季節の花(令和三年六月3 )

 6月14日、平年より7日遅れで関東地方の梅雨入りが発表された。それ以降、毎朝カーテンを開ければ目に入るのは灰色の空。「梅雨だから仕方がない」と解ってはいても、否が応でも気が滅入ってしまおうと言うものだ。

 それでも「おうち時間」をより有意義に過ごす為、財力に物を言わせ思い切った細やかな投資を行った。先ずは音楽制作をよりスムーズにするであろうコントローラーらしき物。 

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 実は購入してから既に1ヶ月が経とうかと言うのに、未だにパソコンに繋いでいない。

 続いて、マンネリ化したYouTube用動画に新たな風を吹き込むべく、ビデオ編集ソフトをゲット。

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 こちらには私が大嫌いな大好きな取扱説明書が3冊も付属する愚かもの優れもの。取り敢えずインストールだけしてそのまま放置中。

 それでも日々の散歩写真は溜るばかり。仕方がないので以前のやり方で、また「季節の花」を作成した。

 次回は是非、新境地とやらを切り開きたいものである。

(尚、花名の横のカッコ内は「花言葉」)

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毎週土曜はワインの日

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 今回のタイトルにある「ワインの日」、別にそのような記念日や行事が制定されている訳ではなく、私が勝手にそう決めただけの話である。

 コロナ禍の生活も凡そ1年半が経過。以前は月に一度の土曜日は、ちょっとオサレな夕食を外で頂く事が多かったが、外食の頻度は激減。何と昨年は僅か3回、今年に至っては皆無である。良さげな店を調べ出掛けようと思った矢先、緊急事態宣言の発令や延長の為、断念せざるを得なくなるからだ。

 それでも一人で、然るべく感染予防の対策がなされた店へ行く分には問題は無さそうである。なのに躊躇してしまう。気にし過ぎだと笑われる事もしばしばだが、この臆病な姿勢がウイルスから命を守ってくれるのだと信じたい。

 尤も、考えてみれば高級食材を使った一流シェフの料理でも、いわゆる「ボッチ飯」では今一つ詰まらない。やはり気心の知れた仲間と酒を酌み交わして会話を楽しみつつ、舌鼓を打つ方が美味しいに決まっている。

 ここで大切なのは何と言っても食前、食間、食後の酒の存在だ。下戸な方には甚だ失礼ながら、食事を楽しむ為に適度な量のアルコールは必須だと考えるが如何だろう。

 尚、私は決して中毒でも依存症でもない(と思う)が、酒は嫌いではないし、むしろ好きだと言った方が正しいかも知れない。但し、人からは綺麗な飲み方だと言われている事を念の為申し添える。

 普段は専らビールを嗜む。出来れば缶や瓶よりも生の方がイイ。残念ながら今のところ自宅では無理だが、それでもその気になれば500mlを軽く5缶は空ける。当然、飲み過ぎなので歯を食いしばって1缶で我慢している。

 それが土曜日にはすっかり染着いた習慣からか、大抵ビールを1缶飲んだ後ワインを開ける。勿論ビールばかりでは満腹になるせいもある。以前は「ポリフェノールがぁ」などとシタリ顔で赤ワインばかり飲んでいたが、ここ数年は和食、洋食共に合う「白」時折り「泡」が主流だ。

 ところで「日本のワインは白は冷え過ぎ赤はぬる過ぎ」という言葉を耳にする。「白ワインは冷やし赤ワインは常温で」なる教えを忠実に守った結果、片や冷蔵庫でキンキンに、もう一方は季節を問わず部屋に放置するようになってしまったのだろう。しかし、いくら常温といっても冷暗所ならいざ知らず、猛暑の室内は勘弁して欲しい。

 と、さもワインに蘊蓄があるような事を書いているが、実際ところ何も知らない。エチケットを見ても判るのはせいぜい産地名くらいで、しかもその土地で育つ葡萄の品種、特徴などの知識は全く無く、覚える気もない。

 とは言え、ワインを美味しく飲む為には、それなりの料理が必要である事に違いはないだろう。私は取り立ててグルメではないが、どうせならそこそこの店へ行きたい主義だ。

 そういう訳であるから、現在、飲食店で酒類の提供を受けられない事は致命的だ。フレンチにしろ鮨せよ、アルコール抜きでどうやって食べればいいのだろう。

 そこで折角のワインの日には、仕方なく簡単な料理を自分で作ったりもするようになった。

 今回は、見かけも味もイマイチながら、強いて三ツ星レストラン「ジョエル・ロブション」風に名付けるとするならば「チリ産サーモンのバターソテー ホワイトソース掛け 旬の枇杷を添えて」ってとこか。 

