コスモス

 コスモスの花が見頃だ。白や桃色、紅の花弁が秋の陽を浴びて目に眩しい。私は誘われるようにカメラを抱えイソイソと出掛ける。

  コスモスの語源はギリシャ語の「宇宙・統一」なのだそうである。「COSMOS」といえばカール・セーガンとかいう御仁もいたが、より我々に馴染み深いのは長崎のバイオリン弾きが作り横須賀育ちの少女が歌った「秋桜」という曲かも知れない。あの歌が流行る昭和52年まで「秋桜」は「あきざくら」と読んでいたのだ。

 しかし、さだまさし山口百恵には殆ど興味の無い捻くれ者の私は、各々が卓越した演奏力を持ち、ヤマハのコンテストを勝ち抜いた女性三人組「COSMOS-keyboards trio-」を思い出してしまい、ダメもとでYouTubeを探してみたら何と見つけてしまった。


JAPAN SYNTHESIZER BAND COSMOS

 因みに上のビデオで土居慶子が口に咥えているのは、息の強弱でシンセサイザーの音質を変化させるブレス・コントローラーという代物で、一応我が家にもあったりする。(自慢するほど高価ではない)

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 という訳で今回は彼女達の紹介、ではなくて、2TBの外付けハードディスク中から今年撮った「コスモス」の写真を選び、性懲りも無く動画を編集、お馴染みYouTubeにアップロードしてみた。御覧頂ければ幸甚である。(尚、視聴画質は720p60を推奨)


季節の花 秋桜/風のかたみの日記

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諡(おくりな)

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 今回は柄にもなく少々苦言を呈したい。と言っても大した話では無く常識的な事なので気軽に読んで頂きたい。

 先日、特に当ても無く適当に「はてなブログ」を冷やかしていたところ、偶然にもあり得ない、あってはならないと思われる文言を目にしてしまった。誹謗中傷が目的ではないので出典は開示せず、ましてやIDコールなどする心算は毛頭ない。しかし、そこには間違いなく「令和天皇の四文字があったのだ。

 恐らく書いた本人に悪意は無く単に現在の「天皇徳仁」について言及しようと思ったのだろうが、コメント欄を見ても誰一人その「違和感」を指摘する者は無く、余程私が注意しようかとも考えたが、読者登録している相手ではないし、突然の書き込みは失礼になるかも知れず、そして何より無用な紛争を避ける為、そのまま放置する事にした。しかし、だからといって見なかった事にする訳にはいかないのだ。

 では一体何がどう問題なのか。聡明な読者諸氏には既にお判りの事と拝察するが「令和天皇なのである。

 さて、御高承の通り天皇家の始祖は天上世界の高天原(タカマガハラ)を統治する天照大神アマテラスオオミカミという事になっているで、当然天皇神道を司る存在である。

 神道の世界では所謂戒名(浄土真宗では法名)というものが無い。人が死んだら仏の弟子になるとの考え方は仏教だけの仕来りで、天皇は基本的に仏教徒ではないのだ。

 ならば天皇の場合、戒名に代わる名前はないのか。「ないこともない」。その一つは「諡(おくりな)」と言い、生前の事績への評価、高貴さ、高徳を表した美称が贈られるが、近年は専ら「天皇」が用いられている。

 そしてもう一つ、「追号」がある。これは明治以降「一世一元の制」(天皇一人につき元号一つを定める制度)に基づき「元号」とする事が多い。例えば「明治天皇」「大正天皇」「昭和天皇」といったように、これらは全て「追号」と「諡号」の組み合わせである。

 然らば「平成天皇」と言う呼称はあるのか。答えは「無い」。何故なら先ず崩御されていない事と、「追号」の決定に規定はなく、新しい天皇が贈る習わしなので「平成」にするか否かは未だ明らかにされていないのである。現に平成の「天皇明仁」は退位後は「上皇」となっている。因みに「上皇」が「おくりな」では無い事は言うまでもない。

 以上を勘案すれば「令和天皇などという言葉が存在する道理がない事は明白であろう。これを敢てそのように呼ぶということは、その言霊をもって天皇が早く身罷るよう呪詛していると疑われても仕方あるまい。世が世であれば「国賊」のそしりは免れず市中引き回しの上打ち首獄門(?)。まあ少なくとも「不敬罪」に問われる事は間違いない。

  それでは「現在の天皇」はどのように呼べばいいのか。

 これはご存知の通り「今上天皇」(キンジョウテンノウ)或いは「今上」である。不思議な事に、このように肝心な事を学校では何故か決して教えない。実に由々しき問題ではないか。

 せめて我が国の象徴である天皇陛下の敬称くらい、国民として正しくお呼びしたいものである。

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今上天皇陛下のお印「梓」

季節の花(神無月)

