天叢雲剣

 いよいよ元号が平成から令和に変わる日が近づき、今上天皇陛下が退位することを伊勢神宮に報告される「親謁の儀」のニュースをテレビで見た。天皇の退位に際し執り行われる儀式は全部で十一あると言われているが、当然そのような事は知らない。

 私は特段国粋主義者では無く、ただごく普通に自分が生まれたこの日本という国を愛しており、また天皇制を否定するものでも無い。

 このように述べた瞬間、こいつはネトウヨだと思い不快感を抱く人がもしいれば、どうぞ今直ぐ立ち去って頂いても構わない。

 さて、上記の「親謁の儀」に際し三種の神器の内、勾玉と剣が皇居から携帯されたという。ご存知の通りこの二つの正式名称は「八尺瓊勾玉」(やさかにのまがたま)と「天叢雲剣」(あめのむらくものつるぎ)である。

 三種の神器天皇の正統性を証明する物とされており、二つでは足りないのではないかと疑問に思ったところ、伊勢神宮御神体がもう一つの神器「八咫鏡」(やたのかがみ)との事で、わざわざ持って行く必要は無かったのだと納得した。

  残念なことに「親謁の儀」についての知識は全く無いが、「親謁」とは天皇が自ら参拝する事をさすそうなので、天照大神へ退位する旨報告するという事なのだろう。

 ところで私は以前、このブログにおいて先に述べた「天叢雲剣」につき記述していた事を思い出した。

 以下のリンクを再掲するので興味があれば御一読されたい。

kaze-no-katami.hatenablog.jp

 

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#イマソラ

 音楽ネタの続きで今回はシャープ#について。と冗談はさておき、フェイスブックツイッター等では「#」(ハッシュタグ)を使うことが出来る。

 万一#をご存知無い方がいると困るので一応ウィキペディアのリンクを貼っておく。
ja.wikipedia.org

 さて、そこで私は一体何をしているかと言えば、殆ど毎日その日の空の模様をiPhoneで撮影しそれをせっせとツイートしているのである。

 始まりは全く偶然だった。ある日ふと見上げると本当に綺麗な青空が広がっており、思わず写真を撮ってツイッターに上げたところ、いきなりフォロワーでもない人から💗 ( いいね ) の反応があったのだ。

 その人を辿るとプロフィールに空の画像を撮ったり見たりするのが趣味と書いてある。「そんな人もいるのか」と思わず感心して彼のフォロワーをチェックすると、どうやら空好きは彼一人では無くかなり多数のマニアがいる事が判ってきた。そして彼等が使っている呪文のような言葉が「#イマソラ」だったのである。

 それ以来私は、時折そのハッシュタグを付けて写真を投稿するようになったが、それだけでは芸が無いので何か洒落たコメントはないかと考えた。そして古今東西の歌詞を書いてみてはどうかという結論に達し、尚且つこれを日々のルーティンとしてしまったのだ。

 せっかくなのでどのような物なのか以下に幾つか添付する。出来れば歌詞を見て曲名を考えて頂きたい。

 

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 ざっとこのような感じであるが如何だったろうか。古い歌が多い事のは否めないが、ツイッター上では歌詞の部分を検索エンジンにコピー&ペーストすれば曲のタイトルが判るようにしている心算で、これを毎日考えるのは結構大変だったりする。

 そして私はまた明日の天気予報を睨みながら、どのような#イマソラにしようかあれこれ思いを巡らしているのである。

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キャンディーズ賛歌(スピンオフ)

 前回キャンディーズのハーモニーについて投稿した。沢山の方々からのアクセスや☆ (スター)、そしてコメントを賜り改めて心より御礼申し上げる。

 その原稿を書いている最中は懐かしさからか関連するエピソードを次々と思い出し、取敢えず見境なく書き綴っていたが、気がつくと途轍もない長さになってしまい、泣く泣く削除した結果があの投稿となった。

 それでも取敢えず没にはしたものの、中には我ながら捨てるに惜しい興味深いかも知れない記述もあり、別途保存していたので今回はその中の一つを披露したい。

 さて、キャンディーズの解散が決まり終焉に向けてカウントダウンが始まった頃、私は彼女等のアルバム全制覇計画を立て何とかそれを完遂した。

 そこで一番気になったのは、何故か楽曲や歌唱とは全く関係の無いレコード自体の音質だった。因みにキャンディーズのレコードはすべてCBSソニーが制作販売しており、当時同社はノイマン社製のSXー68というカッティングマシーンを導入、音質の高さを盛んに吹聴していた。

