青春浪漫 告別演奏會顛末記 15

 

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8.「♩...♩...」ニッカは必死にリズムを刻んだ

 

 ナッパは正門脇にある自転車置き場の前で待っていた。『いやあ、お待たせしてゴメン。さあ行きましょうか』と言おうとしたクマは、彼女の隣にニッカが立っているのを見て、思わず言葉に詰まってしまった。

 「ニッカが付き添いで来てくれるって。」ナッパは嬉しそうに言った。

 アガタはクマの不運を笑いながら行ってしまい、てっきり彼女が一人で来るものと信じ込んでいたクマは、仕方なしに二人を促して歩き出した。

 尤も考えてみれば、いくら同級生とは言え、男子ばかり屯している場所に女の子一人で行く事に不安を覚えるのは至極当然の事であった。しかし人生経験の浅いクマは、そこまで読み切れなかったのだ。

 『何か話さねば』この機会にナッパとの距離を少しでも縮めたいと焦るクマの前には、お馴染み「インケングループ」の見えない壁が立ちはだかり、彼を拒んでいるかのように二人はケラケラ談笑している。

 『これじゃ唯の道案内だ』クマは意地になって足を速め、付いてくる二人との間には3m、5m、最大10mまでの隔たりが出来てしまった。思わぬ運動のせいで彼のセーターの中は汗だくになり、こんな筈ではなかった20分の道程が彼には途轍もなく長く感じられた。

 漸くセンヌキの家に着くと、待ち構えていたようにアグリーが階段を飛び降りて来て、自分が風邪で寝込んでいた間のクラス合宿の準備の進捗状況を、さも心配そうに尋ねている。

 『いい子ぶるのはよせ!』すっかりいじけたクマは、迎えに行った事を今更ながらに後悔するのだった。

 早速、練習が始められたが、クマの予想通りアグリーは強引に出しゃばってきて、ギターを弾くことになった。

 ところが開始して間もなく、信じられない事実が判明した。ナッパは先天的ともいうべきリズム音痴で、音程はほぼ合っているものの、全く伴奏に乗れない。イントロが終わって歌が出ない。メロからサビへ移る時、走るか遅れる。間奏を、飛ばす。誰かがガイドで一緒に歌うと何とか追いついて来るのだが、本番は一人で歌わなければならないのだ。

 『これは重症だ』相手がナッパでなければ、気の短いクマはとっくに怒鳴り散らしているはずだったが、あくまで微笑みを絶やさず、しかし少し顔を引きつらせながら、何度も同じフレーズを繰り返す。歌い手のリズムや音程の変化に、臨機応変に対応する「NHKのど自慢」でアコーディオンを弾くバンドリーダーの苦労が判るような気がした。しかも「うたたね団」自体にそのバンドの技量も無かった。

 それを見てニッカは手や足を使って、必死にリズムを伝えようとするのであったが、すべては徒労だった。因みにニッカは、ボーイッシュなショートヘアの運動神経抜群の女子で、いつだったかクラス対抗のハンドボールの試合に於いて、見事な倒れ込みシュートを放ち、クマはいたく感動した記憶があった。運動神経とリズム感に関連があるのかは不明だが・・・。

 それはともかく、あのアグネス・チャンの歌声をDOLBY NR ON で録音し、OFF で再生するような声で歌っているナッパも、次第にうつむきかげんになって来て、何やら気まずい雰囲気が漂ってきた時、センヌキの母親が救いの差し入れを持ってきた。

 「センヌキのところには、めったに女の子の来客が無いのに、今日は二人も来て母上が驚いていたじゃない。」何とか場を明るくしようとするクマの冗談に、声を出して笑ったのは意外にもアグリーだけだった。

 クマは反響の少なさを不思議に思いながら、残ったドクターペッパーの姉妹品ミスターピブを飲み干した。  <続> 

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 当時「イースターリリー」という言葉をどうしてもまた使いたかった私は、もう一曲作ってしまった。


もうひとつのイースターリリー/風のかたみの日記

青春浪漫 告別演奏會顛末記 14

 

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7.「ごちゃごちゃ言ってんじゃねーよ」アガタは迫力ある顔にものを言わせた (2)

 