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 前回10月12日に「季節の花(長月)」を投稿したばかりだと言うのに気が付けばもう今月も半ば。年末まで既に80日を切ってしまった。

 然るに筆者が折々に撮影した写真は外付けハードディスク内にシコタマ貯まったままで、この調子では季節外れ、且つ賞味期限切れになってしまう恐れが出てきた。

 という訳で、今回も引き続きスライドショーなのである。

 さて、これは以前にも書いたが、「はてなブログ」で写真を公開する最も手っ取り早い方法は直に写真貼り付けるやり方だ。では何故筆者が敢てYouTube化するかと言うと、直貼りではどうしても頁が重くなって表示するのに時間がかかり、またダラダラと縦長になってしまうが、さりとてそれを解消するのに解像度等画質を落としたくはない。という非常に我が儘な理由からなのだ。

 しかし本音を言えば「写真」そのものに自信が無い為で、それをBGM付きのスライドショーにすることに依って、少しでもよく見えるようになるではないかと秘かに期待しているのである。

 そこで問題になるのはBGMの選曲である。本来ならば自作曲を使えれば良いのだが、これが文章と同じく拙い楽曲ばかりなので反って逆効果になる可能性の方が高い。

 しかし気に入った曲をCDからコピーして使うと、YouTubeから即座に著作権侵害のお叱りのメールが届くし、YouTube自体もライセンスフリーの曲を多数用意してはいるが、「帯に短し襷に長し」の感は否めない。

 既存の曲を自分で演奏する分にはお咎め無しだが、一応グレーゾーンである旨これも連絡が来る。YouTubeのチェック体制がどのようになっているのかは不明だが、全くもって恐るべしなのである。

 筆者はなまじ音楽に対し妙な拘りを持っているせいか、最近は写真の出来よりもBGMの方ばかりに気を取られ、本末転倒もいいところなのだ。

 まあ、そのように四苦八苦しながら作成している事をご理解賜り、ご覧頂けたら幸甚である。 尚、YouTube登録も別段拒んではいないので宜しければお願い申し上げる。


季節の花 神無月/風のかたみの日記

      

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ただその40分間の為だけに(後書)

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 9月3日に連載をスタートした「ただその40分間の為だけに」というタイトルの物語は、10月9日無事最終回を迎えた。書き終えた今、感じる事と言えば「よく最後まで続けられたな」それしかない。

 正直な話、何度か途中で止めてしまおうと考えた時もあった。その主たる事由は、投稿前に読み返すと実に話が詰まらないのである。書いた本人がそうなのだから、読者諸氏が楽しい筈が無い。

 それでもここに賜った数えきれない「はてなスター」や「コメント」の御芳志に励まされ、最期は独り善がりの使命感だけを頼りに何とか脱稿する事が出来た。改めて御礼申し上げる次第である。

 「皆様、本当にありがとうございます。衷心より感謝申し上げます」

 結末をどうするかずっと悩んでいたが、長い付き合いとなった登場人物のクマとナッパに何かプレゼント出来ないかと考え、当初は無かった最後の部分を書き足した。『ハッピーエンドになって良かった』とのコメントを幾つも頂き、結果として良かったし私も嬉しく思っている。

 

 さて、この連載中に季節はすっかり夏から秋へと移行して、このブログのルーティーンの一つ「季節の花シリーズ」も九月(長月)は投稿しないままだった。

 それでも撮り貯めた写真をお蔵入りにするのも忍びず、遅ればせながら公開する事としたので、宜しければ御覧頂きたい。


季節の花 長月/風のかたみの日記

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ただその40分間の為だけに(最終回)

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 半年後、クマは晴れて大学生になっていた。「晴れて」という表現が第三志望の合格に相応しいかはさて置き、アグリーやセンヌキを始め、他の仲間の男子生徒は軒並み浪人暮らしが確定し、それとは対照的に女子では唯一人国立大学を目指すメガネユキコを除いて殆どが短大等に合格していた。

 尤も世間では一年間の浪人生活である「一浪」を「ひとなみ(人並)」と読み換え、ごく当たり前の事として認知しており、クマにしてもそれは選択肢のひとつではあったが、とにかく一日も早く自由の身を手に入れようと現役合格を目指していた彼は、迷わず入学手続きを取る事に決めたのだった。

 前年9月27日、「ヒナコさんグループ」の演奏を終えて世田谷区民会館から帰宅したクマは、ギターを始めた中学1年から伸ばしていた右手の爪を短く切り揃え、楽器は綺麗に拭きあげてケースにしまった。予定ではそれは、大願成就の日まで封印される筈であった。

