季節の花(令和四年九月)

 大型で強い台風14号が列島各地に爪痕を残して過ぎ去ると、暑かった夏の残り香は、何一つ想い出を残さずに荒れ狂う嵐の中へ消えてしまった。

 しかも翌朝カーテンを開くと、そこにあるのは見慣れた台風一過の青空ではなく、それを覆い、今にも降り出しそうに低く垂れ込め流れる灰色の雲だけだ。

 『まったく、何て事だ。塵も埃も汚染物質も吹き飛ばされた、あの青空も見られなくなったのか』

 だが、変わった事と言えば他にもある。台風の発生場所だ。かっては赤道付近というのが常識であったが、最近は熱帯低気圧のままジワジワと北上を続け、日本に近づくにつれて勢力を増し、台風になった途端、上陸というパターンが増えてきた。(因みにここで台風とは風速約17m以上の熱帯低気圧をいう)

 14号に続き日本に影響を与えた台風15号が正にその典型だった。上陸こそしなかったものの台風になるや否や、近畿から東海、特に静岡県に記録的な豪雨をもたらした。

 このような現象は、日本近海の海水温度が上昇している事を意味する。そしてその原因として海流(黒潮)の変化、大陸内部の気温変化が挙げられるという。

 環境の変化は、秋刀魚の漁獲量が年々減少するように、季節を彩る草花も時期や生息地を変え、やがては絶滅させてしまうのかも知れない。

 それでもすべてを地球温暖化のせいには出来ないかも知れない。

 さて、今回の「季節の花」も諸般の事情により一年前に作ったものである。既に見て頂いた方も、今回初めての方も、ご覧下されば幸甚である。

【カタカナは花の名( )内は花言葉動画は出来ればフルスクリーンの最高画質で】

 

             

とんぼのメガネ

 読者諸氏の中には「とんぼ」を捕まえてやろうと、あの大きな眼に向かって指をクルクルと回した事がある人はいるだろうか。

 子供の頃、誰に教わったのか覚えていないが、私や私の友達は「とんぼ」見つけると、こぞって人差し指をクルクルやったものだ。

 『そうする事で「とんぼ」が眼を回しフラフラしているところを捕える』間違えなく筋書きはこうだった筈だ。

 しかし、今思い返してみても、そうやって「とんぼ」を捕まえた人も、また捕まった「とんぼ」も見た記憶がない。人生を左右する程の問題ではないものの、どうにも気になって仕方がない。

 早速、玉石混交の情報が溢れるネットを検索してみると、あった。一番激しいのは、指を回していると「とんぼ」の頭がポロっと取れてしまう、というもので俄かには信じられない。他は概ね似たようなもので、

 1.「とんぼ」が眼を回す事はない。

 2.「とんぼ」の複眼は動きの速いものは捉えるが、指を回す程度はよく見えない。

 3.従って指の動きに神経が集中する。

 4.そこを後ろから手を回して掴めば捕獲し易い。

 との事であるが、こちらも説得力があるとは言い難い。

 尤も今更昆虫採集をする心算はなくカメラで捉えるのが精一杯。その結果が以下の写真である。(尚、写真はクリック乃至ピンチアウトで拡大する)

【オオシオカラトンボ

          

          

【コシアキトンボ】

          

          

【ハグロトンボ】

          

          

【ナツアカネ】

          

アキアカネ

          

          

 過日、歩いていると小さな子供を連れた若い父親らしき男性がいる。よくよく見たら何と枝の先にとまっている「とんぼ」に向かって指をクルクル回しているではないか。日本文化の伝統的狩猟法は絶えることなく連綿と続いていたのだ。

(「とんぼ」は幼虫(ヤゴ)の頃はボウフラを、成虫になってから蚊を食す人間にとって益虫なので大事にしましょう)

      

てふてふの想ひ出

 蝉の声が次第に小さくなって来た今日この頃、今度は花から花へとさかんに飛び回る蝶の姿が目につく。

 しかし、蝶と言えば何となく春の風物詩のような気がする。現に俳句の季語は間違いなく春である。唯、一年を通じてその姿を見られることから、それぞれ「夏の蝶」「秋の蝶」等とする事で、春以外の季語としても使用出来るという。

 ならば何故、春の印象が強いのか。私は童謡の「蝶々」の歌詞がその一因ではないかと睨んでいる。曰く

 蝶々 蝶々 菜の葉にとまれ

 菜の葉が飽いたら 桜にとまれ

 桜の花の 花から花へ

 とまれよ遊べ

 遊べよとまれ

 ご覧の通り「菜の葉」(花ではなく葉の方)と「桜」は春を代表する草木であり、このような歌を幼い頃から意味も解らず歌わされたら、否が応でも蝶=春と洗脳されるのではないだろうか。

 だが実際のところ桜にとまっているのは蜂や虻、または野鳥のメジロヒヨドリであり、決して蝶ではない。尤もこのように歌と現実が異なる例は他にもあって、「夏が来れば水芭蕉が咲いている尾瀬を思い出す」と歌う曲もあるが、それを信じて夏に出掛けると水芭蕉は既に枯れた後なのである。

