DTM (その3)

 昔、パソコンは現在と違い思いっ切り扱い辛かった。プリインストールされた殆ど必要性の無いアプリケーションだけを使っている分には問題ないが、自分用にカスタマイズしようとすると軒並みエラーの連続だった。

 特に新たな周辺機器を接続しようものなら、ISAだろうがシリアルだろうが、はたまたSCSIだろうが、先ずすんなり行ったためしがない。「何かが上手くいかない時、僕は真っ先に受け入れる」と歌うポール・サイモンの "Something So Right" という曲はこの為に作られたにではないかと思う程である。

 しかしやがてOSも進化して取敢えず繋げば自動認識(Peer to Peer)するようになり、インターネットが普及するとドライバーも最新版をダウンロード出来るようにもなった。

 さて今回、新しいDTM環境を構築する為、パソコン、インターフェース、入力用鍵盤、ブルーレイディスク、外付けハードディスク、モニタースピーカー、そしてDAWソフトを一気に新調、すぐにでも楽曲制作を開始するつもりでいた。

 パソコンは本体、ディスプレイ、キーボードを別々に購入したが、このセットアップは難なく終了、Windows10も問題なく立ち上がる。続いてDAWソフトのインストールにかかった。

 私が選んだCubase PRO 10 というソフトは、今ならダウンロード版が30周年記念で半額だという情報をショップの人から聞いていたので、メーカーのサイトへ行き早速DL開始。

 『何と21GBもある』と驚きながらも、これが無いと始まらないので続行。しかし回線が細いのか見る見る速度が低下、途中何度も中断する始末。『今時こんな事があるのか』と思いながらも仕方がないので一晩中PCを付けっぱなしにした。そしてこの辺りから私の脳裏には嫌な予感が見え隠れし始めた。

 それでも何とかCubaseをインストール、立ち上げようとするがエラー。よくよく見るとどうやらライセンスを証明する専用USBメモリーが必要とメッセージが出ている。これはダウンロードは出来ないのでメーカーに注文し、その到着を待つことにした。

 すると二日後メーカーの日本法人から電話があり、現在品切れで入荷未定だという。そしてAmazonで入手可能だと付け加えた。

 今度はAmazonである。オーダーするとまた二日後メールで品切れだと伝えて来た。これは何かに呪われているとしか考えようがない。

 それからネットを検索しまくり某楽器店のネット販売に「在庫あり」の表示を発見。念の為電話で確認の上オーダー、漸く手に入れ早速USB端子に差し込んだ。

 果たして、Cubaseは見事に立ち上がった。『やれば出来るではないか』私は思わず笑えて来ちゃったりした。

 だが、それはぬか喜びであった。全ての機器を繋いでサンプルデータを走らせたところ、今度は何と音が出ない。

 それからトラブルシューティングの連続。それでも音が出ない。尚、私は決してシステムエンジニアのような知識は無いが、MS-DOSやWindows3.1からPCをさわっており、自分でDOS/Vマシンを組み立てた事もある、従ってある程度の事は出来る筈だ。

 そして購入から10日が過ぎた。嫌な予感は当たるものである、現在音は未だ出ないままだ。しかし勿論諦める訳にはいかない事は言うまでもない。

 

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DTM (その2)

  前回の投稿から思いの外時間が経ってしまった。勿論その間、何もしなかった訳ではない。それどころかいつになく大いに活動しまくっていた。

 さて、我家のDTMシステムが使えなくなった事は前回述べた通りであるが、種々勘案し熟慮の結果、私は遂に結論を出した。思い切ってシステムを全く新しい物に替えるのだ。

 

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 これが25年以上使用してきた以前のシステム。懐かしい名機 DX-7 が見える。

 

 そしてある晴れた日、私は秋葉原へやって来た。     

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 ターゲットはこの店。ネット情報によればここの品揃えが一番だという。

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 店内はこんな様子。

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 そして今日の我家の状況。

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 いい歳をして恥ずかしい限りだが、純粋に嬉しい。

 

 肝心要のDAW(デジタル・オーディオ・ワークステーション)ソフトは「Cubase PRO 10」

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 果たしてどこまで使いこなせるようになるのだろうか。

DTM

 今回のタイトルDTMは、デスクトップ・ミュージックの略で、ご存知の方もまたご自分でもやっているという人も多いと思う。一応何の事かと言えばパソコンを使って楽曲の制作や電子楽器を演奏するという事だ。

 さて私のDTM歴は以外と長く、かれこれもう25年以上やっている。

http://napdan325.hatenablog.jp/entry/2017/08/16/123119

  勿論、長ければいいという訳ではない。やはり最終的には音楽的センスやそれをプログラミングする知識と技量が問われる訳で、自慢では無いがその点に於いて私は、自分の能力の無さを素直に認めるだけの度量は持ち合わせている。

 しかしとにかく趣味なのであまり悲観する事はなく、実際に自分では弾けないピアノやギターの速弾き、そして超絶テクを打ち込んでは楽しんだりしていた。とは言え実在する楽器が出せる音域を越えたり、サックス奏者がいつまでも息継ぎをしない等といったシュールな表現は避けていた。