  ところがその夜、センヌキからの電話が早くもクマの計画を狂わせる事になる。

 「あのさあ、明日28日と29日、ウチらの3年2組の教室でやる音楽喫茶で出演者が足りないんだ。で、一緒に出てくれない」

 「えー、何それ」クマはこのところセンヌキの態度が何か言いたげだった事を思い出した。『これの事だったのか』

 結局クマとアグリーはセンヌキに付き合う事に決め、彼の要望通りニール・ヤングの曲など演奏する為急遽I,S&Nを再結成したが、考えてみればその場所に「ヒナコさんグループ」も出演する事が可能だったのだ。しかし誰からもその話は出ないまま文化祭はあっけなく終了した。

 「ヒナコさんグループ」はあの40分間のステージの終了と共に自然消滅し、二度と共に演奏する事は無かった。それは最初からの取り決めというよりも、むしろ暗黙の了解だったと言うべきかも知れない。

 それから五ヶ月後、クマが大学の合格通知を受け取った頃、暫く何の接触も無かったチャコから手紙が届いた。しかもそれは航空便で、彼女がアメリカに留学した事と、昨年病死した仁昌寺教諭は実は自殺だった事実を伝えた。『あの司書教諭の身に一体何が起きたのだろう』クマは本人に会って問い質してみたい欲望に駆られたが、最早それは叶う事のない望みであった。

 

 『ふうー』そこまでタイプすると彼は大きくため息をつきパソコンの画面から顔を上げ、キッチンで夕食の支度をする妻に向かって独り言のように話しかけた。

 「それからチャコはアメリカで、ホームステイ先の家族と一緒に車で出掛け、事故に巻き込まれて亡くなったんだ」

 「メガネユキコ女史は一年後、志望通り国立大学に合格し、卒業後はダンナの実家がある富山県で小学校の教員になった。他の連中も一浪したら概ね進学出来たみたいだ。ただセンヌキの東大はダメだったけど」

 「ヒナコは聞いた話によると、しつこく言い寄って来る男がいて、そいつから逃げるように大坂に行き、そのままそこで誰かと結婚したらしい」

 「それと大学の時、ムーから一度手紙で一緒にやってくれないかと言って来たけど、その時はもう既に別のバンドで活動してたから断ってしまったんだ」

 「それで、こないだアグリーに電話でこの物語の話をしたら呆れられたよ。まだそんな事やってんのかって。で、なんでも深沢高校は今やFランまで落ちぶれたらしいんだ。Fランって学校のランク付けがAから数えて六番目のFで、入試なんか名前さえ書けば合格するような底辺校って事だって。まあ、もともと受験校じゃなかったけど、そこまで酷いとはね。卒業生として情けないよ」

 「ねえ、何ひとりでブツブツ言ってるの」キッチンから声が聞こえた。 

 それには答えず彼は彼女に訊ねた。「それでマドンナのナッパはどうなったのか知ってる」

 すると、無知で無邪気でほんの少し純粋だった「あの頃」と変わらない高い声が答えた。「ナッパさんはね、色々あったけど、今こうしてクマさんとかいう高校の同級生のお嫁さんになったみたいよ」<完>


あなたに会えて/風のかたみの日記

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  この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

ただその40分間の為だけに(24)

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 遂にその時が訪れた。しかし「ヒナコさんグループ」に緊張感や気負いは無かった。それは偏にこれまでの膨大な練習量の賜物と言えよう。クマにしてみても同じ曲をこれ程繰り返し演奏した経験はかって無かった。

 「行くよ」ステージへ続く暗い通路に響いたクマの言葉に、ヒナコは大きく頷いてムーの肩を軽く叩き、両手にギターを抱えていたクマとアグリーは、目だけで互いに合図し合う。そして足を踏み出した。

 その30分程前、彼等に文化祭準備委員長から持ち時間短縮の要請があった。「二曲位カット出来ないか」それは十分予想出来た事だったがスケジュールは押していた。

 だがそれに対しクマは毅然として答えた「それは受け入れられない。僕等はこの40分間、ただその為だけに、この半年間を送って来たんだ。一曲たりとも外す訳にはいかない。それでも可能な限り曲と曲の間を短くするように努力はする」

 スポットライトに照らされたステージからは、客席は暗い海面のようにざわざわとした音だけが聞こえ全く何も見えなかった。それは昨年修学旅行の帰路、高知から乗船した「さんふらわあ」から眺めた夜の海と同じだった。 

 『しかし』クマは思った。『しかしこの闇の中には、それぞれの物語を背負った千余名の人間がいるのだ。この二年半の歳月、歓びと悲しみを分かち合った人達、ナッパやチャコ、「深沢うたたね団」の面々・・・。しかしあの司書教諭はいない』

