青春浪漫 告別演奏會顛末記 19

f:id:kaze_no_katami:20200612084934j:plain

      f:id:kaze_no_katami:20200528140204j:plain

 11.「せっかく・・・」センヌキは恨みがましく非難した

 

 所を三年四組に移して、マイクのセッティングやミキシングの調整が行われ、それが終わるとナッパから春休みに実施する最期のクラス合宿の説明があった。彼女は白いブラウスの襟元に細い黒のリボンを飾り、白いニットのベスト、淡いピンクのミニスカート、そして白いハイソックスと、殆どアグネス・チャンの衣装そのものだった。

 教室を見渡すと客の入りはパラパラと三十名程度、尤もその内の1/3は出演者とスタッフだったが、どういう訳か女生徒に絶大な人気を誇る「まり子先生」こと米原教員が来ている事が異例と言えば異例だった。

 それでもクマやアグリーが充分満足していたのは言うまでもない。昨年12月にほんの思いつきから立ち上げたコンサートが、今まさに始まろうとしているのだ。

 クマがミュートしたギターでリズムを刻み、センヌキが歌い始めた。名曲「青い目のジュディ」の最後のリフレインである。予定では続いてアグリーが3度下、クマが3度上という風に3パート・ハーモニーになる筈であったが、センヌキは自分のパートをキープ出来ず、下につられたり上についたり、要は音を外しまくった。


I,S&N at the Farewell Concert/風のかたみの日記

 しかし、途中で止める訳にもいかず、エンディングだけ何とか合わせて、次はニール・ヤングの「オン・ザ・ウェイ・ホーム」、グラハム・ナッシュの「ティーチ・ユアー・チルドレン」と、もろにC,S,N & Yのライブ・アルバム「4way street」の模倣で通し、例の変則チューニング「グウィネヴィア」を挟んで、最後はやはりC,S,N&Yの「愛への賛歌」で締めた。

 と言えば聞こえはいいが、実際はスペアのギターの無い彼等はチューニングの変更に手間取り、その間誰もMCをする余裕がなく、出だしからいきなり皆を白けさせた。

 すると、いつの間にか現れた幻のリードギタリスト、アガタが「もう、止めちゃえよ」と如何にも彼らしい檄を飛ばしたが、その言葉がやけに現実味を帯びて聞こえ、全く洒落にならない有り様だった。

  次はサチコである。彼女はその日の朝、風邪でいつもの美声?が出ないことを理由に、出演を取り止めたいとクマに申し出ていた。本当はどうでもよかったクマだが、一応なだめたり、すかしたりして出演させたのであった。彼女は確かに鼻声で喉の調子も今一つだったが、演目をすべて歌い切った。

 続いて登場したのは、憎んでも余りあるHIM(ヒナコ&ムー)である。奴等は演奏時間30分と事前に報告していたにも拘らず、延々一時間以上もやりやがって完全にコンサートの主役になってしまった。

 『だいたいヒナコという1組の女は、よそのクラスまで来て態度デカくよくやるなあ』と、日頃皆から図々しいと言われているアグリーでさえ、すっかり感心してしまった。

 彼女達はヤマハが提供する「コッキー・ポップ」というラジオ番組で放送されている曲や、ムーの自作曲を冗談を交え次々と歌う。ギターのチューニングは狂い、演奏は相変わらず酷かったが、ヒナコの声は少し素人離れして妙にセクシーでもあり、最後はオフコースの「でももう花はいらない」で打ち上げた。

 クマはその曲を初めて聴いたが、なかなかいい歌だと思った。やはり歌は曲と歌詞、そしてボーカルの技量であって、些細なギターテクニックなどある意味どうでもいい事なのだ。それをクマ達は思い違いしていただけだった。


HIM そんなあなたが/風のかたみの日記

 そして順番はナッパに回った。彼女は腹山と共に1曲歌うと、あとはソロである。出番を後ろに持って来たのは、先にやって帰ってしまわないようにと、ここでもクマの考え過ぎとも思える、緻密で万全な計算が働いていたのだ。


草原の輝き/風のかたみの日記

 ナッパはあのカラオケ・テープが幾分功を奏したのか、かなり難はあるものの「うたたね団」の伴奏に何とかついてきたが、ラストの「あなた」で勇んでベースを持ち上げたクマは伴奏を断られてしまった。

 「あの~」ナッパは言いにくそうに小さな声で言った。「いいです。伴奏があるとかえって歌えないの。」アグリーをはじめ「うたたね団」は声を上げて笑った。あの練習の状況を考えれば、それは当然と思われたが、センヌキはクマの気持ちを代弁するかのように、「せっかくベースの人が一生懸命やろうと思ったのに!」と恨みがましく非難した。その一言は気の弱い彼にしては、よく言ったと後々まで語り草となった。

 「ゴ、  ゴメンナサイ」ナッパは本当に申し訳なさそうにクマを見た。彼女はこの曲を下手な伴奏などに惑わされることなく、心を込めて歌いたいと考えたに違いない。その時クマはそう思った。

 「深沢うたたね団」は和洋、オリジナル等種々取混ぜて演奏したが、基本的にエレキは得意としておらず、クマはリードギターとベースを持ち替え奮闘したものの、あまり結果がついて来なかった。「・・・6700」も期待した程受けず、ボーカルが殆ど聞き取れない最悪のパフォーマンスを露呈、それでもラストの「オハイオ」をクマとアグリーのツインリードで図々しく9分もやって、またみんなを白けさせた。

 そして最後はクマ達の呼びかけに全員が立ち上がり、チューリップの「心の旅」をシングアウトして、3時間にわたったフェアウェル・コンサートは、すべてのプログラムが終了した。  <続>


SING OUT 心の旅/風のかたみの日記

 

     f:id:kaze_no_katami:20200530211044j:plain