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季節の花(令和三年六月2 )

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 従前の予報とは異なり、関東地方の梅雨入りは平年より遅れるらしい。それでも見上げる六月の空は、今にも泣きだしそうに灰色雲が低く立ち込め、辺りを漂う空気は重く湿っている。

 先日、知人が新型コロナウイルスに因って肺炎を発症、亡くなった。胆石で入院した際、院内感染したらしく、ICUで10日間持ち堪えたが、ついに力尽きたという。葬儀には参列しなかった。

 連日、コロナ感染者数と死亡者数が報道される。いつからかそれを聞いても、さほど驚かなくなってしまった。

 しかし、その値は決して無機質な数字などではない。泣いたり笑ったり、考えたり話したりしていた、血の通った人間が突然この世からいなくなっているのだ。

 予て私は、自分の年齢が平均寿命の半分を過ぎた頃、これから訪れるであろう「老い」を思い浮かべながら「REST OF LIFE」という曲を書いた。

 今回はこの曲に「季節の花」を添え、死んでいった者たちへのレクイエム、と言っては、あまりにも尊大でおこがましい。ほんのささやかな墓碑銘としたい。

 尚、花名の右のカッコ内は「花言葉」である。

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季節の花(令和三年六月1 )

 

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 そろそろブログを更新しなければと思い、またぞろネタに頭を悩ませていると、はてなブログの「今週のお題」は「わたしのプレイリスト」だという事を発見した。

 もしかしてそれは、自分が好きな楽曲をYouTubeからピックアップし、ベタベタと張り付ければ 一巻の終わり 一丁上がりなのではないか。

 そう考えて早速原稿作成に取り掛かってみたものの、いくらなんでもそんな安直な手法が許されていい筈がない、と辛うじて踏み止まった。

 では何をするか。結局、困った時の「季節の花」しか頭に浮かばない。という訳で、またもや撮り溜めた草花の写真をスライドショーに纏めてみた。

 代わり映えはしないし、見飽きたと拝察するも、そこは各段の高配を賜り是非ご覧下さいますよう、伏してお願い申し上げる次第なのである。

 尚、いつもの通り花の名とカッコ内は花言葉

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北西の空は晴れていた

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 5月26日は満月が地球に近づく「スーパームーン」。おまけにその月が完全に地球の影に入る「皆既月食」。しかも次回この現象が起きるのは2033年10月8日、12年も先の事だという。とてもそこまで生きている保証も自信もない。

  日頃草花の写真ばかり撮っている私だが、これはもう万難を排して撮影するしかない。幾つになってもミーハー感覚が抜けないせいか、そう思った。

 しかし考えてみれば、この今年最大の天文ショーは、ネット配信はあるし、恐らくテレビのニュースでも放送するだろう。

 彼等は私などより遥かに高性能な機材を使用、ましてや写す事を生業とするプロフェッショナルだ。たかだか300mmのズームレンズで、ド素人のオッサンが太刀打ちできる相手では無い。

 そう、家でビールでも飲みながら、大人しくパソコンかテレビを見て満足していればイイのである。或いは、いっそのこと雨でも降ればあっさり諦めもつく。だが天気予報は微妙だった。

 実は今回のイベントを迎えるにあたり、私の計画は撮影した写真を時系列的に並べ、GIFアニメ的スライドショーを作成しYouTubeにアップ、ブログに投稿する心算であった。因みにBGMはドビュッシーの「月の光」か今や見る影も無い鬼束ちひろベートーヴェンの「月光」で決まりだ。

 果たして26日当日。朝から都度天気予報をチェックしていると、時間が進むにつれて状況が悪くなってゆく。最初は晴れマークが並んでいたのに次第に曇が増え、ちょうど月食が起きる時間帯だけが辛うじて持ち堪えている。