 彼の脳裏には一瞬走馬燈のように幾つもの顔が浮かんで消えた。『これは、そう、彼等へのささやかな贈り物、レクイエムなのだ』


観覧車/風のかたみの日記


さようなら通り過ぎる夏よ/風のかたみの日記


ゆりかご/風のかたみの日記


秋祭り/風のかたみの日記


君に捧げる歌~君への讃歌/風のかたみの日記


ぎやまんの箱/風のかたみの日記


もう帰ろう/風のかたみの日記

 

 そして全ての曲が終わった時、時計の針は午後2時丁度を指していた。<続>

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ただその40分間の為だけに(23)

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 世田谷区民会館は隣接する区役所と同様、外壁が無くコンクリートの地肌を剥き出しにした灰色の建物だ。竣工が1959年である事を考えれば、当時としては斬新なデザインだったのかも知れないが、それから15年を経た今では単に無機質で冷たい外観の構造物という印象の方が強い。

 クマは以前、何度かその中に入った事がある。殆どは小学生の頃、学校で無理矢理書かされた読書感想文が世田谷区主催のコンクールに入選し表彰を受ける為だった。「そう考えるとあの時はここが出来てまだ間もない頃だったのか」クマは思った。 

 都立深沢高等学校の文化祭は3日間の日程で行われる。変わっているのは初日は学内ではなく、この施設を借り切って全校生徒と教職員のみ観覧する形が採られていた事だ。

 『一体誰がそんな事を決めたのだろう』誰もが一度は思う事だが、深く追求する者は無く、『まあ、どうでもいいか』そんな白けたアウトサイダー的考え方が当時の風潮とも言えた。

 「リハーサルは26日の9時からだって」文化祭準備委員会からの通知をヒナコがメンバーに伝えた。

 「どうやって行く」

 「バスだったら松陰神社前かな。僕は三軒茶屋だから世田谷線でも行けるけど」

 「あの辺りにシカンがあるだろう。あんまり行きたくないな」アグリーが言った。

「シカン」とは国士舘大学の事で、確かにすぐ近くに校舎があった。

 「なんで行きたくないの」

 「いや、何と言うか、あの学校は右翼みたいだろう。そんな所に長髪にジーパン姿でギターを抱えて行くのは危ないんじゃないか」

 「まさか、そんな事がある訳ないだろう」

 勿論それは冗談だった。彼等は唯、新聞委員会のアガタのように学生運動にシンパシーを感じていた訳ではなく、単に黒い学生服を着た応援団のような学生ばかりの大学とは一線を画したいと思っていただけだった。

 尤も、そのような服装をした者は実際のところ応援団くらいのもので、一般学生は皆ごく普通の格好をしていたのは言うまでもない。

 

 当日の朝、彼等が区民会館に到着すると、舞台裏にある控室で待機するように言われた。控室は男女別に二つの大部屋が用意されており、それは演劇等での着替えに対応する為だったが、ヒナコとムーはメガネユキコと共に、クマとアグリーはセンヌキと三人でそれぞれの部屋に入った。

 リハーサルは翌日の本番のプログラム通りに行われるとの事で、午後1時が出番の「ヒナコさんグループ」はそれまで別々に時間を潰さなければならない。クマとアグリーはセンヌキの提案に従い仕方なくIS&Nを復活、去年フェアウェルコンサートで演奏した曲などを歌って待つ事にした。


I,S&N at the Farewell Concert/風のかたみの日記

  「それはそうと昼飯はどうするんだよ」

 「ああ、近所の店にでも行ってみるか。役所や大学があるんだから食堂だってあるだろう」クマ達がそんな会話をしていると、何とチャコが大きな紙袋を持って現れた「こんにちは。これ、差し入れ」

 それを見たアグリーは大声で叫んだ。「おおっ、都立大のサンジェルマンだ」

 「知ってるのか」

 「ああ、ここのパンは抜群に旨い」

 「どうもありがとう」クマが包みを受け取ると、チャコは「明日、楽しみにしています」とだけ言って、ぺこりと頭を下げ出て行った。

 

 そして1時間遅れでリハーサルが始まった。スタッフは放送部員が中心となってやっているようだったが、如何せん彼等も慣れていない為、モニターは聞こえずハウリングはしまくり、とてもではないがまともに演奏出来る状況では無い。

 全体の指揮をとる文化祭準備委員長が声を荒げ叱咤するものの、改善は望めなかった。

 客席に座り音のバランス等をチェックしていたセンヌキが舞台の袖までやってきて「メチャクチャだよ」と報告する。

 「これで明日やるのか」アグリーの言葉にヒナコの顔が曇るのをクマは見逃さなかった。<続>

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