 ナッパとの夢の合同練習当日、クマはアガタの家へ行き、彼が知り合いから引っ掻き集めてくれたギターアンプ類を二人で、センヌキの父親から分捕った感のある「上野毛NAPスタジオ」までバスに乗って運んだ。

 途中、車内でタンバリンを3度も落として思わぬ大騒音を立て、その度に他の乗客から睨み付けられた。いつの世も凡人達は芸術家に冷たい。

 漸くセンヌキの家に着くと、もう既にナッパから電話が架かった後だった。

 「あれえ、学校に寄って来なかったの? ナッパさんにはもうオタクが行ってるって言っちゃったよ。」

 「だってアンプが重くて、とても学校なんか寄れないよ。」

 「すぐ迎えに行って。」

 センヌキとクマが玄関で話していると、二階から聞き覚えのあるイヤラシイ声が聞こえた。

 「俺が行こうか。」なんと何処で嗅ぎつけたのか、アグリーが風邪をおして来ているのだ。

 『彼女を迎えに行く』とは言うまでもなく『学校から上野毛までの約20分間、憧れのあのナッパちゃんと二人で肩を並べ、楽しいお喋りをしながら歩ける』という事を意味する。そこでクマとアグリー、どちらが行くかで、またしても醜い男の争いが始まった。

 「重たいアンプを運んで疲れてるんだろう?」

 「そうでもないけど。アータこそ未だ風邪が治ってないんじゃない? 無理しない方がいいよ。」

 「いや、もう大丈夫だよ。それに今日はあったかいし。」

 「でもセンヌキは、僕が迎えに行ったとナッパに言ったんだから、やっぱり僕が行かないとおかしいんじゃない。」

 「そんな事は関係ないよ。」

 「だったら、オタクが行ってくれば。」不愉快といった表情を目一杯浮かべたクマ。『すべてをお膳立てした挙句、トンビにアブラゲは無いだろう』彼はアグリーのいけ図々しい無神経さが信じられなかった。

 「二人で行こうか?」品の無い眼差しのアグリーが、妙な妥協案を出してきた。

 「なんで? 二人で行く必要なんかないじゃない!」

 センヌキが唯唖然とする中、愚かな二人の戦いは果てしなく続きそうに思われたその時、ついに痺れを切らした深沢全共闘の闘士、アガタが迫力のある顔にものを言わせて断を下した。

 「ごちゃごちゃ言ってんじゃねーよ。クマが行けばいいだろう。」

 クマはその有難い言葉に涙が出る程感謝しながら、うんうんと頷いてアグリーの方を見ると、彼は急に風邪がぶり返したのか、立て続けに咳をしながらスゴスゴと二階へ上がってゆくところだった。

 新聞委員会に用事があるというアガタと学校へ向かう道すがら、クマの目に映る景色は、最早冬ざれた灰色の翳りは消え、すべてが早春の陽光に眩しく輝く町並みであった。

 「もしかしたら、『今』、幸せなのかも知れない。」クマがそう呟くと、アガタはニヤッと笑って余計迫力ある顔になった。    <続>

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 アグリーは昔「このイントロのサウンドは何処に出しても通用する」と褒めてくれたが、やっぱりお世辞だったのかな。 


どうすればいい/風のかたみの日記

青春浪漫 告別演奏會顛末記 13

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7.「ごちゃごちゃ言ってんじゃねーよ」アガタは迫力ある顔にものを言わせた (1)

  

 クマ達はその日、機関誌「DANDY・最終号」編集の為、試験休み中にも拘らず登校した。一番最初に教室に着いたクマは、女子が数名いるのを見て一瞬驚いたものの、すぐに『春休みのクラス合宿の打ち合わせだな』と納得し、何か世間話でもしようかと迷っているうちに、いつの間にか彼女達に背を向けて座っている自分に、相変わらずの不甲斐なさを感じた。否、それ程までに「2-4インケングループ」は、彼の侵入を頑なに拒んでいるかの如く、冷たい雰囲気を辺りに漂わせていたのだ。

 ところが、彼がおもむろにボールペン原紙を取り出そうとした時、突然ナッパを始めニッカ、ホナミといった連中が詰め寄って来た。クマは差し迫った危機感に生唾を飲み込んだ。『何だ、何だ、俺は別に何も悪い事はしていないもんね・・・』

