エチケットをお忘れなく

 今日11月21日はボージョレ・ヌーヴォーの解禁日。我が国では一時期、随分騒がれたような気もするが、最近は殆ど話題にも上らなくなってしまった感がある。

  出来立てのこの若いワインについて、昨年はこんな事を書いているのを見つけた。

kaze-no-katami.hatenablog.jp

 あまり話題にならないのは、それだけこの年中行事が風習になったのか、それとも飽きられてしまったのか。かってまるで生マグロの美味しさを知った中国人のように、ボージョレを買い漁り、輸入量世界一を誇っていた日本は、2004年以降徐々に減少。今年のシェアはついに全輸出量の50%を切ったらしいので、多分後者の方なのだろう。

 それでもワイン全体から見れば、現在日本の成人は年間4.5本を消費しており、その量は30年前の3倍にあたるという。このような状況下、ボージョレを含むフランスワインが減っているのは、味が判る人が増えたというよりも、新興勢力であるチリワインの数字が伸びているせいと思われる。

 ちょうどフランスワインの減少が始まった頃から、チリワインの増加傾向が見られるようになったが、これはチリの気候がぶどう栽培とワイン製造に向いていた事と、日本とチリの間で経済連携協定EPA)が結ばれていた為、関税がかからないという優位性があった為である。

 従って今年の2月、EUとのEPAが発効し関税が撤廃されたので、今後フランスワインの巻き返しが起きる可能性も充分に考えられる。

 さてここ数年、私はワインをよく飲むようになった。例えば鮨屋など和食の店へ行っても、先ず最初はビールで始め、後は大概白ワインというパターンで、日本酒は殆ど飲まない。多分、今はワインが体に合っているのだろう。

  ところでフランス料理のフルコースとなれば、魚は白で肉は赤と相場は決まっているようだが、それはフランス人の味覚によるものであろうし、日本人が無理にそれに合わせる必要はないと思う。だいたい生ハムとメロンを一緒に食べるような舌など、信じられる筈がない。

 では私自身の舌はどうかといえば、これが非常に心許ない。甘いとか酸っぱい位は判る様な気もするが、ソムリエみたいに語彙の限りを尽くして、何かに例えたりは出来ないし、する気も無い。

 レストラン等でテイスティングを促されても、昔は一応グラスを揺らして香りを嗅いだり、少量口に含んで味を確認するフリをしていたが、はっきり言って時間の無駄なので今は全くしない。もしかしたらマナー違反になるのかも知れないが、それで咎められた事は無い。

 ただ一般的に言える事は、日本では白は冷え過ぎ、赤はぬる過ぎの傾向はあると思う。

 さて、ここからが今日の本題。今回のタイトルの「エチケット」。聡明な読者諸氏がご存知の通り、これはワインのラベルを意味するフランス語である。これを見れば、そのワインの素性が全て判る履歴書みたいな物だ。

 そこで店のギャルソンに「ちょっとエチケットを見せて」などと言えば、さも通のようなフリが出来て、連れの女性からは「XXさんって、素敵!」と思われるかも知れない魔法の呪文なので、今日からはラベルと言わずエチケットと覚えて頂きたい。尚、それが原因で嫌われたとしても、当方は一切責任は持たないので悪しからず。

 閑話休題、話をボージョレ・ヌーヴォーに戻す。 

 フランスは今年の夏、記録的な猛暑となった為、ボージョレ地方のぶどうの収穫量は2割減との事であったが、その後好天に恵まれ完熟して糖度が増したらしい。そしてワインのお味はと言うと、生産者によれば「凝縮した果実味と上品な酸味」。テレビではワインよりも芋焼酎の方が似合っていそうな女性が「瑞々しくて飲みやすい」とかほざいていたが、果たしてどうだろうか。

       f:id:kaze_no_katami:20191121111302j:plain

SOLO LIVE 2019 ~元気であれば~ (後編)

