13.「あのさあ・・・」ダンディーはそう切り出した
フェアウェル・コンサートが終わって数日間、クマはライブレコーディングした2本の90分テープを何度も繰り返し聴いていた。アグリーは凡そ20名からこの録音テープの注文を受けていたが、そのままダビングするのではなく、編集して何とか1本にまとめたかったのだ。
しかし明らかに不要な部分を削っても、半分の90分内に収めるには演目をカットするしかなく、出来ればそれは避けたかった。長時間録音が可能な120分のカセットテープがある事は勿論知っていたが、著しく耐久性に欠ける事は誰もが認めるところであり、散々悩んだ末、最終的には仕方なくそれを採用することに決めた。値段はテープの仕入原価のみとし、手間賃等は一切勤労奉仕だった。
そしてその頃、全く違う目的を持って、あの「2-4インケングループ」と呼ばれていた集団が、クマの知らないところで、まるでボランティアのような活動を開始していた。
2年4組最期のクラス合宿の前日、ドリフターズに「志村けん」という名の新メンバー加入を伝えるニュースを見ながら、クマとアグリーはオーダーされたテープのダビングを全て終えた後、久し振りにサイモン&ガーファンクルの歌を、遊びで録音していた。
するとそこへダンディーから電話が架かってきた。
「あのさあ・・・ニッカから頼まれて電話してるんだけど。」ダンディーはいつものように淡々とした口調で言った。「女の子達によると、ナッパさんは君ともっと親しくなりたいと思っているらしいんだけど、自分からは言い出せないし、合宿が終わったら君の方から誘って貰えないか、という話なんだ。」
クマは最初ダンディーとニッカの恋愛の話かと思った為、その言葉に面食らった。しかし、そう言えばコンサート終了後、ニッカがセンヌキにナッパを「深沢うたたね団」に入れてくれないかと依頼してきた件や、ナッパが物憂げな表情で夕日を見ていた事など勘案すると、思い当たる節が全く無い訳でもない。
『もしかして、そういう事だったのか』
「2-4インケングループ」は、そんなナッパの想いを汲み、いつまでも煮え切らず優柔不断なクマの背中を押す為、ダンディーに相談を持ち掛けたのだろう。「良かったじゃないか。」と言うダンディーにクマは礼を言って電話を切った。
ポール・サイモンの歌のように『Someting so right=何かが上手くいく事』に慣れていないクマは、自分の置かれている立場を未だよく理解出来ないままアグリーの元に戻って、その話をそのまま伝えた。
「やったじゃない。」アグリーはそう言って喜んでくれた。クマは申し訳ないような気がした。
二泊三日のクラス合宿は南房総にある他の都立高校が所有する寮を借りて行われ、引率は担任のカギ付きサナダ虫。クマ達は彼に、ワインの差し入れという粋な計らいを用意していたが、それはフェアウェル・コンサートの会場を確保してくれた彼への感謝の気持ちだった。
参加者は「うたたね団」と「インケングループ」 + 4~5名。何故かセンヌキは参加しなかった。特に事件は起きず、唯一「目隠し鬼」で鬼になったアグリーは足元がよろけ、誤ってナッパのジーンズのロングスカートの中に頭を突っ込むというハプニングがあった程度で無事終了。最終日の夜、国鉄で渋谷駅まで戻り解散となった。
そこから各人バスや電車で帰宅するのだが、クマとナッパが乗る路線には他に男子2名が一緒の筈だった。ところが帰路が違う女の子達が、その2名に一緒に帰ろうと声をかけ、クマは期せずしてナッパと二人っきりになる事が出来た。恐らく事前に女子の間でそこまで打ち合わせをしていたのだろう。
二人は三軒茶屋でバスを降り、クマはナッパの家がある三宿まで送って行く途中、遂に勇気を振り絞って春休みのデートを申し込み、ナッパは長い間それを待っていたかのように大きく首を縦に振った。
これから先の事は判らない。しかしこの二人が新たな世界へと舵を切った事だけは確かだった。
至福の輝きか、或いは更なる昏冥に向かって。 <完>
物語の終わりは数少ないハッピーな歌で。