新生老舗レストランを南青山に訪た <その1>

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此処は何処なのか。
キャンドルが揺れているからピアノが鳴って
いるのだろう。
だがそれは現実の音ではないようだ。スペインか
ポルトガルか…30年以前の昔だ。
夢に憑かれたように歩いたフランスの何処かか。
ピアノの調べが遠くなる…。
そして何故か私は古びた階段を登ってゆく。
すると冷やかな風が流れ出し入口に星が見えた…。

仰ぐと紛れもなくそれは元赤坂…。
夜空のタペストリー。

(以上、旧カナユニ・ホームページから引用)

 

 「カナユニ」はオーナー横田 宏 氏が1966年、東京・元赤坂にて創業したフレンチ・レストラン。店名の由来は「カナ」り「ユニ」-クだと言う。後に人気メニューとなるオニオン・グラタンスープをあの三島由紀夫に絶賛せしめ、石原裕次郎を始め数多くの著名人を顧客に抱え、また現在ではすっかり定着した感のあるボージョレヌーヴォーを日本で初めて紹介した等々、この店に纏わる逸話は枚挙に暇が無い。

 そのような店を私が知った切っ掛けは凡そ15年前、勤務先の社長から「M社の社長を食事に招待する事になったので付き合って貰いたい。ついては店を何処にするか何かアイディアはあるか」との提案を受け、長年営業部門を所管する私はそれまでの経験から、和食の懐石であれば先ずスベル事は少ないので、超一流とは言えないにせよ、そこそこの割烹の名を幾つか挙げたところ、客はどうも洋食が好きらしいとの返事。

 『だったらそれを先に言えよ』と内心思いながら、私は「その社長の部下の取締役や部長は知っているので、好み等の情報収集をしてみる」と答えると、彼はそれなら自分の心当たりがある店でいいかと言うので勿論異論無く、後は任せて退出した。

 その日の夕刻、社長がメモを持って私の所に来た。ここを予約したので宜しくと言う。それを見ると、店名に「カナユニ」とあり、併せて所在地、電話番号が記入されている。初めて聞く店名であり、その珍妙な名の意味を訊ねると「かなりユニーク」との回答。

 実を言うと、予てより私は彼の「食に対するセンス」に甚だ疑問多々あり、ましてや「カナユニ」などと言うおチャラけた名の店に対し、一抹どころか大いなる不安を抱いて出掛ける事となった。

 さて、社長に連れられ元赤坂の店の前に着くと、特にそれらしき表示は無く、唯、大きな鍵を模った看板が掲げられていて、その斜め下ある扉を開け階段を下り、次の扉を開けると、目の前に「カナユニ」のほぼ全景が広がった。

 照明は控えめ、各所に置かれた蝋燭の灯りを際立させている。右手にはグランドピアノとコンパクトなPAシステム、左手には一段高いバーカウンターがあり、それを花飾りで区切り四人掛けを基本としたテーブル席という構成だった。

 客二人(社長と常務)は既に来ており、私達は直ぐ食事を始めたが、我が社長お勧め「牛肉のタルタルステーキ」なるメニューをオーダーすると、テーブルの横に折りたたみ式の台を広げ、何と生肉のミンチに微塵切りにした香味野菜か果物らしき物と香辛料を混ぜ皿に盛る。それをパンに乗せて食べるのだ。あまり的確な例えとは言い難いが、朝鮮料理のユッケを思い浮かべて欲しい。勿論、味は全く違う。

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牛肉のタルタルステーキ

 私はなかなか美味しいと思ったが客は殆ど手を付けず、社長のユニークな作戦は見事失敗に終わった(だから懐石料理にしておけば良かったのだ)。しかしエスカルゴや他の料理には満足して貰ったようにも見えた。

 この店のフロアースタッフは全員ブラックスーツかベストに黒の蝶ネクタイを着用、物腰は柔らかく丁寧、客を不快にする要素は微塵にも感じられない熟練のプロフェッショナル達で、勿論料理も雰囲気も素晴しく私は入店後1時間もしないうちにすっかり虜になっていた。

 その夜は二次会も無く無事に終了。社長の店選びのセンスを若干見直した私は、翌朝社長室へ行き昨夜の礼など述べた後、一体どうやってあの店の存在を知ったのか訊ねたところ、以前商社勤務だった頃、同業他社や顧客の同世代で、定期的に「お勧めの店」を紹介しあう会で知ったとの答え、私は「矢張り」と妙に納得した。

 それでも私の「カナユニ」への興味は尽きる事無く、それこそもっと奥床しい(行きたい、見たい、聞きたい、知りたい)気持ちを抑えられず、あれこれ手段を考えるようになった。

 最も手っ取り早いのは、私の顧客か業界他社の知り合いを誘う事だったが、何故か皆大酒呑みばかりで、日本酒、ウイスキー・ワイン、白酒・紹興酒、比較的安価と思われる焼酎も「森伊蔵」や「亀の雫」「百年の孤独」(ガルシア・マルケスのパクリか?)等を腹一杯飲むような連中。

 そのような飲んだくれを「カナユニ」に招待するのは、料理はともかく酒手だけで天文学的勘定になる可能性大で、ゴルフをセットする方が安上がりかも知れないと、情けない事に思わず躊躇せざるを得なかった。<続く>

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