 11月16日、週末の川崎駅はカジュアルな装いの若者で賑わっていた。2階にある改札口から自由通路を5分程歩くと、川崎ラゾーナプラザのエリアに入る。ここは以前東芝の本社があった場所を、三井不動産が仮名「ららぽーと川崎」として開発した5階建ての大型ショッピングモールである。 

f:id:kaze_no_katami:20191118181057j:plain

 中央の広場は人工芝が張られ、その日ステージでは家族向けに童謡を歌うバンドがフリーコンサートを行っていた。他にも各フロワーにはキッズスペースが設けられており、ある種、市民公園的機能も兼ね備えて作られているとの印象を受けた。

f:id:kaze_no_katami:20191118182922j:plain

 目的地であるライブ会場は5階の多目的空間「プラザソル」。定員200名とは言え、予想以上にこじんまりとして、にも拘らず、受付横に貼られた「当日券あり」の文字が少々切ない。

f:id:kaze_no_katami:20191118183809j:plain

 チケットに記載された通り整理番号順に入場すると、そこに舞台は無く、最前列の客席と同じフロワーに、サンタクルーズアコースティックギターが1本置かれていた。鈴木康博氏愛用のシングルカッターウェイ、ドレッドノートスタイルである。

f:id:kaze_no_katami:20191118195441j:plain

 全席自由、折角の機会なので迷わず最前列中央に居を定める。あの康さんの立ち位置からは凡そ5m、こんなに近くに座るのは初めてだ。因みに後方は段差がある。

f:id:kaze_no_katami:20191118200234j:plain

 定刻16時、鈴木氏が上手から登場しギターを持つや否や、いきなりチューニングを始めた。私も若干ギターを弾く者の一人として、その行為はミュージシャンとして大切だという事はよく判る。幾らスタインウェイストラディバリウスであろうとも、調律が狂っていれば楽器とは言えない、しかもこのギターは開演前からずっと置かれたままであった。

 しかし、と私は思う。例えば楽屋でチューニングを済ませて出てくれば、無用な時間を費やす事なく、直ぐに演奏を開始する事が出来る筈である。彼はチューニングをしながら雑談を始めたので、多分アットホームな雰囲気を狙っての事だろうと考えられるが、これではピリッと引き締まった緊張感も何もあったものではない。

 そして本人の口から当日のセットリストの中に、オフコース時代からの歌は数曲だと告げられた時、会場に無言の失望感のような空気が立ち込めるのを私は感じた。最近では客が喜ぶからと、昔の曲も演奏すると聞いていた事もあり、正に ♪ 大きく僕がついた溜息はあの人に聞こえたかしら ♪ と歌いたくなるような気持ちである。

 かって彼がソロになって間もない頃のコンサートでアンコールが始まった時、客席から「一億~」と叫ぶ声と、それを支持する拍手が起こった。勿論それはオフコース時代、ライブで人気があったナンバー「一億の夜を越えて」の演奏を求めていた事は言うまでもない。しかし、そのリクエストは完全の無視され、歌われる事は無かった。

 同様にその頃から、多くのファンが聴きたかった初期の名曲「でももう花はいらない」も、封印されてしまうという長い冬のような時代も続いた。

 それは多分、彼の意地のようなものだったに違いないと私は思う。一人、人気絶頂のオフコースを脱退し、自らの音楽性で勝負に出たのである。過去の栄光にしがみつき、ノスタルジーに浸っている訳にはいかなかったのだろう。

 さて、コンサートは最新作アルバム「元気であれば」に収録された曲を中心に構成され、昔ながらの声とギターを披露して進行した。だが、演奏される曲はどれも、頻繁なコードチェンジ、しかもそれが分数コードや所謂ジャズコードを多用し、結果としてキャッチーでは無い旋律ばかりなのだ。

 確かに本人がMCで語ったように、オフコースとして活動した時間よりは、ソロになってからのキャリアの方が遥かに長い事は事実だ。しかし、その結果到達した境地が、複雑、難解、自己満足の世界では、到底オーディエンスの理解は得られないのではなかろうか。

 現に当初のインフォメーション通り、数少ないオフコース時代からの選曲の中で、「のがすなチャンスを」が始まった瞬間の観客の歓迎振りを、彼はどう感じたであろうか。

 ところで、私のような素人が、さも偉そうに批判ばかりしている事に、ご異議、ご異論も多々あろうかと思う。しかし、初めて彼の歌を聴いてから、既に45年もの歳月が流れ、そしてその間も鈴木康博というミュージシャンの動向を、ワッチし続けて来たのだ。まるで古くからの友人のように、何やかや言っても彼の事が好きなのだ。そうご理解頂きたい。

