという意味だが、彼等は『ダサイ、クサイ、カッコ悪い』等を総称する言葉として使っていた。尚、その反意語はヒップである。

 アガタは一応立場上、反体制的でアナーキーぽい記事を担当し、センヌキはそれを軟弱に追従する文章を書き、クマは当然ナッパの事しか頭にないので、詩ともエッセイともつかない、何かを語っているようで実際は何も言っていない、要は意味不明なコラム「深沢うたたね団の伝説」を担当した。例えばこうである。  

 

  朽ちかけた長い回廊を抜けた時、

  早春の陽光は眩しく暖かかった。

  透き通った新緑の若葉が風にささめくのを聞き、

  僕はまた新しい詩を一つ書こうと思った。

  汚れなく白い思い出をその言葉に託して、

  輝くこのひと時を飾ってみよう。

  描きかけのカンバスに絵具を重ねて、

  いつかは別れてゆく二人の後ろ姿を見送るように、

  栞をさした頁を開いて泪の跡を辿る。

  流れ星が燃え尽きたら僕は広い夜空の何処かに、

  願い事の一つを失くしたように

  星々の間を探すけれど、

  心の中で歌はいつも独りぼっちだった。

  遠い夢の旅路をさすらう人の、

  あの優しい微笑みにもう一度出会えたら、

  白百合の花に包まれたイースターの街に

  夜明けを求めて、

  さあ行こうワトソン君、

  ガニマールでは頼りにならないからね。 

 

 編集後記担当のダンディーは「最初ハイプかと思ったけど、最後はヒップで締めたね。」と評してくれたが、クマはナッパがこれを読んで、クスッとでも笑ってくれたのなら、それだけで満足だと思っていた。 <続>

 

 ここ二回、アグリーの作品が続いたので、今回はクマの意味不明な文章に連動して「イースター・リリー」 という曲を。


イースター・リリー/風のかたみの日記

 

          f:id:kaze_no_katami:20200516181511j:plain