 「あのう、歌の伴奏はどうなっているんですか?」アグネス・チャンの歌声をトレブル目一杯上げたような声が訊ねた。クマは適当な言葉が見つからず、目を少し大きく見開いて『どういう意味?』といった表情を作る。

 ナッパは優しい微笑みを浮かべ、「コンサートの時、伴奏を付けて下さるんですか?」と改めて言った。

 「えっ、あれえ、伴奏、そちらで用意されるんじゃないんですか? だったらこちらでやらして頂いても構いませんが。」クマは緊張すると妙な敬語で喋る癖がある。『それにしても、すべてこちらの思惑通り、なんと我が計算の鋭さ!』彼は思わず笑えて来ちゃってしまいそうな顔を必死にこらえ「それじゃあ伴奏の練習しときます。」と上擦った声で了解した。

 インケンの一団が去って、アガタが例のボーカルアンプを抱えてやって来た。クマはすかさずこの吉報を伝える。すると全共闘は返事の代わりに、手で顎を摩りながらヨダレを啜る得意の音で、それに答えたのだった。

 「DANDY」の編集を終え、午後からセンヌキの家に集まったクマ達「深沢うたたね団」は、ナッパのバックをつつがなく務める為、急遽歌謡バンドに変身。尚、アガタは何とか用事にかこつけ、またしても不参加。

 日頃、歌謡曲や和製フォークソングを軽蔑しているクマは、何の抵抗もなくAm-Dm-F-Eといった類の単純コード進行を受け入れ、まだ風邪でひっくり返っているアグリーの居ぬ間に、すべてのパートを決め、彼の出る幕を無くしてしまった。

 『だけど奴め、きっと出しゃばってくるぞ』とひとり呟いたクマの脳裏に、突然名案が閃いた。

 「ところで諸君」彼は自信に満ちた声で静かに言った。「僕等はこうして練習し、ある程度纏まってきた。しかし、より完璧を期する為には、歌と合わせてみる必要があるのではないか? ついては明日、ナッパをここに呼んで合同練習したいと思う。」

 センヌキは『お前の魂胆は見えてるぞ』という顔つきで、しかし嬉しそうに「それはいい考えだ!」と叫び、他の者はヤレヤレといった感じで了承した。

 その日、家に帰ったクマは早速ナッパに電話を架け、帰宅途中バスの中で考え抜いた説得力のある文言をガトリング砲のようにまくし立て、合同練習の必要性を語った。

 「だから、やっぱり、やっておく必要があると思うんですが・・・」

 「はい、ちょっと腹ブーにも相談してみます。」ナッパは相変わらずアグネス・チャンの歌声のピッチを上げたような声で答えた。

 クマにとっては無論、一部共演する腹山などどうでもいい存在だったが、しかしあからさまにそう言う訳にもいかず、「腹山さんの都合が悪くても、一人でも来て下さいね。」と念をおして電話を切った。

 暫くしてナッパから返事が架かってきた。「腹山さんは来れないって・・・」 『だからどうしたってんだ! 俺は別に腹山の都合なんか聞いちゃあいないんだよ!』と心の中で叫びながら、「それは残念ですね。」とクマは言った。

 「それでナッパさんはどうするんですか?」

 「はい、ええ~っと、一応お願いしようかなって思っているんですけれども。」

 結局、彼女は翌日、クラス合宿の打ち合わせで登校するので、それが終わったらセンヌキの家に電話を入れ、誰かが迎えに行くと話は決まった。

 思えば「DANDY」に書いた記事で彼女に泣かれてから、1か月も経っていない。あの時アガタが言った通り、事態は進展したのだ。遅れ馳せながら訪れた所謂「青春」に、クマは歓喜のあまり大声で叫びたくなるような衝動に駆られた。

 しかし、さすがに夕日に向かって走り出しはしなかった。  <続>

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 ある日、アグリーがカセットデッキとテープを持ってやって来た。話を聞けばセンヌキと二人で新曲を録音したと言う。私はそれにエレキギターを重ね、出来上がったのがこのバラードだ。 


彼等の名は/風のかたみの日記

   

