「こんど、君と」(前編)

 ♪ あの人に会える だからここに来る ♪

 2019年6月27日、全国レベルで展開する「ENCALL!ENCALL!」とタイトルされたコンサートツアーの一環、埼玉公演を生で視聴しに、私はここ埼玉スーパーアリーナへやって来た。そしてそれから3年余り、2022年10月19日、再び同じ場所に立っている。

    

              

 今回、タイトルこそ「こんど、君と」に変わったが、変わらないのは、このコンサートの主。数々の最高齢記録を次から次へと塗り替え続ける、伝説のシンガーソングライター、ご存じ小田和正だ。

 尤も、このツアーに限って言えば、前回、愛媛・松山での最終公演に於いて小田本人が予告した「また会おうぜ」との言葉を実現する形で開催される為、ある意味想定内であり特段驚くにはあたらない。折しも新型コロナに対する制限も緩和され、8年振りのオリジナルアルバム「early summer 2022」の6月15日リリースを発表。正に機は熟したとはこのことか。

 やがてツアーの全容が明らかになる。6月3日福島をスタート、12月1日沖縄まで全国15か所32公演、総観客動員数30万人だという。昔からのオフコースフォロワーとして、こちらがすべき事は唯一つ。チケット発売日の情報を見逃さず確実にそれを入手するだけである。

 そこで私は一般より早く販売が始まるチケットサービス会社の会員に登録をし、いつも一緒に行く大学の同級生に至っては、ツアーを主催する事務所の有料会員になってこれに備えた。結果的にはこれが功を奏した。10月中旬のコンサートチケットを夏が始まる前には押さえる事が出来たのだ。

            

 ツアーは予定通り始まり順調にスケジュールをこなしているようだった。それを伝えるマスコミ等のレポートはどれも好意的で、年齢を感じさせないあのヒマラヤ山脈のようなテノールやステージでの運動量を称賛する記事ばかりである。だが、それが出来なくなった時、小田和正というミュージシャンは人前で歌う事を止めると私は思う。

 猛暑が続いた7月が終わる頃、思いもかけないニュースが飛び込んできた。ツアーメンバー1人が新型コロナウイルスに感染したのを受け、全員CPR検査を受けたところ何と小田本人の陽性が判明したとの由。

 この影響で8月中旬までの東京、沖縄の4公演が開催見送りになるという。本人の細かい容体は判らないが、早々に自宅に戻り療養中らしい。大した事はなさそうだ。しかしである、小田和正は今年75歳なのだ。同世代の吉田拓郎財津和夫も寄る年波に逆らえず、第一線から引退すると宣言している。そこへ持って来て新型コロナ。後遺症が残っても何の不思議もない。

 だが、私の不安は幸い取り越し苦労に終わり、ツアーは再開された。恐るべし小田和正

 やがて埼玉公演まで凡そ1ヶ月となった9月14日。気象庁は日本の南海上にある熱帯低気圧が台風に発達したと伝えた。この台風14号は日本に近づくに連れ勢力を拡大し、9月17日午後には中心気圧910hp、最大瞬間風速55mにまで達した。

 かかる状況下、同庁は同日「経験したことがないような暴風雨・波浪・高潮の恐れ」があるとして記者会見を開き、九州南部・北部に特別警報を発表した。

 何の因果か翌18日、小田のツアーは福岡マリンエッセでの公演を控えていたが、17日中に中止を決定しHPで伝えた。混乱を避ける為には仕方がない措置であり、誰もが納得した筈だ。

 ところが偶々同日、福岡paypayドームでは何とあの矢沢永吉のツアーが予定されていたのだ。矢沢サイドは当日18日の昼になって「コンサート実施を希望する声が多く、自分の判断で安全と帰路を確保出来る人は来て欲しい。来場出来ない人には払い戻しをする」と発表。結果的に台風直撃は免れたものの地下鉄等の公共交通機関は運休、頼みの綱のタクシーは殆ど捕まらず、多数の帰宅難民が発生。一説には地元住民用の避難所が「E.YAZAWA」とプリントされたタオルで一杯になったという。

 この件はニュースにもなったのでご存じの方も多いだろう。勿論、小田が正しく矢沢が間違っていると言いたいのではない。また画一的なマニュアルで安全が担保出来る訳でもないだろう。しかし万単位の人が絡む話なのだ。会場夫々の立地を鑑み判り易いルールを整備してもいいのではないだろうか。

 そんな事を漠然と考えながら、私は来る10月19日、何事も起こらない事を願っていた。<続>