 一方キャンディーズに限って言えば、中期に発表された作品のどれもが、高域への偏りが凄まじく兎に角キンキン、シャリシャリした音作り。はっきり言ってこれを高音質とは言い難い代物であった。これはAMラジオで目立つ音質に仕上げた心算だったのだろうか。

 勿論それだけならばプリアンプのトーン・コントロールを弄ればいいのだが、問題はレコードから音を拾う時に起きていた。なんと高域が時折ガリガリ ( これは気にならない人には多分判らない程度の極僅かな歪 ) という音で一瞬潰れてしまうのだ。

 そこから私の悪戦苦闘の日々が始まった。即ち、如何にしてその高域をクリアに拾うかである。

 先ず疑ったのはレコード針とそれが付いているカートリッジ。当時私はパイオニア製DCサーボモーター・ダイレクトドライブ ( 世は未だベルトドライブ全盛期だった ) のプレーヤーを使用しており、カートリッジは付属の物しか持っていなかった。

 そんな或る日、たまたま近所の大型スーパーがオーディオ・バーゲンセールと称した催しを開催、チラシ広告には公示価格5万円以上のエンパイヤ4000D/1というカートリッジが何と90%オフという超破格値で印刷されていたのである。

 早速それを入手。ところがこれがとんでもない代物で高域を強調する事甚だしく、ただでさえキンキラキンのキャンディーズのレコードには決して使ってはならないアイテムだったのだ。

 最早こうなっては、多くのオーディオ誌で高評価を受けているSHURE-V15 TYPEIII を入手するしか選択肢は残されていない。更なる出費は貧乏学生にとっては痛いが、私は清水の舞台から飛び降りた。

 SHUREは評判通り素晴らしい音だった。しかし、残念な事にキャンディーズのレコード関しては何ら改善されなかった。相変わらずボーカルが高い音域になると微かに音が潰れるのである。勿論針圧などを変えて種々試みたのは言うまでもない。

  失意の私は問題追及の為、レコードとカートリッジ片手に学友の家へ赴いた。彼は当時としてはマニア垂涎のシステム、即ちDENONのターンテーブルとそれを納めるケース、オルトフォンのトーンアーム。要するにレコードプレーヤーをコンポーズしており、それだけである程度のステレオセットは優に購入する事が出来た。これで再生できるか否かが判断基準の一つとなり得る。そう考えたのであった。

 果たしてその結果は。何と完璧に音を捉え高域にも追従し、決して潰れるような事は無い。しかもあのエンパイヤのカートリッジでも同様なのだ。全くもって見事としか言いようが無かった。

 しかしここで私はある疑問に突き当たる。「そもそもこの問題の本質は一体どこにあったのか。製造者のCBSソニーとしてはかかる現実を把握しているのだろうか」

 素人であるところの私の理解では、レコードは先ずマルチトラック・レコーダーに伴奏と歌を録音し、それをミキシングして2トラック2チャンネルにトラックダウン、所謂マスターテープを作る。その時、プロのエンジニアがJBL等のスタジオモニターを聴きながら行うのである。その作業の中で一体どうしたらこんな音質になってしまうのか。

 私の疑惑は音盤を削るカッティングマシンへと注がれた。あのノイマン社製SXー68の事である。あれがマスター・テープからレコードとして片チャンネル45度ずつ合計90度の溝を削り取っているのだ。カッティングの精度が高すぎるあまり、コンシューマーの再生機器の能力を超えてしまったとでも言うのだろうか。

 今や楽曲を入手するにあたっては勿論CDも健在だが、完全デジタル化されネットからダウンロードする時代になった。しかし最近になって再びレコード化する動きもあるようだ。アナログにはデジタルではカットされるようなレンジが存在し、そもそも周波数の波がギザギザな訳が無い。

 時は流れ、私は昔のステレオ・システムを全て処分してしまい、現在は所有するレコードを聴く事が出来ない。だが、もし新しく購入するとしたら、必ずキャンディーズのレコードを持参して電気屋に行き、あの高域をきっちり再生出来るかをある種の指標にしようと考えているのだ。 