 途中15分の休憩を挟み、後半はアップテンポの曲が続く。ただ如何せん生ギター1本では今一つ乗る事が出来ない。実に不完全燃焼である。しかし漸くアンコールで、突然聞きなれたギターのフレーズが始まった。何と「一億の夜を越えて」である。

 私は通常、コンサートで立ち上がる事は無い。前例の者が立つとステージが見えなくなるので甚だ迷惑だとさえ思って来た。だが今日、自分は最前列にいて、このまま座っている訳にはいかない。それは観客の一人としてマナーのような物。そして一旦立ってしまえば最早怖いものは無い。

 殆ど周囲がスタンディングオベーションする中、私はそれだけでは留まらず、手拍子と共に声を張り上げ一緒に歌った。暗記したつもりは無いが、歌詞は自然と口をついて出て来る。時折、鈴木氏と目が合ったような気もして余計に力が入った。

 本来ならば間奏でギターソロが入る曲だ。しかし残念ながらギター1本なのでそれは無い。それでも会場はこの日一番の盛り上がりを見せ一体となった。そして最後はしっとりとしたバラード「燃ゆる心あるかぎり」でコンサートのプログラムはすべて終了した。

 人は誰しも歳を重ねれば、若さ故に許せなかった様々な人間関係も、恩讐の彼方のすえ、上辺だけでも収まりがいい状態を望むようになる。何故なら、恨みつらみをずっと維持するには結構労力を要するからだ。

 鈴木康博氏はかっての盟友、小田和正氏に対し、わだかまりは無いと発言しており、昨年は小田氏のラジオ番組で録音ながらコメントも出している。今更と思われるかも知れないが、最近私は、また二人のハーモーニーを聴きたいと考えるようになった。

 ほんの少しの勇気があれば、一度だけでもオフコースの再結成は、夢ではないのではなかろうか。せめて二人の素晴らしい声が出る内に、そして私がそれを聴く事が出来る内に、実現する事を願って止まない。

      f:id:kaze_no_katami:20191117192016j:plain

 蛇足ながら、コンサートが終了し、出口の所で元オフコースのベーシストだった清水仁とばったり出くわした。私が手を差し出すと彼は握手をしてくれた。もしかしたら、これが一番の収穫だったのだろうか。

SOLO LIVE 2019 ~元気であれば~ (前編)

 今年6月27日、さいたまスーパーアリーナへ「ENCARE !!  ENCARE !! 」と題された小田和正のコンサートを見に行った。その模様の一部はNHKBSプレミアムで放送されたので、ご覧になった方もいるかも知れない。

 とにかく小田氏の年齢を感じさせないパフォーマンスに、3時間に亘り圧倒されるばかりであったが、それについては以前書いたので良ければ以下を参照頂きたい。

kaze-no-katami.hatenablog.jp

kaze-no-katami.hatenablog.jp 

 その後、登録しているチケットサービスからのメールで、小田和正の昔の相棒である鈴木康博のコンサートがある事を知り、これをスルーしては筋金入りのオフコースファンとして、片手落ち(放送禁止用語です)ではないかと考え、早速申し込んだところ、すんなりと入手する事が出来た。 

 小田氏のチケット争奪戦で散々抽選に外れまくった事を考えれば、全くもって月とスッポン、バラとぺんぺん草、水爆と竹槍くらいの違いだ。しかも、全席自由で入場整理番号は何と1番、真っ先に会場に入る事が出来る。喜びというよりも一抹の不安さえ覚える状況である。

  これまで私は、鈴木氏がソロになって以降も度々コンサートに足を運んできた。最初の頃は中野サンプラザや、今は無き新宿厚生年金会館大ホールといった、比較的大きな会場でバックバンドを従えてというスタイルだったが、次第に活動が控えめになり、それでも地方の小さな小さなライブハウス等で、地道に演奏を続けている事は知っていた。

 昨年11月は、東京日本橋室町にある三井ホールのコンサートで、久々にバックにセンチメンタルシティーロマンスのメンバーを迎えての公演というので、当然のことながらこれを見に行った。

 その時の偽らざる感想は、やはり最近の曲はどうにもしっくりこない、もっと端的に言えば「ツマラナイ」であり、それに引き換えオフコース時代の曲が始まると、観客のノリも全く異なり、イイ時代だったあの頃を彷彿とさせる熱狂を感じる事が出来た。

