薄れゆくパトス

 週末のホテルのバーは人種のるつぼと化していた。しかし、ここは紛れもなく日本の東京、その証拠に眼下に浜離宮の輪郭がぼんやり見える。

 時刻はまだ午後八時半、J.W. ブルーのオン・ザ・ロックを飲みながら、三人編成の生バンドが演奏する「ホテルカリフォルニア」を聞いている。

 この選曲がホテルとして妥当かどうかは疑問が残る。少なくとも歌詞を知っていればそう思うはずだ。

 しかし、そんな事はどうでもよい。もう些細な事柄に拘る歳ではない。まるで上げ足取りのような議論に身を投じるつもりも毛頭ない。自分の言葉に命を賭ける情熱はとうに失くした。

 オーダーを忘れたり間違えたり、一流ホテルのバーのウエイターとは思えない対応も今日は許す。

 席につく前、通路で肩が触れた銀色の髪の少女に咄嗟に ”I 'm sorry" ではなく”Excuse me" と言えてよかった。

 望むことは唯一つ、この旨い酒にもう暫く酔い痴れていたいだけだ。

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More than half a century ago

 1964年10月10日、その日東京は前日の風雨がぴたりと止み、朝からまさに秋晴れ、抜けるような青空が広がった。

 同日の午後、我が家は家族揃って自宅の白黒テレビを見入っていた。勿論、東京オリンピック開会式の中継をである。

 私はまだ小学校低学年で定かな記憶はあまり残っていないが、それでも心躍るような気持ちになっていたと思う。

 式典がほぼ終了した頃、外が騒がしいので父親と一緒に出てみると、形は崩れていたものの、微かに色のついた雲が流れていた。それは航空自衛隊ブルーインパルス神宮外苑上空に描いた会心の五輪マークの名残であった。

 その光景だけは今でもはっきり覚えている。かれこれ半世紀以上も前の出来事だ。

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你会打麻将吗(あなたはマージャンが出来ますか?)

 事情があってここ四ヶ月あまり断酒をしていた。ところが突然二日続けて酒会があり、根が嫌いではないのでノコノコ出掛けていった。

 その事を親しい知人に連絡すると、「おー、二日続けて連チャンですね・・・」とのメールが届いた。

 それを見て私はふと考えた、『彼女は麻雀をしたっけ?』。言うまでもなく「連チャン」とは「連荘」と書き、麻雀において親が連続して続く事を言う。

 このように我々の生活の中には、多くの麻雀用語と思われる言葉が溶け込んでおり、特に違和感もなく使われている。例えば、トイメン(对面)、メンツ(面子)、テンパる聴牌る)等が代表的である。

 これらの言葉が老若男女を問わず使われているところを見れば、もはや麻雀とは関係のない日常用語となった感がある。

 かって私が大学生だった頃、校舎の周りは喫茶店雀荘だらけで、教室に顔見知りの者が四人揃えば、平気で受業をサボり麻雀を打ちに行ったものである。

 その後、社会人となると遥かに年上の先輩達から誘われるようになり、また客接待にも出かけていった。しかし、我々世代より若い人は殆ど麻雀をしなくなった。しないと言うより知らないと言った方がより正確かも知れない。

 それでもなお用語だけは脈々と生き続けているようだ。

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ゴロワーズというタバコを吸ったことがあるかい

 どうやら明日10月1日から、タバコが値上がりするらしい。喫煙の習慣が無い私にとっては、全く関係ない話ではあるが、愛煙家にしてみれば重大問題なのだろうと思う。

 そもそもこの値上げは、国が定める「たばこ税」が増税される事に依るところが大きい。

 増税額は一番需要が多そうな紙巻きたばこが1.0円/本。従って1箱20本入りの場合は20円。

 ところが、実際の小売値は約40円値上がりする。この事に対し旧専売公社、現日本たばこ産業は、「たばこの販売数量の大幅減少に対し、品質・ブランド価値を維持する為には増税分以上の定価改定が必要」とよく判らないコメントを発表をしている。