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キャンディーズ賛歌

 1978年4月4日文京区後楽園球場に於いて日本屈指の女性コーラスグループが人気絶頂の最中、その音楽活動に終止符を打った。

 彼女達の名はキャンディーズ。歌が好きで、フォーリーブスの後ろで踊りたいという夢を抱き、大手芸能プロダクション所属の集団「スクールメイツ」に入った少女三人によって1972年に結成されたグループである。

  解散の理由はありがちなメンバー同士の仲違いや方向性の違い等では無く、当時流行語にもなった「普通の女の子に戻りたい」。突然のその宣言は当初の驚きからやがて一変し、半年後の解散に向け更なる人気沸騰のムーブメントを巻き起こした。

  ところで彼女達は本業の歌だけではなく、ドリフターズ伊東四朗小松政夫といった芸達者なコメディアンとも充分に渡り合えるマルチタレントとして人気を博していた。しかし、ここではそう言った芸能活動には触れず、多分、あまり評価されてないか全く知られていないであろう三人のハーモニーについて私見を述べてみたい。

  さて、一般的に女性アイドル歌手達はその可憐な容姿を最大の武器としている。勿論キャンディーズも見栄えの勝負は可能であった。そして当時の常識で考えれば、無理をしてハモらずとも三人揃ってユニゾンで歌えばそれで済んでいた筈である。その方が音程は安定するし声量も大きくなる。

 ところが彼女達はアイドルではありながら敢てコーラスグループとしての道を歩む事となった。その訳を筆者の記憶を辿れば、当時のラジオ番組でのインタビューに行き着く。

『ある日新曲のレコーディングに行くと、用意されているカラオケにコーラスが入っていない事に気づき、その訳を尋ねたところ「あんた達、コーラスグループだろう?」と言われ、漸く自分達の置かれた立場を理解した』

 それ以来、彼女達のレコードのバックコーラスは全て自分達がする事を自覚したと言う。

 ここからがいよいよ本題である。キャンディーズのハーモニーは主旋律に対し、三度上と三度下、別の言い方をすれば三度五度のハーモニー。もっと分かり易く言えば、主旋律を「ミ=E」とすると上が「ソ=G」、下が「ド=C」。お馴染みドミソの和音だ。これは非常に基本に忠実ではあるが、それだけに揺るぎの無いオーソドックスな3パート・ハーモニーと言える。

 そしてこれを田中好子が主旋律、伊藤蘭が上、藤村美樹が下を受け持つというのが通常のセットである。「年下の男の子」以降、メインボーカルが多い伊藤が何とハモりでは上に行く。これは田中の甲高い地声より彼女のファルセット方がソフトで心地良いと判断された為と考えられる。ここは非常に重要なポイントだ。

 しかし特筆すべきは、このハーモニーの要である藤村の存在である。何と言っても彼女は不動の三度下、場合によっては三度上、要はどのパートでも難なくこなす根っからの歌い手で、一説には絶対音感が備わっており、またキャンディーズの音楽的リーダーを自負していたと言うが、それを裏打ちするだけの広い音域と豊かな声量の持ち主で、しかも彼女自身はキャンディーズへの楽曲提供者でもあるのだ。

 このようにして出来上がったハーモニーは単なる三声のコーラスでは無く、一聴するだけでキャンディーズのそれと判る程個性的で、彼のシュープリームスやスリーディグリーズに匹敵し、我が国のスリーグレイセス、マニアックなところではチャープスにも全く引けを取らない。と言っても過言では無いと思う。

 ところでヒットを狙うシングルカットされた曲は、人気ナンバー1の伊藤蘭がメインだが、一方アルバム(LP)では何故か藤村美樹メインの曲が多くなる。これは上述の通り藤村美樹の音楽性の高さを物語っており、彼女の若干ハスキーな声と3パートハーモニーは、音楽通を自称する者にとっては堪らない魅力なのである。参考としてこの曲を紹介したい。 

 

     www.youtube.com

  

 如何だっただろうか。キャンディーズはともすれば彼女達より後にデビューしたピンクレディーと比較され、様々な記録で後塵を拝する事が多いのは事実である。しかし、その自立した音楽性に於いては全く追従を許すものでは無い。YouTubeには他にも数多くUPされているので是非聴いてみて欲しい。

 