 オフコースの殆どのシングルA面を担う小田氏に対し、鈴木氏はその対角として、いぶし銀のような職人技が持ち味であった筈なのに、単なる懐メロ歌手に落ちぶれてしまったのかとさえ思わせる凋落ぶりは、あたかも美しかった恋人が、見る影も無く太ったオバサンになってしまったような、はたまた長年の友人に裏切られたような、非常に残念な思いを私にさせる事となってしまった。

 そして今回は最初から最後まで完全にソロ・ライブ。ギター1本の弾き語りである。

 ここで彼のギターに関して言えば、オフコースが売れていない頃、ギター教室の講師をしたり、洋楽のレコードを耳コピして楽譜起しのアルバイトをしていた事もあって、アコースティックギターに於いてはかなりの腕前である事は確かだ。

 例えばオフコースのデビューアルバムに収録されている小田氏の曲「地球は狭くなりました」では、ジャズによく用いられるハーモニクス奏法をアコースティックギターでプレイしたり、他にはスティーヴン・スティルスを思わせる変則チューニングを使用する事もあった。

 それでも今時のコンサートの、オープニングからいきなり観客総立ちで、そのまま一気に3~4曲続くという一般的な流れに対し、かって全く売れていなかった頃の、あのお通夜みたいな演奏会では、聴く方もかなり辛い。

 今回の会場はJR川崎駅前にあるラゾーナ川崎プラザソル。客席数200、小田氏の数万人収容のさいたまスーパーアリーナとは比べる由もないが、その方がかえってこじんまりと纏まる可能性もある。

 そして11月16日、折しも新駅、高輪ゲートウェイ開業に伴った線路切り替え工事の影響を受け、軒並み鉄道が運休する中、私は昔の魔法が復活する事を期待して、一路川崎へ向かったのだ。

        f:id:kaze_no_katami:20191116075643j:plain

水の都

 イタリアのベネチアが1m87cm の高潮に見舞われて、市内の8割が浸水しているとの事である。主たる原因は大雨の影響でアドリア海の水位が上昇、他に地下水汲み上げによる地盤沈下やお馴染み地球温暖化もあるらしい。

 元来、潟の上に出来た都市であり、これまでに幾度も高潮に見舞われているとは言っても、これは「水の都」とは意味合いが全く違う。

 詳細は不明ながら、サンマルコ寺院にも深刻な被害が及んでいると言うが、フランスのノートルダム寺院といい、世界的大聖堂はご難続きである。

 かって日本ではベネチアの事を英語風にベニスと呼んでいた筈で、男装の麗人ポーシャが、ユダヤ人高利貸しシャイロックが契約通り、貸した金の形に肉1ポンドを要求するのを、「肉はええけど、血はあかん」と屁理屈を捏ねてやっつけしまうという、シェークスピアの有名な喜劇のタイトルは「ベニスの商人」だった。

 それにしても C.ディケンズの「クリスマス・キャロル」のスクルージといい、物語とはいえユダヤ人への偏見や差別は実に酷い。いまなら間違いなく人権問題である。それとも今流行りの表現の自由でお咎めなしか。

 何れにしても、少なくともどちらの話も最後は、善良なキリスト教徒のような人間に改心するというところも、何となく説教がましい。

 と、いつものように話があらぬ方向に逸れてしまったが、以前、ベネチアへ行った事を思い出したので、またしても写真を張り付け、手抜きのブログをでっち上げようと考えた次第。

  尚、東洋のベニスと言われれる中国の蘇州へも二度行った事があるが、運河がある以外あまり共通点はないと思う。

f:id:kaze_no_katami:20191114104808j:plain

宿泊はリド島のホテル・エクセルシオール。室内の色彩がイタリアっぽい。

f:id:kaze_no_katami:20191114104838j:plain

リドから本土へは水上バスで移動。

       f:id:kaze_no_katami:20191114104902j:plain

        サンマルコ大聖堂の裏手。

f:id:kaze_no_katami:20191114104732j:plain

 サンマルコ広場から見た大聖堂。

      f:id:kaze_no_katami:20191114104917j:plain

      大聖堂内部。

f:id:kaze_no_katami:20191114104940j:plain

サンタ マリア デッラ サルーテ聖堂

f:id:kaze_no_katami:20191114105001j:plain

運河

       f:id:kaze_no_katami:20191114105017j:plain

      ゴンドラからの眺め。

f:id:kaze_no_katami:20191114105043j:plain 

ゴンドラで歌うカンツォーネ歌手。

f:id:kaze_no_katami:20191114105109j:plain

サンマルコ広場の楽団

 