 19時前、カメラを持って外に出た。しかし月が現れる南東の空には厚い雲がかかっていた。それでも暫く様子を見ていたが月の姿は見えない。一旦家に戻った。

 20時、再び出掛けた。既に皆既食は始まっている筈だが、相変わらず月は見えず、雲が晴れる気配もなかった。

 北西の空に目をやると、何とこちらは星が出ている。私は大きく溜息をつき、家に帰ってネットの実況中継を観た。撮影場所は小笠原か仙台以北で、やはり関東以西では見えないのだろう。私の目論見は崩れ去ったが、こればかりは仕方がない。

 そして赤く染まった月を見ながら私は、ふと昔の事を思い起こした。

 小学生の頃、親に買って貰った天体望遠鏡で、それまで本でしか知らなかった世界のごく一部を垣間見る事が出来るようになった。荒々しい月のクレーター、横一線に並んだ木星ガリレオ衛星、薄っすらと浮かんだ土星の環等々。すべてが感動的だった。

 それ以来私はすっかり宇宙にハマって、今は無い渋谷の五島プラネタリウムに通ったり、観る映画と言えばテアトル東京でシネラマの「2001年宇宙の旅」だった。大人になっても科学雑誌ニュートン」を定期購読していたが、インターネットで情報が得られる今は流石に止め、天体望遠鏡も処分した。

 そして同じように、幼い日々、夜空を見上げて遠い未来を想ったあの頃の、優しさも、喜びも、そして夢も、みんないつの間にか行ってしまった。

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季節の花(令和三年五月 3)

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 五月も下旬を迎え、若葉の緑が次第に色濃くなってきた。本来であればこの時期は、強い紫外線にさえ気を配れば、暑くも寒くもなく、乾いた空気が心地良い頃である。

 然るに今年は、西日本、近畿東海地方は平年より20日余りも早く梅雨入りし、入梅こそしないものの関東地方も数日雨に見舞われた。

  お天道様を拝めない雨の日、ともすれば人は憂鬱になる傾向がある。「天道」即ち太陽の通り道は、人知が及ばない自然の摂理を意味し、世界各地で天(太陽)は信仰の対象として神格化された。

 我が国ではそれは、本地垂迹に於ける「大日如来」と「天照大神」だと言うが、詳しい事はは知らない。しかし天岩戸に隠れたアマテラスを懸命に外へ呼び戻そうとした事は、如何に人々が太陽の無い世界を恐れていたかの証であろう。

 ところで、そのような事とは全く関係なく、雲が低く垂れ籠めた空を見上げると、私は決まってこの歌を口ずさむ。

Hey sunshine. I haven't seen you in a long time. 

Why don't you show your face & bend my mind ?

(ヘイ、太陽。随分長い間会わなかったね

 顔を見せて僕の気持ちを変えてくれればいいのに)

                <Cloudy  - P.Simon>

 

 そして本格的な梅雨を前に、私は雲行きを睨みつつ相変わらず草花の写真を撮りながら歩いている。今回は他にブログのネタを思いつかないので、またしてもスライドショーを作ってみた。願わくば「見飽きた」などと言わずに是非ご覧頂きたい。

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季節の花(令和三年五月 2)

 緊急事態宣言や蔓延防止措置が延長・追加される中、ここにきて私の周囲でも「コロナワクチン接種の予約が取れた」という声を聞くようになった。効果が現れるのは未だ先になるのだろうが、1日も早く世の中がいい方に向かう事を願って止まない。

  一方5月15日、気象庁は沖縄に続き早くも九州北部から四国、中国地方の梅雨入りを発表、向こう1ヶ月予報では、今年は平年に比べ気温は高めだという。またあのジメジメ・ジトジトした嫌な時期の到来である。

 勿論、雨の日には雨の日なりの風情というものがあるだろう。例えば色とりどりの紫陽花であったり、或いは小さな蝸牛や雨蛙。確かにそれらに雨はよく似合う。

 恐らくそれは、四季を感じる事の出来る日本という国に住む者の特権かも知れない。私達は遠い昔から季節と共に移ろい行く景色を眺め、豊かな感情を育んできたのだ。

 とは言っても、雨降りにカメラをぶら下げての散歩は少々辛いものがある。従って暫くは空模様を睨みながらという事にならざるを得ない。 

 という訳で、今回は前回紹介しきれなかった写真の賞味期限が切れる前に、新たに撮影したものを加えてまた動画を作ってみたが、またしてもオーバーブッキングになってしまった。

 尚、花の名前と花言葉は前回通り。 

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