青春浪漫 告別演奏會顛末記 12

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 6.「月の法善寺横丁?」クマは首を傾げた

 

 四月から3年生へ進級にあたり、学校側は卒業後の進路に合わせたクラス編成を行う為、「進学」「就職」、そして進学組は「国公立」「私大」の四年制、短大、また夫々理系、文系別の志望調査を行った。

 出来れば一日も早く数学と縁を切りたいと切望していたクマとアグリーは、迷わず、とはいえ学費の問題もあるので、無論保護者と相談の上、私大文系を選択した。入試は三教科となるが、英語に自信を持っていたクマには、ある程度勝算があった。因みに当時の私大文系の費用の相場は、受験料1万円、学費年間25~30万円程度、その他入学金として数十万円だった。

 センヌキは突然「東大に入りたい。」と宣言、国立文系を選んだ。その理由はといえば、「とにかく東大に入りさえすれば、将来一流企業の何処かには就職出来るはずだから、学生時代一番遊べるのは何と言っても、やっぱり東大だ。」という彼らしく世の中を舐めた現実的なものだったが、幾ら大学教授の息子とはいえ、現役で東大に合格すること自体に現実性がないことには、気付いていないようだった。

 女子の方では国立大学を目指すメガネユキコ以外、殆ど私立大学文系を選んだ。ナッパはどうやら女子短大志望のようであったが、具体的に何処へ行きたいのかは不明だった。『・・・という事は3年でも、ナッパと同じクラスになるチャンスはあるな』クマとアグリーは同じ事を考えたが、互いに口に出すことは無かった。

 尤も、その頃将来をきっちり見据えていたのは、進学せずにプロのミュージシャンへの道を歩み始めた青山純くらいだけだったかも知れない。

 さて、フェアウェル・コンサートの方だが、風邪気味が続いているという理由で出演を留保していたナッパは、ついに英断を下し『原ブー』こと腹山という同じクラスの女子と一部共演する旨を伝えてきた。

 勿論クマやアグリーにしてみれば、大ウエルカムだったが、日頃あまり目立ちたがらない彼女を思うと、一同「へ~え、本当に出るんだ」という印象の方が強かった。演目は、小坂明子『あなた』、チェリッシュ『恋の風車』、お約束のアグネスチャン『草原の輝き』、そして何故か理解不能藤島桓夫『月の法善寺横丁』。

 伴奏は例の変なムーがやるものと思われたが、クマはまさかの時に備え、彼女が届け出た歌の演奏を、「うたたね団」用にアレンジし、人知れず練習を開始した。そして自分のギターやベースに合わせ歌う彼女の姿を想像し、しばらくの間うっとりしていたのであった。『しかし、月の法善寺って、どうやるんだ?』

 いつになく難問が多かった魔の三学期末試験を何とか乗り越え、いざ I,S&Nも本格的に練習をという時、今度はアグリーが風邪をひき寝込んでしまった。

 その間クマは、アガタと共にアガタの中学の同級生で、今は大工をやっているらしいシュウという男に、コンサートで使うボーカルアンプを借りる為、彼の家を訪ねた。

 シュウはバギーのGパンをはいて、ベッドの上に寝転がり煙草を吹かしていた。リーゼント頭の見るからにツッパリ男である。そういう人物、空間に場慣れしていないクマはすっかり縮み上がって帰ってきた。アンプは気前よく借してもらえたのだが、雨が降り出して来た為、数日内にアガタが学校まで運んでくれる事になった。    <続>

  

  スティーヴン・スティルスが弾くブルース・ギターに憧れていた。取敢えず同じチューニング(DADDAD)にすれば何とかなると考えたが。


Open D/風のかたみの日記

  

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青春浪漫 告別演奏會顛末記 11

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5.「青山純がいるのに」誰もがそう思った

 

 実質二ヵ月位しかない三学期は瞬く間に過ぎた。その間クマは、オリジナル全8曲からなる一人多重録音のテープ第二弾を、極一部の学友諸君に対し緊急発表し、アグリーも新曲を二つ作った。

 アグリーは20世紀最大のメロディーメーカーを目指すと豪語するだけあって、結構キャッチーなメロディーラインを得意としており、それはクマも認めざるを得ないところで、二人の関係は辛うじて「音楽」を通じて繋がっていた、と言っても過言ではないだろう。