 それがこんな事になっている。(NHKニュースより)

 f:id:kaze_no_katami:20191114142105j:plain

 注:本文はキリスト教並びにキリスト教徒を誹謗中傷する意図は全くありません。また「クリスマス・キャロル」のスクルージは明確にユダヤ人として描かれてはいないという説もある事を申し添えます。

笑顔にはかなわない

 東京が雲ひとつない快晴に恵まれた11月10日、約12万人の老若男女が沿道に詰めかけたという「祝賀御列の儀」を、私は自宅のテレビで視聴した。

 穏やかな晩秋の陽射しを浴び凡そ30分の道程。髪に飾られたティアラの輝きにも増して、皇后陛下の晴れやかに煌めく笑顔を拝見。これまで色々あっただけに、誠に感無量、幸甚の至りである。

 歓呼の声の中、オープントップの御料車が、祝田橋から国会議事堂正門前を通過する辺りで、左手にある憲政公園の方を一瞥し、目頭を押さえられるシーンもあった。視線の先にはかっての職場、外務省が当時のままの姿で建っていた筈である。恐らく皇后さま御自身も種々想うところがあったに違いない。

 恐れ多い事ではあるが、それでもあの笑顔は、見ている者の心までも包み込むような、本当に柔和で美しく素敵な微笑みだったと思う。

      f:id:kaze_no_katami:20191112060032j:plain

 

 笑顔と言えば、今年はこの人の事を避けては通れない。全英オープンのチャンピョン、渋野日向子選手だ。

 大会開始の頃はあまり関心は無かったのだが、競技が進むにつれ、殆ど無名だった日本選手の活躍が、そのユニークな記者会見内容と共に伝えられるようになり、私は眠い目を擦りながら、三日目と最終日の試合の模様をテレビ中継で見た。

 普通なら縮み上がるような場面でも、何ら動じる様子を見せる事なく、他の選手がアイアンで刻む中、平均飛距離260ヤードを誇る1Wを、思いっきり振り抜いたショットは的確にフェアウェーを捉えた。

 迎えた最終18番ホール。私も少しゴルフを嗜んだ経験があるが、勝敗が懸かったあのパットを打った瞬間、まるで自分がミスをしたように、思わず「強い」と声を上げてしまった。しかし彼女は下り6mのスライスラインを読み切って、見事にこれを沈めたのだった。

 彼女はそれでも、プレー中も駄菓子を頬張りながら決して笑顔を絶やす事は無く、ギャラリーへのサービスを怠る事も無かった。

 そして英BBC放送が付けたニックネームが「スマイリング・シンデレラ」。弱冠二十歳のあの強靭な精神力は、こぼれるような笑顔によって支えられたものだという気がしてならない。

      f:id:kaze_no_katami:20191111210337j:plain

 

 ところで今回のタイトル「笑顔にはかなわない」。私はふと口を衝いて出てきた言葉をそのまま書いてみた。しかし、どこかで聞いた事があるような気がして調べると、岡村孝子の歌の題名である事が判明。CD等は持っていないので、多分Youtubeで見たのが頭の隅に残っていたのだろう。

 特段、彼女のファンという訳ではないが、今年の春頃、地元の広報誌に彼女のコンサートの広告があり、会場が近所なので行ってみようかと考えていたところ、直近になって急性白血病を発症した為、キャンセルになった事を知った。

 幸い彼女は完全完解し既に退院しているそうだが、いつの日か再びステージに立ち、優し気な笑顔を見せてくれる日が来る事を願って止まない。

      f:id:kaze_no_katami:20191112061226j:plain

 

 そしてもう一人、白血病で思い浮かぶのは、日本水泳界のエース、池江璃花子選手だ。彼女もまた素敵な笑顔の持ち主で、泳ぎ終わって電光掲示板にいいタイムが表示された事を確認すると、満面の笑みを浮かべる。

