ただその40分間の為だけに(12)

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 「今を尊ばなければ一体 『いつ』という時があるのか」確かにクマはそう語った。しかし、そうは言ってみたものの具体的に何をすればいいのか、彼自身全く見当もついていなかった。『あの場の停滞した雰囲気を何とかしょうとしただけだ』と彼は思ったが、それで済ます訳にはいかない。『多分、クマが完パケまで持って行ってくれる』少なくとアグリーは間違いなくそう考えている筈である。『あの時だってそうだった』

  

 1973年12月、その日上野毛のセンヌキの家で行われたアグリーのオリジナル曲の録音が一段落した夕方、センヌキの母親が差し入れてくれた軽食を食べながらアグリーが言い出した。「せっかくこうして練習したんだからさ、コンサートやらないか」

 「あっ、いいねそれ、やろうよ」何事にも軽いセンヌキが賛成する。

 「うーん、そうだねぇ・・・」二人はクマのその次の言葉を待った。クマはなかなYESと言わないが、一度そう言えば必ずそれを完全パッケージ迄やり遂げる男。アイツに任せれば間違い無い。その点だけは、彼は仲間内で一目置かれている。

 「どうせ二年生も、もう三月で終わりだし、三年になればクラス替えで受験勉強も少しはしなきゃいけない。最後に皆でパーッとやろうよ」『別れ』とか『最後』とか哀愁を帯びた言葉に弱いクマの性格を知るアグリーがたたみこむ。

 「うーん、いいかもね。最後にね 『さよなら』 いや 『フェアウェル・コンサート』か、やろうか」

 フェアウェル・コンサート・・・クマがその言葉の響きに未だ酔い痴れている時、アグリーとセンヌキは目でうまくいった合図した。 

 

 もしかしたら自分は、楽器の演奏や音楽の知識を求められたのではなく、何か事を成す時の実行力の方を買われていたのではないか、クマは時々そんな気がするのだった。

 確かに彼は何かを纏め上げる能力に長けており、自分が興味を持った事柄であれば、それを遂行するにあたって、あらゆる労も厭わなかった。結局フェアウェル・コンサートもクマ達の演奏の出来の良し悪しは別にして、興行としては成功裏に終わり、自分達のライブ・レコーディングを行うという、クマの録音マニアとしての当初の目的も達成した。

 そして何よりも、そのコンサートをきっかけに、結果はどうであれ憧れのナッパとの交際という思いもよらない贈物まで付いて来たのだ。

 因みにクマは、小学四年から中学卒業まで毎年学級委員を外した事はなかった。どちらかと言えば杓子定規な彼を疎ましく思う者もいた筈だが、何故かいつも選ばれるのだ。そして上級生も含め、ある程度選ばれた人材が集う生徒会に毎年続けて出席しているうちに、やがて顔と名前を覚えられ、子供の世界であっても一目置かれる存在になって行った。

 また彼は年長者と付き合う事は全く苦にはせず、彼等と対等に話が出来た。それは恐らく幼少期から同年代よりも年上と遊ぶ事が多く、そこで得た様々な体験や また貪欲な読書家であったことが大きな要素となったかも知れない。

 そして彼が中学生だった時、学内で大ぴらにギターを弾けるようにする為、友人と語らい生徒会を牛耳って、ギタークラブを設立させる事にも成功していた。そこでは綿密に計算された計画と教職員を説得する能力が発揮され、難なく願望を実現化するという、通常あまりあり得ないような経験を積んで来たのだ。

 一方音楽面において彼は、レコードをカセットテープに録音して、ヘッドホンで何度も繰り返し聞くうちに、様々な楽器の音をバラバラに捕らえる事が出来るようになり、音がぶつかる不快感や逆に心地の良い不協和音などを理解するようになった。そしてそれらを組み合わせる事により一つの楽曲を作り上げてゆくという作業に夢中になった。

 それはあたかも人間社会のひな型のようであり、実際小集団に通じるところがあった。即ちリードギターが映える為には、そのバックを支えるベースやドラムスが必要であるように、誰かが表舞台で活躍するには優秀なスタッフが揃わなければならないし、そのスタッフを纏め上げる強いリーダーシップを持った者が必要不可欠なのだ。

  従って、今回クマがこのグループで担う役割は、彼自身は望んではいなかったが、結局のところ運営面と音楽面双方の参謀と指揮官になる事であった。

  

 「それはそうと、世田谷区民会館のステージに必ず出られるって保証はあるの」五本木のアグリーの家での二度目のミーティングで、開口一番クマがそう聞いた。彼は漸く自分が他の三人を引っ張って行かねばならないと自覚していた。

 「確かにそうだ」アグリーが相槌を打つ。

 「それは多分大丈夫、クラスの文化祭準備委員に確認したら、今のところ未だ誰も申し込んでいないみたい。それで申込者多数の場合は抽選になるんだけど、私達は三年生なんで最初に申し込めば優先的にオッケーだって」ヒナコが答えた。

 「委員長は誰」クマは情報収集に余念がない。

 「確か、五組のコウノって言う男子だったかな」とヒナコ。

 「それは河野さんの事だろう。一、二年で一緒だったし結構仲も良かったから話易いよ。きっと味方になってくれると思う。だったら先ず、このバンドの名前を決めよう」クマはそう言った。

 「どうしても名前は必要なのかい」アグリーは面倒くさそうに言う。

 「少なくとも文準(文化祭準備委員会)に届けるのに必要だろう。個人の名前を列記したら皆別々だと思われちゃう」

 「だったらザ・クロッジってのはどう」アグリーがいきなり提案した。

 「何それ」

 「俺が中学の時入っていたバンド」

 「クロッジの意味は」

 「痔が酷くなると柘榴みたいに赤くツブツブ、グチャグチャになることから柘榴痔って言うらしんだ」

 「いやだ、そんなの、ねえムー」ヒナコは呆れて笑うしかなかった。

 ムーも笑って答えた「僕は別に構わないけど」

 「それって僕等と何か関係あるの。それに今はもう1974年なんだよ、昔のグループサウンズみたいにザ、何々とかいう名前は止めようよ。大体そんなんじゃあ公序良俗に反するんじゃない」クマの発言にムーが頷いた。

 「一人一つずつ名前を考えて、あみだで決めよう」クマは皆の顔を見回した。<続>

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