7.「ごちゃごちゃ言ってんじゃねーよ」アガタは迫力ある顔にものを言わせた (2)
ナッパとの夢の合同練習当日、クマはアガタの家へ行き、彼が知り合いから引っ掻き集めてくれたギターアンプ類を二人で、センヌキの父親から分捕った感のある「上野毛NAPスタジオ」までバスに乗って運んだ。
途中、車内でタンバリンを3度も落として思わぬ大騒音を立て、その度に他の乗客から睨み付けられた。いつの世も凡人達は芸術家に冷たい。
漸くセンヌキの家に着くと、もう既にナッパから電話が架かった後だった。
「あれえ、学校に寄って来なかったの? ナッパさんにはもうオタクが行ってるって言っちゃったよ。」
「だってアンプが重くて、とても学校なんか寄れないよ。」
「すぐ迎えに行って。」
センヌキとクマが玄関で話していると、二階から聞き覚えのあるイヤラシイ声が聞こえた。
「俺が行こうか。」なんと何処で嗅ぎつけたのか、アグリーが風邪をおして来ているのだ。
『彼女を迎えに行く』とは言うまでもなく『学校から上野毛までの約20分間、憧れのあのナッパちゃんと二人で肩を並べ、楽しいお喋りをしながら歩ける』という事を意味する。そこでクマとアグリー、どちらが行くかで、またしても醜い男の争いが始まった。
「重たいアンプを運んで疲れてるんだろう?」
「そうでもないけど。アータこそ未だ風邪が治ってないんじゃない? 無理しない方がいいよ。」
「いや、もう大丈夫だよ。それに今日はあったかいし。」
「でもセンヌキは、僕が迎えに行ったとナッパに言ったんだから、やっぱり僕が行かないとおかしいんじゃない。」
「そんな事は関係ないよ。」
「だったら、オタクが行ってくれば。」不愉快といった表情を目一杯浮かべたクマ。『すべてをお膳立てした挙句、トンビにアブラゲは無いだろう』彼はアグリーのいけ図々しい無神経さが信じられなかった。
「二人で行こうか?」品の無い眼差しのアグリーが、妙な妥協案を出してきた。
「なんで? 二人で行く必要なんかないじゃない!」
センヌキが唯唖然とする中、愚かな二人の戦いは果てしなく続きそうに思われたその時、ついに痺れを切らした深沢全共闘の闘士、アガタが迫力のある顔にものを言わせて断を下した。
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねーよ。クマが行けばいいだろう。」
クマはその有難い言葉に涙が出る程感謝しながら、うんうんと頷いてアグリーの方を見ると、彼は急に風邪がぶり返したのか、立て続けに咳をしながらスゴスゴと二階へ上がってゆくところだった。
新聞委員会に用事があるというアガタと学校へ向かう道すがら、クマの目に映る景色は、最早冬ざれた灰色の翳りは消え、すべてが早春の陽光に眩しく輝く町並みであった。
「もしかしたら、『今』、幸せなのかも知れない。」クマがそう呟くと、アガタはニヤッと笑って余計迫力ある顔になった。 <続>
アグリーは昔「このイントロのサウンドは何処に出しても通用する」と褒めてくれたが、やっぱりお世辞だったのかな。