3. 「私は怒っています」ナッパは電話の向こうで泣いた (3)
話が少し遠回りした。機関誌 「DANDY」 の編集が毎週木曜日の放課後に行われている事は既に述べた。そんなある日、現国のテストの答案が返って来た。教員チカン清水は教壇から1人ずつ名前を呼んで返却するのだが、ナッパの時、何を思ったか如何にも嬉しそうに「今回クラスで1番。」と、皆に聞こえるよう大きな声で言い放ったのだった。
一瞬教室にはある種の違和感が漂い、皆が沈黙した。別に妬みや羨望のせいではない。清水教員がそんな事を言うのは今までなかったからだ。ナッパは恥ずかしそうに受け取って席に戻り、皆も我に返ったように拍手した。
早速、その日の 「DANDY」編集では=紙面にまだ余白があったのが一番の理由だが=、センヌキを中心にアガタ、クマの三人で、「S教員との対話」と題し、チカン清水とナッパのスキャンダラスな関係、その他教員の糾弾や揶揄など、誰が読んでも冗談と判る記事をでっち上げた。(具体的内容は筆者の品格を疑われそうなので敢て書かない)
翌日それを配布する前に、よせばいいのにこれまた冗談で『お詫び状』を編集部一同名でナッパに手渡したところ、その日の昼休み、先ず何の関係もないアグリーが彼女から相当強い口調で抗議を受けた。
彼は弁明の機会さえ与えらず、次の授業が体育だった為、更衣室で殆ど半ベソをかきながら、何故無関係な自分が責められるのかとクマ達に当り散らした。彼にしてみれば恋敵であるクマの愚行のせいで、自分がナッパから嫌われてしまう訳にはいかなかったのだ。
だが当事者三人は「所詮オタクの日頃の行いが悪いのよ。」などと訳の分からない事を言いながら、さほど気にも留めていなかった。
果たしてクマが帰宅し、いつものようにギターの練習をしていると、ナッパから電話がかかってきた。考えてみれば、ナッパから電話を貰うのはそれが初めての事だった。本来ならばクマはこれから何が起きるのか、その時点で気づくべきだったろう。
その第一声たるや、「私は怒っています。」ときた。電話のせいかアグネス・チャンの歌声を少し笑いを抑えた風に聞こえたクマは、てっきり冗談だと思い、ヤツもなかなかユーモアのある人間だなと感心しながら、『しかし待てよ、わざわざ冗談を言う為に電話して来るということは、ひょっとして俺に気があるのかな』と勝手な解釈をして、「本当に怒っているの。」と少し馴れ馴れしく訊いた。
ところが暫く話しているうちに彼女はなんと泣き出してしまった。『本当に怒っている!・・・』
クマは幼稚園からこのかた女の子を泣かした事など一度もなかった。どちらかと言えば自分が傷つき泣かされてきた方が多い位なのだ。泣かした事がないのだから、泣いている、しかも憧れの女の子に対する『傾向と対策』など知るはずもない。彼はちびったビビった。
涙声のまま「さよなら」と言って、二年近くクマが恋焦がれ続けたマドンナのナッパは電話を切った。
『もしかしたら、これが最期の会話になってしまうのか?』
『あの優しい微笑みは、もう二度と振り向かないのか?』
『あの澄んだ瞳は、再び僕の影を映すことはないのか?』
『何も始まらないまま全ては終わってしまうのか?』
『幸せは訪れず、去りゆくだけなのか?』
彼はどんな場合でも、物事を冷静且つ詩的に考えてしまう癖がある。というのは嘘で、すっかり取り乱し、慌てふためく自分を落ち着かせようと、思いつくまま手当たり次第に電話を架けまくった。彼等の反応は様々であった。
センヌキ 「アホクサ」
ダンディー 「それはナッパさんが君を好きだからだよ」
アガタ 「これはチャンスだ、前よりも進展したぞ」
アグリー 「アナタ、もう、おしまいよ」
クマはアガタの答えが気に入った。そしてナッパに電話をし、出来うる限りの誠実さを装いながら自分でもバカバカしくなる程神妙に謝り、何とか機嫌を直して貰う事に成功した。
大きく深呼吸をすると、クマは心の中に新たな期待が次第に膨らんで行くのを感じた。しかし顔の締まりが無くなり、だらしなく微笑んでいることには、まるで気付いてはいなかった。 <続>
とにかく「愛」とか「恋」といった言葉を使わずに歌を書きたいと思った。そして向かった先は、そう「宇宙」だった。