 彼女のSNSを見るとここしばらく更新が無く、未だ厳しい治療の日々が続いているのだろうと思われるが、是非頑張って治療に専念して頂きたい。

 仮に第一線の競技者には復帰出来なかったとしても、まだ若いのだから幾らでも素晴らしい人生を送る事は可能だと思う。出来る事ならまた記録を塗り替え、あの屈託の無い笑顔を見せて貰いたいものである。

      f:id:kaze_no_katami:20191112062354j:plain

 

 さて、私が笑顔の効用というものを感じるようになったのは、ここ数年の事である。勿論、誰でも悲しんだり怒ったりするよりも、笑って生きた方がいいに決まっている。しかし、これがなかなか難しい。私もそれまでは苦虫を嚙み潰したみたいに、しかめっ面ばかりしていた気がする。

 恐らく「別に面白くもないのに笑ってなんかいられるか」という醒めた目で、世の中を見ていたのだろう。今にして思えば本当に詰まらない歳月を送ってしまったと、残念で仕方がない。

 笑顔は人と人とのコミュニケーションを円滑にし、時としてどんな言葉よりも強く相手の心に訴えかける力があると思う。「笑顔にはかなわない」、なかなかいい言葉ではないだろうか。

 せめて残された人生、「笑顔が素敵な人」として過ごしたいと願って止まない今日この頃である。

      f:id:kaze_no_katami:20191112055132j:plain

日光2019

 先月30日、紅葉を見に日光へ向かった私が、濃霧によって行く手を阻まれ断念した事は既に述べた。

 それでも一旦決めた事を、そのまま放棄するのは決して本意ではなく、まして紅葉となれば、まるで期間限定のハーゲンダッツのように、食べ損なうと次のチャンスは一年後になってしまうのも実に惜しい。

 家に引きこもって、各地の紅葉を伝えるテレビ画面を恨めし気に眺めたり、延々9時間もラジオで小田和正三昧を聞いている場合ではないのだ。とにかく、機を逃さず行動を起こさなければならない。

 しかし、行くタイミングを計るものの、天候が良い時はこちらの都合が悪く、行けそうになれば再び濃霧注意報発令と、どうも上手く噛み合わない。

 また、11月初旬の三連休は、間違いなく混雑のピークと予想されるので、大渋滞のドライブが好きならともかく、当然これは避けるべきである。

 そうしている内に今度は、奥日光の朝の気温が氷点下まで下がるとの気象予報が入った。これでは路面が凍結する恐れも出てきた。

 無為無策に気を揉む数日間が経過し、令和元年の秋が終わる間際の11月6日。ついにと言うか漸くと言うべきか、未だ空が覚めやらぬ明け六つ、やり残した想いが待つ国道120号線、別名「日本ロマンチック街道」を目指し、私は再び車のエンジンスタートボタンを押した。

 さて、相変わらず時代がかった前振りであった。簡単に言えば、日光へ行って来たのだ。残念ながら見頃と言う割には、思った程の色づきでは無く、苦労のし甲斐も無かったが、いつもの事ながら折角なので読者諸氏の目で確認願えれば幸甚である。尚、今年のルートは以下の通り。

 明智平~湯滝~戦場ヶ原~竜頭の滝上~竜頭の滝~中禅寺湖華厳の滝 

f:id:kaze_no_katami:20191107221403j:plain

f:id:kaze_no_katami:20191107221447j:plain

f:id:kaze_no_katami:20191107221514j:plain

f:id:kaze_no_katami:20191107221537j:plain

f:id:kaze_no_katami:20191107221615j:plain

f:id:kaze_no_katami:20191107221645j:plain

f:id:kaze_no_katami:20191107221709j:plain

f:id:kaze_no_katami:20191107221738j:plain

f:id:kaze_no_katami:20191107221804j:plain

f:id:kaze_no_katami:20191107221834j:plain

f:id:kaze_no_katami:20191107221911j:plain

f:id:kaze_no_katami:20191107221944j:plain

f:id:kaze_no_katami:20191107222010j:plain

f:id:kaze_no_katami:20191107221322j:plain

f:id:kaze_no_katami:20191107222038j:plain

f:id:kaze_no_katami:20191107222103j:plain

気分はいつもロードスター

 突然、朝方の冷え込みで目が覚めた。ついこの間まで冷房を入れていたような気がするが、暦は既に霜月。通りの銀杏の葉は色づき始め、季節は確実に冬に向かっている。

 それでも日中の気温は未だ20度近くあって、少しだけひんやりとした空気が清々しく感じられる。この時期、移ろいゆく景色を眺めながら、あてもなく車を走らせるのも心地良い。