 この値上げは(当然のことながら)、全国1900万人と言われる受益者(喫煙者)が全額負担する事となる。

 いっその事これを機に、たばこを止めてしまえば楽なのではないかと考えるも、なかなかそうはいかないのだろう。なんといっても喫煙によるニコチン依存症は、中央社会保険医療協議会から正式に認められた歴とした疾患なのだ。

 病気なのでたとえ値段が幾らになろうとも吸う人は吸うし、なまじ禁煙などしてイライラされても困る。「イライラしたから」というのは、今や立派な殺人の動機となり得るからだ。念の為に申し添えるが喫煙者が犯罪予備軍とは言ってはいない。

 尚、本ブログのタイトルは、稀代のソングライターだった、かまやつひろしの作品から拝借。このたばこを吸えば、たちどころにフランスに行った気分になるらしい。  但し、私自身、ゴロワーズというたばこを吸ったことが無いので責任は負いかねる。悪しからず。

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お立寄り下さった皆様に御礼申し上げます

    風のかたみの日記 を開設して半年が経ちました

 そんな事は全く気にもかけていなかったが、本日「はてなブログ」からのメールがそう知らせてくれた。

 半年前と言えばちょうど桜が満開。そして暑い夏が訪れ、今、秋を迎えようとしている。その間に投稿したウェブログは66、それに対するアクセス数は5,018。

 この五千という数字、それは顔も名前も存じ上げない方々の足跡。

 私は改めてこの場を借りて御礼申し上げたい。

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今日は十五夜

 ♪ そそら そら そら ウサギのダンス、タラった ラった ラった・・・

このままこの歌で終わってしまったらお叱りを受けそうなので、本題へ。

 さて、肉眼で見てもわかる月の黒い部分は「海」と呼ばれているが、当然地球と同じように大量の水は・・・無い。(日光が当たらない極地付近には少しあるらしい)

 そしてその海と白く輝く山岳部分とが織りなす模様を、日本ではウサギが餅をついていると言ってきた。

 これが中国ではひき蛙、ヨーロッパでは木に繋がれたロバ、ロシアでは老女の横顔となり、人の見方も人種や文化によって随分変わるものだとつくづく思う。(諸説あり)

 我が国のわらべ歌、十五夜お月様を見て跳ねるウサギは、月にいるのか地上にいるウサギなのか定かでは無い。それはともかく今日、九月二十四日の十五夜は特別な十五夜である。

 ご存知の通り、十五夜(満月)は平均29.5日周期で起きる現象だが、これは月が地球の周りを公転している為であり、従って我々は一年に12回、満月を見る事が出来る。

 では何故今日が特別なのか。別にここ迄引っ張らなくても、最初から「中秋(旧暦八月十五日)の名月」と言えば済む事であった。(尚、「仲秋」は旧暦八月全体の意)

 我々は先祖の代から、この日に、様々な収穫の恵みを天に感謝する為、ススキと団子を用意し東の地平線から昇ってくる月を愛でて宴を催して来た。

 どうだろうか、今夜は一千年前の貴人に倣って名月をツマミに一杯やっては。

 尚、満月は光度が高過ぎるで天体望遠鏡の観測には向かないと言われている。

 伝えたい情報が余りにも多く支離滅裂になりそうなので、ここで筆を置きたい。尚、英語でルナティックと言えば狂人の事である。 

                         ・・・耳に鉢巻 ラった ラった ラった ラ ♪ 

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秋風通信

 今朝散歩しようとTシャツ一枚で外に出たところ、大袈裟ではなく思わぬ寒さに身震いをした。気温は定かではないが、間違いなくこれまでとは異なる清涼な空気だ。

 そう言えば、このところ朝日は遅く、夕日は早い。普段起床する午前五時は未だ暗く、午後七時にはもうすっかり日が落ちている。最近流行りの言い方をすれば、「平成最期の夏」は終わってしまったようだ。

 今年の猛暑は確かに厳しく辟易したが、これから迎える季節は何処か切なく、何故か人恋しい。

 「暑さ寒さも彼岸まで」、母親手製のおはぎを食べることが出来なくなって、何度目の秋が巡ってきたのだろう。

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