 2011年メンバーの一人、田中好子乳がんに因る長い闘病生活の末他界。キャンディーズ再結成の夢は完全に断たれた。そして2019年5月末、伊藤蘭が41年振りに新しいアルバムを発表しライブも行うという。どのような作品なのか、全キャン連ならずとも、筆者は興味深々なのである。

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SNS

 従前より「今日こそは更新」と書き溜めた下書きを見ながら思っていたが、またしてもこのブログを暫く放置してしまった。私が幾つかの所謂SNSに登録し、時折それぞれに投稿している事は既に述べたが、如何せんバイト店員もいないワンオペ・コンビニ状態の為、どれかに没頭すると、どうしても他が滞ってしまう事は止むを得ない。

 多数のSNSに手を出す事は結構時間と労力を消費し、自ずとやれる範囲にも限界を感じてしまう。それでも趣味として好きでやっている事なので、無理の無い程度に最善を尽くす考え方に変わりはない。

 さてそのSNSでは、フォロワー、友達、読者、登録者など表現は違うが、言うなればコアな支持者登録のシステムがあり、そこの主としては、そのような人達をより多く増やしたいと考えるのが人情というものだろう。何と言っても民主主義の世の中にあっては多数決が原則であり、数は力だ。

 本当は「そんな事どうでもいいじゃん」と言いたい、少々捻くれ者である私としても、これには異論無く、このブログに於いて35名の読者の方がいると考えれば励みになり、大変有難く思っている。

 ところで、数あるSNSの中で私が最初に手を出したのはTwitterで、2014年の1月から利用を開始した。しかるに既に五年以上経過しているにも関わらず、未だにフォロワー数200名程度のまま。これを書き始めた矢先、開始から半年でフォロワー2000を超えたという他人のツイートを見たばかりなので、少し複雑な気もしないではない。

 しかし、これは只々私自身のTwitterに対する姿勢に因るものであろう。何故ならフォロー/フォロワーが増え、タイムラインの件数が多くなると、各人のツイートに充分目を通す事が出来なくなってしまい、ミュート等を設定すれば表示数を抑えらるが、それはあまり愉快な状況と思えない性格の為である。

 一概には言えないにせよ、著名人ではなく多数のフォロワーを抱えている人を見ると、自らのフォロー数が非常に多い傾向がある。所謂100%相互フォローを謳い文句にし、やたらとリツイート数が多いタイプで、タイムライン占有率もかなり高い。まとめて数十件続くとはっきり言ってうんざりする。

 勿論、人それぞれであるので非難はしない。それどころか、決して嫌味ではなく、毎日数十件もリツイートしたりする人は、尊敬と迄は言わないにせよ凄いと思うし、自分にはとても真似出来ないと考えている。

 一方、自らのポリティカルな立場を声高に主張し、支持者を募る人達も数多くいる。私も選挙権を持つ国民の一人として、政治に全く興味が無いと言う事はあり得ない。新聞は読むし、時間があればテレビの国会中継も見る。少なくとも投票には必ず足を運んでいる。しかし、ネトウヨ、パヨクといったラベリングには組したくはない。何故なら制限された文字数で何かを発言する事は誤解を招き易く、互いの罵倒大会に発展、遂には通報合戦による相手アカウント閉鎖に終始せざるを得なくなる。

 さて、私はそこで一体何をしているのか。結局当たり障りの無い発信を繰り返しているに過ぎない。そしてそれがコアな支持者が増えない最大の理由かも知れないと考えたりしているのだ。

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ビルゴの夜

 人通りが絶えない土曜の夜、時計は21時を少し回っていた。一人の初老の男が杖を突きながらゆっくりとその路地を曲がった。

 日々目まぐるしく変貌する大都会にあって、そこだけが昭和のまま置き去りにされているような、そんな雰囲気が漂う短い行き止まりの空間。

 男はある場所で立ち止まると、目の前の今にも朽ち果てそうな建物を入念に観察し、やがて決心したかのようにガラス張りの扉を押した。

 「いらっしゃいませ」ブラックスーツの若い男が彼を出迎えた。

 「多分、ここは最近出来たレストランだと思うが、私は既に食事を済ませている。もし差し支えなければ座って一杯飲んでも構わないだろうか」男の言葉は控えめではあったが、相手に如何なる拒否権も与えないような、そんな重厚さがあった。

