青春浪漫 告別演奏會顛末記 7

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3. 「 私は怒っています」ナッパは電話の向こうで泣いた (2)

 

 『五行 ①中国古来の哲理にいう、天地の間に循環流行して停息しない木・火・土・金・水の五つの元気。万物組成の元素とする。』(広辞苑第六版より抜粋)

 

 現国の教員、チカン清水は、中間、期末といった定期試験の他、時折予告、又は抜き打ちで行うテストの他、あまり教科書にはとらわれず、生徒達に題目を提示しては、さかんに文章を書かせた。

 それは「現代国語の授業の最終目標は、とにかく文章を書けるようになる事」という彼独自の持論に依るものであり、制限時間内に書き上げるトレーニングとしては授業中、またテーマを深く掘り下げる場合は宿題という形をとっていた。

 物を書く事にあまり抵抗のないクマ達にとってはウエルカムであったが、しかし問題はその作文の評価の仕方だった。

 試験やテストならば100点満点方式で採点される為、結果は判り易くクレームも付けづらい。だが作文の場合、返却された原稿用紙の右側に赤鉛筆で漢字一文字が書かれているだけなのだ。

 清水教員は手の内を明かさないし、生徒等は面食らった。「俺は "金" だ。」と喜ぶ者があれば「私は "火" だけど。」と訝しがる者もいる。やがて彼等はカレンダーの曜日順、即ち(日)~(土)ではないかと推測したが、更に回数を重ね情報を収集すると、どうやら「日」と 「月」がない事が判明し、皆で色々調べた結果、漸く「木火土金水」の順に高評価だという結論に辿り着いた。

 しかし、これがどのように成績に影響するかは尚不明であり、それでも教員は最後まで真実を語らず、まるで本物のチカンのようにニヤニヤと薄ら笑いを浮かべるだけだった。

   因みにクマは得意の意味不明文章を書きなぐって「木」を獲得する事が多かったが、一度だけ題目「旅」で授業中に書いた短文では違う評価を受けた。        

             

            「青春の旅路」

  まだ明けきらない紫色の空が遠く流れる雲の影を写して、

  目覚めた渡り鳥のように、一人また一人、今再び旅立つ。

  通り過ぎる思い出を置き去り、まだ見ぬ明日を追って、

  旅を続けるのは人の定め。

  傷ついた涙と失くした愛を、誰が忘れずにいられるだろうか。

  「さようなら」という言葉を何度も呟きながら、行ってしまう心。

  僕等はこれまでの旅に疲れてしまった。

   新しい道には別の君が待っているかも知れない。

  そんなささやかな望みもいつか捨てる時が来て、

  その時また立ち止まって振り向く事が出来たら、

  きっと誰かが微笑みかけてくれるのを待っているだろう。

  今、青春という儚い道程が終わる頃、

  子供の夢は波に浚われる砂の城のように

  脆く崩れてゆく。

  忍び寄る冬の足音に外套の襟を立てて、

  ここに一つの別れと出会いがある、

  そしてまた新しい涙を求めて、旅は永遠に続く。

 

 数日後、クマの手元に戻ってきた原稿用紙には、これまでの「木火土金水」ではなく何故か「名文!」という二文字が赤鉛筆で書かれてあった。クマとしてはまあ悪い気はしなかったが、これは嵐の前の静けさに過ぎなかった。清水教員のある一言により、思いもかけない事件が起きるのは、それから間もなくの事である。  <続>

 

 今回は「名文!」に連動して「1973.11」から「旅立ちの朝」


旅立ちの朝/風のかたみの日記

 

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