 ところで甚だ唐突ながら、私は今、マツダロードスターという車に乗っている。ご存知の方もいると思うが、この車には座席が二つしかなく、トランクは狭い。全く実用的という言葉とは縁遠い造りであり、おまけに屋根まで無い。否、一応、幌で出来た開閉可能なソフトトップはある。 

 勘違いしている人もいるかも知れない(実は私がそうだった)。そもそもこのロードスターという言葉は、いわゆる銀幕のスター等のスターとは違い、キラ星の如く燦然と公道を走る花形の人気者という意味ではない。因みに綴りは「Roadster」、「star」とは書かない。

  では一体何なのかと言えば、これはオープンカーの事を指す英国の言い方で、アメリカではコンパーチブルと呼ぶ。従って、どうしても星になりたければ、精々カーステレオでディープパープルの「ハイウェイスター」でもかけるしかないかも知れない。

 何れにしても折角屋根が開くのであるから、これを体感しない手はない。私はとにかく、雨さえ降っていなければ、路面温度が40度を超える真夏であろうが、凍てつく木枯らしが吹きすさぶ真冬であろうが、必ずオープンにして運転している。

 だがそうなる迄、最初の内はかなり抵抗もあった。先ずは何と言っても恥ずかしい。走っている時はそうでもないのだが、信号等で停止していると、何となく歩行者の視線を感じる。恰好いいイケメンならともかく、髪が薄く皮下脂肪もついた、いい歳をしたオッサンが運転しているのである。先ずは羞恥心を捨てる事が必須条件なのだ。 

 しかし、顔が丸見えになるせいで良い面もある。信号機の無い横断歩道の前に立ち、車の流れが途絶えるのを待っている人を見ると、殆どの車はこれを無視するが、こちらは目が合うので、止まらない訳にはいかないのである。やがてそれが当たり前になり、お陰で運転マナーは間違いなく向上した。

 またオープンにすると、一般車のようなハードトップを支えるピラーが無い為、斜め後ろの視界が開け、安全運転にも寄与する。

 勿論、いい事ばかりでは無い。屋根の開閉は手動なので、運転中急な雨に対応出来ない。同様に上からの落下物に対して完全に無防備であり、それを回避しようとすれば、これはもうヘルメットを被るしか無い。

 また、極端に車高が低い為、前方に大型車がいると全く前を見渡せない。トラックの後ろについて交差点を越えようとしたら、信号が赤になっていた。という事もしばしばある。

 そして低い車高は、未舗装の悪路走行には全く不向きである。下手をするとガリガリと腹を擦る危険性さえある。尤もわざわざ渓流を遡行してキャンプに行ったり、砂浜に乗り入れ車輪の跡を刻みながら、海亀の卵を踏み潰す趣味は持ち合わせていないが。

 他には高速運転中、カーステレオが全く聞こえない為、何となく寂しい思いをしなければならない。という事も挙げられる。

  しかし、それでもオープンカーには、そのようなデメリットを補っても余りある爽快感というものがある。かってハードトップにサンルーフを付けた車も生産されたが、フルオープンの解放感たるやそんな比ではない。例えるなら神宮球場のナイターとでも言うべきか。

 最近、若者の車離れが語られる事も多い。また若いファミリーでは、どうしてもワゴン車やSUVと呼ばれるスポーティーで多目的車両を選ぶ傾向にあると考えられる。

 従ってロードスターのようなオープンタイプのライトウエイトスポーツカーは、ある意味、子育てが終わり同居者も少なくなる、我々年代向けの車と言えるかも知れない。

 確かに私は決して若くはないし、客観的に考えて反射神経や運動能力が低下してもおかしくない年齢になった。

 それでも長年無事故無違反、ゴールド免許を続けており、無茶な運転はしない。たまに無謀な運転者にカチンとくる時もあるが、深呼吸を一回すれば落ち着くし後に尾を引く事もない。

 2019年、今年もこの秋ゆく街を走り抜け、どこか郊外まで出かけてみようと思う。そう、免許返納までは未だ時間がある。 

      f:id:kaze_no_katami:20190923190100j:plain