 決して広くは無い、むしろ狭いと言った方が的格な店内に他の客はおらず、男は案内されるまま席についた。

 「さっぱりした白ワインをグラスで」

 「かしこまりました」

 薄明かりの照明の下、たった今自分が入って来たガラスの扉越しに外を見た瞬間、彼の記憶は突然三十年余りを遡り、やがて誰に聞かせるでも無く独り言のような物語が始まった。

 

 「麦みそ」、そこはかって「時計台」という拉麺店で、漸く列を並び終え着席を許された若い勤め人達は、挙って威勢よくそう言って昼食に看板メニューを注文していた。『しかし、大切な事はそれでは無く、このすぐ隣にあったちっぽけなカウンターバーの事だ』 

 「いらっしゃいませ」ゲルハルト・フィッシュの「冬の旅」が流れる中、小柄で品の良さそうな和服の老女が彼を出迎えた。

 そこは「ビルゴ」という名の店、この女主はその昔グランドキャバレーに勤めていたという。そしてこの場所に控えめな自分の城を開業した。

 やがて時は流れ、彼女を贔屓にしていた客達は成功し社会的地位を得ていたが、それでもこの店に訪れる事を忘れなかった。

 当時、私はしがない駆け出しの社会人で唯一人場違いな若い常連だった。潤沢ではない給金を叩きここに来る目的は唯一つ、類まれなる美貌の従業員と親しく会話する為であった。

 勿論、多くの客は年甲斐もなく同じ下心を胸に秘めていた。少なくとも私にはそう思えた。

 表通りに黒塗りのハイヤーを待たせている大企業の役員、破綻した旧財閥企業の管財人の大役を受けた老人、家人を亡くし毎晩のように訪れる個人経営者、お付きの若い衆を連れた寡黙なその筋の男、まるで自分が正義であるかのように横柄な口を利く大手新聞の記者、かって氷のリンクの上で名を馳せたホッケー選手。

 其々の人生を引きずる男達の中で、私だけが残された時間をたっぷりと持っていた筈だった。

『そう、そしてその時間を通り過ぎて今ここにいるのだ』

 

 ワインはまだグラスに半分残っていた。しかし勘定を済ませると男は杖をついて立ち上がり、はにかみながら言った。

 「柄にもなく少し喋り過ぎたみたいだ」

 「またお待ちしております」ブラックスーツの男が扉を開けながら彼を見送った。

男は振り返る事無く左腕を軽く上げそれに答えると、しっかりした足取りで表に踏み出した。

 桜の開花には未だ少し冷たさが残る夜風が頬を撫でると、男の顔にひと時宿っていた生気のようなものが失われ、いつもの通りの乏しい表情が戻ってきた。

『あの日ここで見た夢は、一體何処へ行ってしまったのだろう』

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MUSIC IS MY LIFE

 3月11日に前回のブログを投稿して以来、随分ここへ来ていないような気がする。原稿のストックは幾つか出来ているのだが推敲するのが面倒臭い、と言う訳でそのまま放置していた。

 自分の拙文はともかく、せめて読者登録している方々の文章位は目を通せばいいのに、そちらもほったらかし状態。まして★を付けて頂いた方の事も全くチェックしていないという有り様。これから少しずつ拝読させて頂く所存なので、何卒ご容赦願いたい。

 さて、ブログから離れていたこの六日間あまり何をしていたかと言うと、やはり似た様な事をやっていたのだ。

 私は所謂SNSと呼ばれている物の内、TwitterFacebookInstagramYouTubeに登録しており、それぞれある程度更新も行い、コメント等があれば随時対応しているが、これが結構時間を取る。

 それでも別にどれかを生業としている訳でも、また憧れの印税生活、更にアフェリエイトとやらにも一切興味が無い。全ては個人的趣味であり、楽しくなければやる必要も無いと考えている。実際の所、趣味程度の実力しか持ち合わせていないと言うのも自覚している。

 では、私が楽しいと考えた物は一体何だったのかと言えば、今回に限って言えば何と今から四十年以上も前の拙い演奏の録音をYouTube化する事と、後はひたすらピアノとギターの練習する事だった。

 若干躊躇しないでもないが、折角なので一笑に付される事を覚悟の上で一部をご披露する次第。

 器用貧乏、下手の横好きとは言え、やはり、音楽は幾つになっても止められない。

www.youtube.com

 

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