 一方、アグリーはクマのアレンジセンスや演奏技術に一目置いていた。かって高校1年当初、クマが学校に愛用のギター(S.ヤイリ YD-304)を持って行き、休み時間ケースから取り出すと、すかさず5~6名の男子が集まった。その中でクマがおもむろにP.サイモンの「休戦記念日」というDチューニング(DADF#AD)を使った曲を弾き始めると、一人「サイモン買ったの?」と聞く男がいて、「うん」と答えた。それがクマとアグリーの最初の会話だった。

 アグリーの音楽のルーツはビートルズに始まり、ボブ・ディランサイモン&ガーファンクルビーチボーイズサンタナカーペンターズ、ブレッド、シールズ&クロフツetc.と幅広く、レコードには惜しみなく小遣いをつぎ込んでいた。

 クマもまた一応は何でも聴いていたが、サイモン&ガーファンクルにのめり込んだ後、C,S,N&Yにハマり、広く浅くよりは狭く深い、楽器、演奏、ハーモニーといった技術系に興味があった。

 二人に共通していたのは、洋楽好きで当時流行っていた日本のフォークソングなどは、加藤和彦や駆け出しのオフコース等、極一部を除いて殆ど聞かない、という点であったが、それに引き換えセンヌキにとっては吉田拓郎が神様で、そこがクマやアグリーから「アンタはボブ・ディランを聴いた事が無いのか?」とバカにされる要因の一つでもあった。

 二月頃になると軟弱集団「深沢うたたね団」自体、いつの間にかバンドみたいになっており、I,S&Nはアコースティック主体、「うたたね団」はエレキを使ったロック色の強いもの、といった一応の色分けがなされていた。

 そもそも何故「深沢うたたね団」なのか。答えは至極簡単で、当時高田渡山本コータロー等が吉祥寺付近で結成した音楽集団「武蔵野タンポポ団」を真似したに過ぎず、「うたたね」=「NAP」=「ナッパ」はクマが偶然発見した後付けの理由であった。

 因みにお馴染み機関誌 「DANDY」のインチキ音楽情報欄には次のような記事が掲載されている。

 1月15日付「転がる石ころ誌」が伝えたところによると、ロックンロールを主体とした新グループが成された。名前は「深沢うたたね団」

 メンバーはギター(クマ、アグリー、カメ)

 ベース(センヌキ)パーカッション(トシキ)

 リードギター(アガタ)ボーカル(ダンディー

 全共闘のアガタはクリームやツェッペリンが好きだと公言していたが、クマは一度「天国への階段」という曲をコピーしてくれと頼まれ、TAB譜の無い時代、生ギターの部分だけ耳コピして五線譜に書いて渡したことがあった。しかしアガタのギタープレイを聴いた者は一人もおらず、誰も期待していない、かなり怪しいリード・ギタリストだった。

 それはともかくメンバーを見て、誰もが思った『ドラムスは?』

 ロックバンドにとってドラムが無い、という事は致命的欠陥である。しかし、いないものはいないのだ。否、厳密に言えばそれは嘘になる。彼等の2年4組には青山純という男がいた。小柄でいつも濃紺系の地味な服装をしていたが、眉毛がキリッとした所謂ハンサムボーイで、それでいて女の子が夢中になっているという噂は無かった。

 クマ達はそれ程親しくはしておらず、ただ、彼がヤマハの音楽スクールに通っている程度の情報しか持っていなかったが、何かの折、青山がクマに「クロスビーとかやってるの?」聞いた事があった。クマは『うん』と頷きながら「今、何か活動してるの?」と尋ねると「屋上のビアガーデンとかで頼まれて叩いている位。」と自嘲気味に笑った。

 それでも高校2年生で既にセミプロであり、クマ達オチャラケ・バンドと遊んでいる暇など無かったのだった。

 クマもさすがに「一緒にやろう」とは言い出せなかった。その後、彼が日本のミュージックシーンに於いて一流のセッションドラマーになるとは、誰一人想像だにしていなかった。  <続>

 

  アグリーの作品の多くはデモテープだけで音源化されていない。これはそのテープをもとに随分後になって私一人で編曲、演奏、そして録音したものである。目指すは作者の意図を忖度して勿論ペット・サウンズだ。


