I💗 MARTIN(その4)

 結論から言うとマーティン00-21GEは私の予想を全て裏切った。否、決して悪い意味では無く、信じられない位素晴らしい楽器だったのだ。

 音は勿論の事、殆ど傷も無くマーティン社の刻印を刻んだプレート付き専用ケースも揃っており、その中には糸巻に弦を「マーティン巻き」する方法等を記した英文の取扱説明書まで入っている。 

 御茶ノ水の雑居ビルの2階でこの小さな店を営むオーナーに話を聞くと、自ら米国で買い付けて来た一品との事。そしてこの楽器が限定生産149本中28番という事をボディーの内側に貼られたシールを示して説明してくれた。

 それを聞いた私はと言えば「もし将来喰うに困る事があれば、これを売って当座の命を繋げるかも知れない」等と妙に現実的な事が頭を過った。

 その店には0-16NYという気になるモデルも置いてあった。これは別名ニューヨーク・マーティンと呼ばれ、マーティン社が1880年代ニューヨークでギターの製造していた頃に開発した、殆どクラシックギターと見まがうスタイル。

 そしてこれは多分CSN&Yの ”デジャヴ" というアルバムジャケットにさりげなく置かれている物と同じ筈。しかも00-21GEより安い。折角なので弾かせて貰ったが、はっきり言って音は若干劣ると思われた。しかしあまり目にする事が出来ない希少モデルなのだ。もし資金が潤沢にあるならば是非とも欲しい一本だった。

 とにかくそうやって念願だった00型モデルも入手し、すっかり満足していたある日、マーティン社が新しいギターを発売するとのニュースが総代理店である黒澤楽器から飛び込んで来た。

 それは何とHD-28Vという型番。因みにD-28は恐らくユーザーが最も多いと思われるマーティンを代表するモデルである。そこにHやVが付くという事は一体何を意味するのか。メーカーによるこのギターの説明を以下の通り。

 『フォワードシフテッド・スキャロップド・Xブレーシング、ヘリンボーン・トップにアイボロイド・バインディング、ダイアモンズ・アンド・スクエアの指板インレイ、バタービーン・タイプのペグ、ロング・サドル、Vシェイプのネック、べっ甲模様のピックガード』

 何やら魔法の呪文のようであるが、Hはヘリンボーンを意味し、ボディーの縁をニシンの骨のような寄木細工で飾ってある事。その他について全てを説明する事は避け、ここでは最も重要だと思われる事項にのみ触れてみたい。

 さてアコースティックギターの弦は約75kgの張力があると言われている。この力をもろに受けるパーツはネックとブリッジ。ネックが弱ければ反ってしまうし、トップ(表板)に接着されたブリッジは、そのままでは板が力負けして私の下腹の皮下脂肪のように膨らんでしまう。

 それを抑える為、トップの裏側にはブレイシング(力木)と呼ばれる細い棒状の木材が張られ、その中では✕(バツ)のように交差したX(エックス)ブレイシングが最大の補強材と言える。戦前のモデルでは、これが若干ヘッド側に寄って(フォワードシフテッド)ブリッジと干渉しない位置にあった。しかしその後、より強度を増す為にブッリジと重なる仕様に変更された。HD-28Vは、これを敢て昔に戻したのである。それが型番のVの意味、ヴィンテージだ。

 そしてそのブレイシング自体をホタテ貝の形のように波状に削っている(スキャロップド)。これら仕様の先祖返りはある程度強度を捨てても徹底的にトップ板の振動を得るという発想であり、これこそがこのモデルのコンセプトの本質と言えよう。そこにある物を表す言葉は多分「バカ鳴り」である。

 ところで私は何故このギターにこれ程拘るのか。それは元バッファロー・スプリングフィールドのスティーヴン・スティルスが1969年、CS&Nとして伝説のウッドストックに登場し、オープンDチューニングを駆使してあの「青い目のジュディー」を弾いていたモデルだからなのである。(厳密にはペグのメーカーは異なる)

 これは殆どミーハーの発想だ。そしてこのミーハー的センスはやがて更なるマーティンへの布石となってゆくのであるが、そうとも知らずにHD-28Vを求めて私はまた黒澤楽器へと向かった。

  尚、暫く後になってサザンオールスターズ桑田佳祐氏がこのギターを弾いているのをTVで見た。「彼も中々目の付け所がいいな」その時私はそう思った。<続>

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     HD-28Vのヘリンボーン・トリムとダイアモンズ&スクウェア・インレイ