ただその40分間の為だけに(11)

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 「でもほんと、何やるか決めなきゃ」今度はアグリーが言った。等々力のヒナコの家ではクマとアグリーのオリジナル・テープの再生が終わっても、四人の協議は全く進んでいなかった。

 「どうせなら何か面白い事がいいな。あっ、面白いってfunnyじゃなくてinterestingの意味なんだけど」アグリーの後を引き受けてクマが言った。

 「面白い事かあ」ヒナコは天井に目をやり独り言のように呟いたが、ムーは黙ったままだった。

 するとアグリーが突然言った「白い犬がいました。頭が真っ白でお腹も真っ白・・・」「それで尾も白いのか。詰まらんな」クマ呆れ顔で応えた。

 彼等は9月末の文化祭で何をするのかを打ち合わせていた筈だった。しかし、取敢えずギターと歌で音楽をやる事だけははっきりしているものの、出演者が決定し劇場も押さえておきながら、肝心な台本が無い劇団のような状態だった。

 過去二回の文化祭では強引にクラスを引っ張って来たクマにしてみれば、そのような中途半端な有様は受け入れ難い事だ。しかし何故か具体的な方向性を示すような発言は一切せずにいる。『自分は出しゃばってはいけない。主役はヒナコとムーなのだ』

 それは彼がこのグループに参加するにあたって、自分に課した歯止めのようなものであった。もしそれが崩れれば、彼は限りなく専制君主のように振る舞う事となったに違いない。こと音楽に関しクマは仲間内では絶対的自信を持っており、そこに妥協や譲歩という言葉は存在しなかったからである。

 「ねえ、どうしたらいいと思う」ヒナコは何も方針を示さないクマにそう尋ねた。

 「そう言われても、僕だって、ねえ・・・決められた時間に来て、やる事やって帰ればいいのかと考えていたんだけど。大体、アナタとムーさんは何をやりたかった訳」クマは出来るだけ相手の立場を尊重するように優しく言った。

 「僕は自分の曲をやりたけど」普段から男の子言葉を使うムーが、ようやく重い口を開いた。

 「ああ、それはいいんじゃないか」アグリーが頷いて続けた「で、ヒナコは」

  「私はねえ・・・色々考えたんだけど、クマさんとアグリーどんが作った歌を歌おうかなと思ってるの、いいかなあ」

 「それは別に構わないけど、まあ世の中には男言葉の歌詞を女の子が歌ってる曲もあるし、でも僕らの歌じゃあ、キーがそのままだったら全然歌えないよね。とは言っても、とんでもないハイフレットにカポをはめるのもねえ、そうすると音質も変になっちゃうし・・・それこそフェアウェルでやった 「そんなあなたが」とか最後に歌ったオフコースの 「でももう花はいらない」なんか良かったじゃない、あれの方がよっぽどいいんではないの」クマはお世辞ではなく、本当にそう思っていたのでそのままを話したが、それはオリジナル曲をやる事が、かなり危険な賭けだという思いもあったからだった。


でももう花はいらない/風のかたみの日記

 そもそも文化祭で世田谷区民会館に集まる観客は、自ら望んで来ている訳では無く、学校行事として否応なしに出席する生徒ばかりだ。勿論、万人に受け入れられる事など土台無理であるにしても、せめて「帰れコール」だけは浴びたくなかった。

 何といっても彼等四人は校内で超有名人という訳でもなく、ましてやグループを結成したばかりである。観客に黙って演奏を聞いて貰う為には、先ずこちら側に注意を引きつけなければならないし飽きさせてもいけない。そのような状況で誰一人知らない自作の曲を演奏するリスクは計り知れない。クマはそれを危惧していたのだった。

 「ねえ、どう思う」クマは自分が感じている不安を他の三人に順序立てて説明し意見を求めた。

 「そうだな、受けないというのは致命的だな」アグリーはもっともだという顔をする。

 「私、そんな事、考えた事もなかった」ヒナコは肩をすくめる。

 「僕はよく判らない。けど白クマのおじさんは色んな事考えてるんだね」ムーは相変わらず男の子言葉でポツリと言う。

 それぞれが発言したところで、クマは先程の説明とは全く違う内容の事を言い出した。

 「恥ずかしい話なんだけど、僕は今まで人から自分の事しか考えていないと言われて来た。けれども今度は違う。いや、違うようにしたいと思ってる。大したこと無いけど、このグループの為に持っているもの全てを注ぐ心算でいる。知ってることは何でもオープンにするから、何でも聞いて貰いたい。それで何をやりたいかだけど、出来合いの曲を漫然と演奏するのはクリエイティブじゃないよね。いくらコピーが上手くたってコピーはコピーでしかない。それだったら家に帰ってレコードを聞いた方がよっぽどいいよ。折角このグループに参加して、多分これが高校最期のステージになると思うし、どうせやるからには、僕は自分に悔いが残らないようにしたい。客の反応は確かに気になるけど、僕らは音楽を生業としている訳じゃない。だから誰にも迎合する必要もない。思う存分オリジナル曲を無知蒙昧な聴衆に聞かせてやればいいんだ。たとえ僕らの挑戦が失敗に終ったとしても、その失敗を誇れるようなステージにすればいい。これからの僕らの合言葉は唯一つ『今を尊ばなければ一体 ”いつ” という時があるのか』以上、演説は終わり」

 クマがそんな風に自分の心の内を見せることは稀だった。「彼らを愛したまえ、ただ、それを知らさずに愛したまえ」サン・テグジュペリの「夜間飛行」にそんな一節があった。

 しかし彼はそれでは全く相手に伝わらない事を身をもって体験していた。『思っているだけではだめなのだ。たとえそれが自分の信条に反しようと、はっきり相手に話さなければいけないのだ』それがナッパというかけがえのない心の拠り所を失って得た唯一の、そして大切な代償だった。

 何の恥じらいも無く、白々しささえ感じさせるクマのアジテイションが終わると、誰からともなく拍手が起きた。そしてそれは、クマが荒れ狂う心の痛みと漸く折り合いをつけた瞬間でもあった。<続>

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