愛と希望と勇気の日

 今朝、車のエンジンをかけるとナビが起動して「今日は1月14日、火曜日。『愛と希望と勇気の日』です」と言う。

 昔「愛と勇気と有給休暇」というキャッチコピーの「シティ・スリッカーズ」なるコメディー映画を観た記憶はあるが、調べて見るとそれとは全く何の関係も無い二匹の樺太犬の物語であった。

 1956年、我が国の第一次南極観測隊昭和基地で越冬するにあたり、犬ぞり用に樺太犬22匹を帯同した。

 翌57年、交代する第二次隊を乗せた南極観測船「宗谷」は、悪天候に阻まれ基地付近までは到達出来ず、58年2月、越冬計画を断念。搭載機で基地にいる第一次隊員は収容したが、樺太犬15匹は荷重超過になる為、置き去りにせざるを得なかった。

 果たして59年、第三次隊で新たに導入したヘリコプターは、昭和基地付近に2匹の犬がいるのを発見する。それが1月14日の事であり、発見された犬は、奇跡的に生き延びたタロ、ジロという兄弟だった。

  以上がこの「愛と~の日」の謂れである。と、ここまではすんなり判明した。ところがこの名称をいつ誰が制定したのかが判らない。それでいて「今日はXXXの日」と得意げに言うのはあまりにも無責任かと考え、日本記念日協会という社団法人のサイト等を見たりしたが、それらしき物を発見出来ず、面倒なので諦める事とした。

 ただ私見ながら、発見された時代を考えれば、そんな洒落た言い方はしないような気がしてならない。それにしても「愛」は一体どこにあるのだろうか。

 さて、幾ら悪天候とは言え、南極観測船ともあろうものが目的地に到達出来ないとは情けない。と思う方もおられる事だろう。こちらについても調べてみた。

 そもそもこの「宗谷」という船は1936年、ソ連外商部が発注し、38年に進水、竣工した耐氷構造を持つ商船なのである。

 それがその後の戦局などによって大日本帝国海軍の特務艦となり、何とあの「ミッドウェー海戦」にも参加、更にその後魚雷を被弾しながらも不発だった為沈没を免れるなど、奇跡的に終戦まで生き残った。

 戦後、南極観測船として選定されたのも、他に砕氷能力が高い船舶があったのも拘らずその強運を買われたからで、何とも全く非科学的なのである。事実、第一次の時はソ連砕氷船「オビ号」、第二次では米国の「バートンアイランド号」の援助を受けている。

 従って南極へ向かった1958年時点では、既に船齢20年を超えた老朽船であり、そんな船で運だけを頼りに南極に向かうしかなかった我が国は、やはり未だ貧しい国だった事が伺える。

 そう考えれば「勇気の日」という表現も、あながち的外れではないかも知れない。などと無理やり纏めてみたが。

 尚「宗谷」は現在、東京お台場にある「船の科学館」に展示、一般公開されている。

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