 ところが先日、我家のDTMシステムをコントロールするパソコンが作動しなくなり、出来る限りの復旧を試みるも全ては徒労に終わった。

 如何せん古いので仕方無いと言えばそれまでだが、入力用に使ってきたDX7やギターMIDIコンバーターSC-88とMU80といった音源モジュールは健在で何とも心残りなのである。

 考えてみればこれまで特にDTMだけに熱中してきた訳ではない。何か月も電源を入れない事もしばしばであった。ところが、いざ動かないとなると無性にやりたくなるのが人情というものだ。

 それから暫く私は考えた。このままこれを止めてしまうか否か。私はもう決して若くはないし今後DTMを続ける確証もない。それでも一応はネットで最近のDTM事情などを検索してみた。

 その結果、最新のソフトや周辺機器はすっかり様変わりしたかように思えたが、唯一昔と変わらない事があった「この趣味にはお金がかかる」。だが初期投資さえすれば後のランニングコストはせいぜい電気代くらいのものだろう。

 私は自分を奮い立たせる言葉を思い出した「今を尊ばなければ一体いつという時があるのか」

 さて、この先どうなるのだろうか =続く=

 

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令和に思ふ

 これまでに二度の改元をリアルタイムで経験した。とは言っても前回同様今回も特段何処かに出掛けたり何かをした訳では無い。ただ家に居て淡々とテレビを見て過ごしただけだ。

 以前ここで述べた通り私は天皇制を否定せず、どちらかと言えば好意的立場をとるものである。とは言いながら皇居前広場まで出かける程心酔する心算もない。

 さて、この御代替わりに於けるこれまでの一連の報道を見て、私が第一最初に思った事は、『皇后になられた雅子様の御加減は如何』、であった。特に笑みを浮かべながら車の窓を開けて手を振る姿が妙に心に残り、それを危惧したのだ。

 確か適応障害という病名だったと思う。2003年(平成15年)以降、雅子様は色々な行事を欠席されたり、それでいながら友人とレストランに出掛けてワインを飲んだ等という喧しい報道がなされた事もあった。そしてその時期は私自身がまさに精神科に通院していた頃であり、その二年前、勤務先で経営者の端くれに就任していながら、出社する事すら覚束ない最悪の状態になってしまった期間と重なっていた。

 そのような経緯もあり、誠に恐れ多い事ながら私は雅子様の状態が何となく判るように思えた。従って彼女を批判する輩は私の敵そのものであったが、とは言え私に妃殿下を庇う事など出来る筈も無かった。

 その後私は多くを失いながらも幸いなことに何とか原状復帰を果たし、今日に至っている。

 今、雅子皇后が寛解されたかどうかは知らない。恐らくそのような公式発表はないと思う。しかし最近は以前より調子がいいようにも見える。とにかく聡明な方である事はそのキャリアからも間違いないのであろうから、ご自分の体調を踏まえながら国事行為や公務他に臨まれる事を願って止まない。

 もし我々が本当に様々な多様性を認めようとするのであれば、たとえ現人神の妃とは言えど決して滅私奉公を義務付けられた存在ではない事を肝に銘じるべきと思料する。

 雅子皇后のお印はハマナス。その花言葉は「悲しくそして美しく」だという。そこには何か秘められた深い意味があるのだろうか。

 この令和が年貢の納め時になるかも知れない。多分私もそろそろ腹を括る時が来たのだろう。

 

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小賢しい餓鬼

 平日の朝、真新しいランドセルを背負った小学生達が、上級生や父兄等に導かれ集団登校している姿をよく見かける。もしかしてひょっとすると彼等は将来この国をも背負って立つかも知れない、そんな事を考えてまた、ふと、私は思い出した。自分にも小学生だった時があったのだと。

 子供の頃私は、所謂早熟で身体も同級生よりは大きく、たいして勉強はしなかったが成績はまずまずだった。そして小学五年生の頃には早くも声変わりをしてしまい、音楽の授業ではまるでウイーン少年合唱団の一員からいきなりフランク永井になったような気になった。その後その声からアート・ガーファンクル小田和正を目指したエピソードはまた別の機会に譲るとして、当時は同級生が幼く見えてしまい一人で本ばかり読み耽り、一緒に遊ぶ事は少なかった。

 それでも学校ではイジメられたり疎外される事も無く、四年生の時からはずっと学級委員に選ばれ学校全体の生徒会に出席する一方、クラスでは週一回の学級会に於いては議長として純真無垢、純情可憐、無知蒙昧な少年少女達を仕切っていた。我ながら随分尊大な言い様だが、その頃は実際にそう思っていたのだ。