 ところで読者諸氏は蝶の寿命についてご存じだろうか。我が国に於いても300種を越える蝶がいるそうなので一概には言えないが、例えばアゲハ蝶は春から秋にかけて何と3乃至4回、世代替わりをするらしい。

 とすると大雑把に言えば、平均的な蝶の寿命は、卵=5日、幼虫=20日、サナギ=10日、成虫=8日、合計43日となる。

 蝉が3年以上も土の中で過ごし、成虫として飛び回るのがせいぜい1ヶ月という事から、彼らの短い夏を哀れんだものだが、蝶の一生に比べれば随分長いではないか。

 さて、前置きが長くなってしまった。今回は今まで撮り貯めた蝶の写真を紹介したい。

【モンシロチョウ】

          

【キチョウ】

          

【アカボシゴマダラ】

          

ナミアゲハ

          

【アオスジアゲハ】

          

【アゲハチョウ】

          

ヒメアカタテハ

          

ナガサキアゲハ

          

ジャコウアゲハ

          

オオゴマダラ     

          

ヤマトシジミ

          

 

      

 その後、調べた結果、桜にとまる蝶がいる事が判明した。どうやら【ギフチョウ】や【スジグロシロチョウ】等数種類に限られるとのこと。

つくつく法師の記憶(再掲)

(初回投稿 2020年8月29日 2022年8月27日加筆) 

 「夏の終わり」は何故か切なく物悲しい。何となくそんな気がする。それは眩しい日差しが少しずつ薄れてゆくせいなのか。それともやがて訪れる秋を無意識裏に受け止めた為なのか。否、ただ単に一人黄昏ているだけなのか。

 ひと口に「夏の終わり」と言っても、その気配を知るきっかけは人それぞれ違うだろう。例えば、人影が途絶えた避暑地。歓声が消えたテニスコート。クラゲが漂う波打ち際。仕舞い忘れたビーチチェア。或いは早朝の空気の澄明感、集団登校する子供達の歓声かも知れない。

 しかし、もしそれが蝉時雨であると言ったら、少し変に思われるだろうか。実を言うと私に「夏の終わり」を告げるのは「つくつく法師」の鳴き声なのである。

 蝉は早ければ五月頃から鳴き始めるそうだ。「ハルゼミ」という種らしいが私は聞いた覚えはない。専ら耳にするのは、七月初旬の「ニイニイゼミ」と下旬の「クマゼミ」に「ヒグラシ」、それに八月から加わる「アブラゼミ」の大合唱。但し、どれがどの蝉なのか判別は出来ない。

 その点、少し遅れて鳴き出す「ミンミンゼミ」は判り易い。

 そしてしんがりに登場するのが、八月下旬から九月上旬迄の主役「ツクツクホウシ」。彼等の鳴き声は「つくつく法師」の名の通り、まるで往く夏に引導を渡す導師の御念仏。これを聞くようになると「ああ、今年の夏も終わりか」という気持ちになるのである。

 だが私がそう感じるようになったのはそれなりに訳がある。甚だ唐突ながら、読者諸氏は托鉢姿をした「つくつく法師」を見た経験があるだろうか。私にはある。

  さて、アメリカに「ローラ・ニーロ」という私が好きな女性シンガーソングライターがいた。説明を始めると長くなるので、以下のリンクを参照願いたい。

ローラ・ニーロ - Wikipedia

 残念な事に彼女は1997年、49歳で亡くなったが、その2年前に発表された初のライブアルバム「光の季節(Season of Lights)」のジャケットを見た時、私は少し驚いた。 

 どこかで見たような画風。そこに描かれた絵は、そう「週刊新潮」の表紙絵を描いていた谷内六郎氏の作品だったのである。

 ローラ・ニーロ谷内六郎との間にどのような接点があったのかは知らない。ただ彼女は何度か日本公演も行い、「Smile」という曲では琴など和楽器を取り入れたりもしているので、日本の文化に興味があったのかも知れない。

 何れにしても、二人のコラボレーションのお陰で私はその絵「つくつく法師の記憶」を知るに至った。

 そこには、町へ使いに行った帰り、杉並木の道で下駄の緒が切れた少年が、深閑とした木立の中で聞く蝉の鳴き声に、畏怖に似た不安を感じている様子と、遠く托鉢僧の姿をした「つくつく法師」が描かれている。

 そしてそれはいつか、私にとっての「夏の終わり」の原風景となり、以来「ツクツクホウシ」の鳴き声は私にこの絵を思い出させるようになった次第である。

 令和四年八月も残り僅か。あなたは今、どのような「夏の終わり」を感じているのだろうか。 

            