渚の乙女/風のかたみの日記

 

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       写真は青山純氏(卒業アルバムから)

青春浪漫 告別演奏會顛末記 10

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4.「許せない!」クマはジェラシーの炎に身を焦がした (2)

 

 投稿された「悲しい夢」に対する『夢判断』を、アグリーは次のように「DANDY」に書いていた。 

 天国の花園より夢見る少女へ・・・

 若い日々の一つの愛は、

 あなたを今まで行ったことの無い所へ連れていってくれる

 愛を与える為愛に生き、愛に生きる為、

 あなたは愛の化身となる。

 夢は眠りの為にあり、愛は涙を流すことの為に・・・。

 そして愛とは愛されたいと願うこと。

 恐れと涙の伴わない愛は真の愛ではない。

              with Love   DAY DREAMER 

 『何なの、これは』刷り上がった紙面を見てクマは激しく怒った。『何が with Love だ。 何処が判断だ。これは公私混同だ。だいたいやり方が汚いじゃないか』

 その上アグリーが、その投稿を自分の家に持って帰ってしまった事も気に入らなかった。クマは決して変態趣味ではないが、それがもしナッパの物であるとしら、彼はきっと彼女がかんだ鼻紙でも、他人が自分の物にすることを許せなかったであろう。

 更に、今度の春休みに再びクラス合宿が行われることとなり、その責任者の中にナッパとアグリーが入っていて、放課後などに時折数名で集まり、楽しそうに打ち合わせをしているのだ。

 『許せない』クマは燃え盛るジェラシーの炎に身を焦がしていた。

 そこで彼は「深沢うたたね団」団員のトシキを誘い、あるイタズラを実行することにした。その日クマは家に帰ると、例の返事に書かれてあるナッパの字を小一時間睨み続け、彼女の筆跡をほぼ完璧にマスターした。

 そして『夢判断』に再び彼女が投稿したかのように見せる為、時間も空間も超越したあたかも本物の夢のような内容の文章を書いて、翌日こっそりと投書箱に入れておいた。

 果たして、それを最初に見つけたのは、またしてもアグリーだった。彼はクマとトシキが観察しているとも知らず、ちらっとその紙片を見るや再びポケットにねじ込み、編集部に届けるどころか家に持って帰ってしまった。

 『ヤツめ、この間の投稿と見比べて、筆跡を鑑定する気だな』クマとトシキは顔を見合わせてほくそ笑んだ。

 ところが数日経ってもアグリーは、一向にそれを持って来ようとはしない。「DANDY」の編集の日まであまり日数が無かった。『アグリーは前回に勝る、超弩級の判断を考えあぐねているのか』それとなく探りに出たトシキに何も知らないアグリーは「投稿があったけど、ナッパのものではないようだ。」と漏らした。

 最初クマは自分が作文した「夢」をアグリーがナッパのものと勘違し、得意になっている時、種明しをして皆で大いに笑ってやるつもりだった。しかしトシキから報告を聞かされて、再び腹を立ててしまった。

 『アイツは何の権限をもって、ナッパ以外の投稿を勝手にボツにするのか』しかしそれと同時に、あまりにも子供じみたイタズラをしたという自責の念にもかられたのであった。

 そして木曜日の放課後、いつものように「DANDY」の編集が始められると、アグリーは多少悪びれた態度で皺くちゃになったクマが書いた「夢」を持ってきた。アグリーが去った後、その紙片はクマの手の中で引き裂かれていた。  <続>

 

  今回は恋敵同士仲良くギター2本、2パート・ハーモニーを、珍しくオーバーダビング無しの一発録りで。


雨の街角/風のかたみの日記

 

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青春浪漫 告別演奏會顛末記 9

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 4.「許せない!」クマはジェラシーの炎に身を焦がした (1)

 

 フェアウェル・コンサートへの出演依頼に対するナッパの回答は、直接伝えられる事はなく、アガタが何処からかクスねてきた郵便受を、教室の壁に取り付け「DANDY」 投書箱と書いた中に入っていた。