 さて、その学級会には当然担任の教員も出席する。ところが小学五、六年時の女性担任は毎回のように自ら議題を提示し会を管理しようとしていた。

 恐らく彼女は自分の生徒を一個の人間と見なしておらず、その証拠に我々対し、あたかも低学年の児童と対峙しているかの如く、おこちゃま言葉を使って話しかけていた。

 それを我慢出来なかった私は、事ある毎に衝突を繰り返していた。勿論、衝突と言っても暴力沙汰などではなく、あくまで論戦に終始した事は言うまでもない。

 そんなある日学年全員の徒歩遠足があった。目的地は学校から片道5km程度の古墳らしき跡地。ただその前夜は大雨が降り小高い丘陵とは言え高低差のある泥濘んだ道に転倒する者続出。我々のクラスでも女子児童の一人が泥だらけになった。

 地面は社会科で何度も耳にした関東ローム層。水分を含めば滑りやすくなる事位は子供でも充分予想出来た。にも拘らず何故どうしてもそこを通らなければならなかったのかと言う疑問が私には残った。

 果たしてその週の学級会の日、私が教壇に立ち議事を開始しようとすると、いつものように担任が先ずその日の議題を提示し私がすかさずそれに反論。遠足の反省会を行うべきと主張した。私は心に残った疑問を同級生達にぶつけ、それについてどう考えるかを問うたのだ。

 私の言葉に担任は少なからず驚いた様子だった。痛い所を突かれたような顔をしたが、結局、彼女は遠足について全て計画通りのコースを辿ったに過ぎないと説明し、何ら落ち度は無いという姿勢を崩さなかった。それに対し私はその日の状況に即した臨機応変な対応が必要だったのではないかと食い下がり、不毛な議論は決着を見ないまま学級会は時間切れで終わった。

 考えてみれば(否、考えなくても)私は実に鼻持ちならない嫌な子供だったと思う。こんな餓鬼が身近にいたらとてもではないが付き合いきれない。担任の心境を思うと慚愧の念に堪えない。

 しかし私はあの時、確立された権威に歯向かう時に感じるある種の恐怖感を覚えがらも、確かに純粋な気持ちでぶつかって行ったのだ。目を閉じればあの日自分が見ていた光景がはっきりと浮かんで来る。

 だが一方で私はこうも考える。「私の言っている事に間違いがあるか」と相手を追い込み威嚇したに過ぎなかったのではないだろうか。そして今自分は、それを引きずったまま嫌な大人になってしまったのではないか。

 過去の日々は取り返しのつかない過ちと、数え切れない後悔で充ち溢れている。 

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桜(SAKURA) 2019

 去る3月20日、長崎からスタートを切った桜前線が、およそ一か月かけてこの4月22日、北海道松前町に到達したとのニュースがあった。これで厳しい冬を過ごした北国でも漸く桜が開花する。

 勿論これはいつもの風物詩。日本の春は桜と共に訪れ新しい年度が始まり、暖かな風に心なしかウキウキするような気がする。

 今年、私はいつになく桜を見て回った。とは言っても特別遠出をした訳ではなく、せいぜい車で30分程度の範囲内ばかり。運転をするので残念な事に花見酒という訳にはいかなかったが、それはそれで結構楽しいものであった。

 最初の頃はただ眺めるだけだった。しかし周囲の人達が皆写真を撮っているので、釣られて手軽なiPhoneのカメラで撮り始め、そうなると次第にその画質が気になり始め、結局古いニコンデジタル一眼レフカメラを引っ張りだす事になった。

 そうしている内にパソコンのHDDにはそれらの画像がかなり溜まり、ふと、折角なのでスライドショーにしてみようという考えが浮かんだ。

 その結果は以下の通り。もし良かったら御覧頂きたい。

www.youtube.com

 

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天叢雲剣

 いよいよ元号が平成から令和に変わる日が近づき、今上天皇陛下が退位することを伊勢神宮に報告される「親謁の儀」のニュースをテレビで見た。天皇の退位に際し執り行われる儀式は全部で十一あると言われているが、当然そのような事までは知らない。

 私は特段国粋主義者では無く、ただごく普通に自分が生まれたこの日本という国を愛しており、また天皇制を否定するものでも無い。

 このように述べた瞬間、こいつはネトウヨだと思い不快感を抱く人がもしいれば、どうぞ今直ぐ立ち去って頂いても構わない。

 さて、上記の「親謁の儀」を行う為に三種の神器の内、勾玉と剣が皇居から携帯されたという。ご存知の通りこの二つの正式名称は「八尺瓊勾玉」(やさかにのまがたま)と「天叢雲剣」(あめのむらくものつるぎ)である。

 三種の神器天皇の正統性を証明する物とされており、二つでは足りないのではないかと疑問に思ったところ、伊勢神宮御神体がもう一つの神器「八咫鏡」(やたのかがみ)との事で、わざわざ持って行く必要は無かったのだと納得した。

  残念なことに「親謁の儀」についての知識は全く無いが、「親謁」とは天皇が自ら参拝する事をさすそうなので、天照大神へ退位する旨報告するという事なのだろう。

 ところで私は以前、このブログにおいて先に述べた「天叢雲剣」につき記述していた事を思い出した。

 以下のリンクを再掲するので興味があれば御一読されたい。

kaze-no-katami.hatenablog.jp

 

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