季節の歌

 これまで「季節の花」と題し、私が撮影した草花の写真をスライドショーにしてご覧頂いてきた。今回は趣向を変え夏に関連した歌を2曲ご紹介したい。

 1曲目は夏の盛りに向かって海に行きたい若い女性の気持ちを歌っており、2曲目は夏と共に終わりを告げる恋を思い出す大人の男性を歌にした。

 恐らく殆どの人が2曲ともご存じないと思う。何故ならばどちらも随分前に私が作ったからである(あっ、今このページを閉じようとしたあなた。もう少しお付き合いを)。 

 さて「下手の横好き」という言葉がある。私は中学1年の時、ギターを買って貰ってからというものドップリ音楽に浸り込み、その割には演奏も歌も全く上達しなかった。

 かくなる上は自分で歌詞、メロディーを作り、編曲してカラオケまで録音してしまおうと考え、必要な機材を揃えた。

 当時、パソコンは未だ普及しておらず、我が家のラインナップはヤマハシーケンサー、リズムマシーン、音源(FB-01)と以前から使っていた4tr/4ch のオープンデッキ。買ってから気づいたのだがシーケンサーの容量が小さく沢山の音を記録すると、パンクしてしまう。それでも自動演奏は画期的であった。

 同じ頃、私はバンドを組んでおり、カラオケが上手いと言われている女の子を連れてきて、我々がバックで演奏し彼女が歌うという企画を考え、早速1曲作ってデモテープを全員に配布した。

 果たしてスタジオでの練習日、あろうことか彼女は全く歌を覚えておらず、私の努力は徒労に終わった(もしかしたら曲が気に入らなかったのかも知れない)。結局残されたのはこのデモテープだけだった。

 当時私は、もっと都会的でハイセンスな曲は出来ないものだろうかと考えていた。そこで思いついたのは、先ず使用する音色はエレクトリック・ピアノ、フレットレス・ベース、アルトサックス。リズムには独特のアクセントを付け、歌詞にはそれとなくカタカナを挿入する。FB-01のEピアノの音はショボいので、MIDI端子の無いヤマハクラビノーバを手弾きにし、入手したばかりのEギター用デジタル・ディレイをボーカルにかけてしまうという念の入れようである。

 「細工は流々仕上げを御覧じろ」そんな風に思っていた。ところが出来上がってみると今一つ感心しない。やはりメロディーがつまらないのか・・・。否、歌が下手なのだ。上手い人が歌えば、必ずや名曲に聞こえるに違いない。

 さて、どなたか歌唱力に自信のある方、ご連絡をお待ちする。

     

八月拾五日(再掲)

 2020年8月15日に投稿したものを再掲する。

 梅雨明けしたと思ったらいきなり連日の猛暑。とてもでは無いが身体がついて行かない。それでいて8月7日には「立秋」を迎え、暦の上では既に秋になっているのである。これはどう考えても納得しづらい。

 それと言うのも、我が国は明治になると西洋と足並みを揃える為、暦をそれまでの太陰太陽暦から太陽暦に改めた。これにより明治5年12月5日は明治6年1月1日と読み替えられ、以後、入梅二百十日などの「雑気」とそれに伴う様々な風習や年中行事の多くは、全て約1ヶ月前倒しになってしまった(尚、立秋を含め夏至冬至などの「二十四節気」は元来太陽と地球の動きと連動している)。

 中でも可哀そうなのは織姫と彦星である。本来ならば梅雨が明けた現在の8月7日が七夕であったのに、今の7月7日は梅雨の真っ盛り。彼等はこの150年あまり、まともに逢瀬もままならない。さぞかし明治政府を恨んでいることであろう。

 さて、それはさておき、今日8月15日は「月遅れ盆(旧盆)」併せて「戦没者を追悼し平和を祈念する日」である。実は従前から、これらについて大論文を書こうと準備を進めていたが、暑さの為、灰色の脳細胞が溶け出し放棄せざるを得なくなった。

 仕方がないので過去に投稿した関連すると思われる記事を、以下の通り添付してお茶を濁す事とする。

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季節の花(八月・立秋)

 最近、心なしか夜明けが遅くなったような気がする。調べてみると、「夏至」だった6月21日の日の出は午前4時24分、それに対し8月6日は午前4時53分なので、凡そ30分遅くなっている事になる。 

 そうやって日照時間は次第に減少し、9月23日の「秋分の日」を境に昼と夜の長さは逆転、12月22日の「冬至」まで夜はひたすら闇の領域を拡大してゆく。 

 そして今日8月7日は「立秋」。気温は未だ30度を超え、相変わらず真夏の日差しが照り付けてはいるが、暦の上ではもう「秋」の到来である。

 これからの日々、少しずつ秋らしい何かに出会う機会も増えてくる事だろう。例えば、早い朝、頬をよぎる涼やかな風。池のほとりを飛び交うトンボ。鮮魚売り場に置かれた「新さんま」の値札。古い友人から届いた残暑見舞いの葉書、等々。

 果たしてあなたはどのような「秋の気配」を感じるのだろうか。

 尚、今回もまた昨年の動画を流用した、悪しからず。

【カタカナは花名( )内は主たる花言葉(画質はHD以上推奨)

www.youtube.com