 最初にそれを取り出したのは、その時点では未だ正式な編集部員ではなかったアグリーだったが、その時彼は返事が入った封筒とは別に、折りたたんだ便箋を見つけた。そしてそれは前週から 「DANDY」が始めた『夢判断』に寄せられた「夢」であった。

 『夢判断』とは言うまでもなくG.フロイトの著書だが、「DANDY」では自分が見た「夢」をクラスメイトから募集し、独断と偏見で勝手な分析を加え紙面に発表する、という触れ込みの企画であった、

 しかし尤もその頃、編集部でフロイトを読破した者などおらず、辛うじてクマが、Eフロムの『夢の精神分析ー忘れられた言語ー』に目を通した程度だった。それでも彼は「フロイト流はどうしても性的な部分に触れざるを得なくなるからね。」とあたかも読んだかの如く知ったかぶりを言ったりした。

 ところでアグリーはその便箋に素早く目を通し、そこに書かれた文章を読んで、直観でナッパのものだと判断を下した。 

 

       悲しい夢

  夢の中で 私は泣いていました

  夢の中に 誰か立っていました

  私は見上げて聞きました

  どうしてあなたは人を愛さないの

  その人は答えました

  君だって人を愛すのが恐いんじゃないか

  涙で霧がよけい濃くなりました

  悲しい夢でした

                 匿名希望

 

 いかにも少女趣味で、気持が悪くなりそうな内容の便箋を、アグリーは汚いGパンのポケットにねじ込み、取敢えず出演依頼の返事だけをダンディーやクマの所に持って行くことにした。然したる理由は無い。唯、クマに直ぐ見せたくなかったのだ。

 一方、クマはクマでナッパがアグリーの所に直接返事を持って来たのかと思い、不快な気分になったが、しつこく問いただした結果そうではないと知って、ひとまず安心したのだった。

 出演への回答はこれまた見るからに少女趣味な便箋に、「風邪気味が続いている為、歌う事が出来るかどうか判りません」と書いてあり、自分の名前の下に洒落で設けた保護者欄に「ジョージ・マチバリ」と署名されていた。「どういう意味だい?」と尋ねたセンヌキに「ジョージ・ハリソンが好きなんだよ。」とクマは何の確証も無いことを言った。

 編集部で一応回し読みが済むと「かわいい便箋で良かったね」とダンディーがクマにそれを渡してくれた。

 そしてその日の放課後、いつものように「DANDY」のガリ版切りが始められると、アグリーは例の便箋を出してきて、そこに書かれてある「夢」に対するコメントを勝手に自分で書き始めた。「夢判断」はダンディーの担当と決まっていたが、人のいい彼はアグリーの成すがままにさせている。

 クマはその便箋に興味津々なくせに、まるで平静を装い精一杯クールな態度でそれを読んだ。『確かに見覚えのある筆跡だ』先程の返事と見比べたが、しかしナッパのものであるという確証は無かった。『それにこの八行の夢は実際に見たというよりは、どちらかと言えば詩ではないのか』彼は考えた。『もしこれを書いたのが本当にナッパならば、一体何が言いたいのだ。夢の中に立っていた「その人」とは誰なのか。ナッパは「その人」のことを愛しているのか。そもそもこれを投書箱に入れたという事は、誰かに読んで貰いたかったのか』

 そこまで考えてクマは急にバカバカしくなってきた。誰がこれを書いたにせよ、単なる遊びで投稿したかも知れないのだ。それよりもアグリーの陰険なやり方の方が問題である。だんだん腹が立ってきた彼は、そこに唯『匿名希望』とだけ書いてあるのを見て「自分の名前も書かず匿名希望なんていうバカがいるかい。」とトゲトゲしく言った。するとアグリーは、まるで自分に対する非難に答えるかのように「いいだろう!」と強く言い放ったのだった。

 結局その投稿がナッパのものである事を証明するものは何も無かった。しかしこれまで「DANDY」の編集に殆ど関係してこなかったアグリーが、今回ナッパからのものらしき投稿がきて、急に出しゃばってきた事に対し、クマは不愉快この上なかった。<続>

 

 「夢」について書いた歌詞に、クラシカルなギターフレーズを使いたいが為だけに、無理やり一曲でっち上げてみた。 


君に歌う子守歌/風のかたみの日記

 

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