連載を終えて

f:id:kaze_no_katami:20200612084934j:plain

 遠い日の夏、私はこの「青春浪漫 告別演奏會顛末記」という物語を書いた。きっかけは当時一浪中だった元学級委員メガネユキコ女史から「フェアウェル・コンサート」のライブ・テープの追加注文の連絡を受け、理由を訊けば、同級生だった女子が入院治療中なので見舞いに持って行きたいと言う。

 私は辛うじて大学生になっており、しかも夏休み中バイトもせず家でブラブラしていたので、二つ返事で承諾した。そしてテープをダビングしている時、ふと、これだけではあまり芸が無いなと考え、コンサートの裏話を面白おかしく書く事を思いついた。

 高校時代の日記、機関誌ダンディー、授業中に交換した様々なメモ、未だ鮮明だった記憶を辿って、およそ一週間ででっち上げ、直筆したノートを持って、わざわざ大学の図書館に行きコピーを取った。現在のように近所にコンビニなど無い時代である。

 無いと言えばパソコン、携帯電話といった今ではあって当然の物も存在すらしていなかった為、コミュニケーションを取るには直接会うか、家の固定電話を使うか、または手紙を書くかに限られていた。

 ともあれ、時は流れ、季節は廻り、こうして衆人の目に駄文を晒すことに抵抗を感じない年齢になって、非常に感慨深いものがある。本当は写真等もふんだんに添付したかったが、被写体となった人達の了承を取ろうにも、連絡先が判らず断念した。

 ただ文中に多く登場する敵役的存在「アグリー」のモデルになった親友には、電話で「貴方の事をボロクソに書いているよ。」と報告すると、笑って承諾してくれた。

 尚、この物語は限りなく現実に近いフィクションであることを申し添える。

 

 上記の文章は私がこの物語を初めて「はてなブログ」に投稿した2017年1月に書いたものである。それから三年が経過した今、再掲する理由は既に述べた通りだ。 

kaze-no-katami.hatenablog.jp

  その結果、多くの方々に読んで頂き、私の目論見は大成功、想像した以上に達成感を得る事が出来た。これもひとえに読者の皆様のご厚情の賜物であり、誠に有難く、どのようにして謝意を伝えるべきか、私は未だその言葉を見つけられないままである。

 今回再掲するにあたって、前回と大きく異なる点は、当時我々が作った拙い楽曲までも添付した事で、厚顔無恥の度合いは殆ど老害レベルにまで達したと言えそうだ。

 実を言うと私は、昨年幾つかの中長期計画を立てた。その内の一つが、これまで一緒にプレイした仲間達に声をかけ、各人自分がやりたい曲を持ち寄って演奏、録音、CDを作ろうというプランである。現在我が家には、高校時代から見れば夢のような楽器や機材が揃い、DTMという助っ人も控えている。これならば時間や費用を気にすることなく、好きなように出来るのではないかと考えたのだ。

 そのメンバーの中には、20世紀最大のメロディーメーカーになる筈だったアグリー氏も当然含まれており、私は今年の年賀状に「音楽をやりましょう」と書いて出状していた。全く「三つ子の魂百まで」の言葉の通り「レコーディングごっこ」は幾つになっても止められないようである。

 しかしその後、新型コロナウイルス禍という不可抗力によって計画は頓挫したままである。いつの日か実現したいと考えているが、物語の中で少し触れたドラマーの青山純氏は、残念な事に57歳という若さで鬼籍に入り、我々もいつ何時、何が起きても不思議ではない年齢に差し掛かっている。あまりウカウカしてもいられないのだ。

 ところで今回、1ヶ月にも満たない期間であったが、所謂「連日投稿」は私にとって初めての試みだった。文章自体は出来上がっているものの、一部を手直しすると後々迄書き直す羽目になったり、何よりもYouTube用の動画作成に時間をとられ、かなりのハードワークだった事は否めない。

 そこで、ここは少し休憩し、頭を休ませて、今後に備えようと考えた次第。取敢えずは先ず、部屋中に散乱しているカセットテープや写真の片付けから始めようと思う。

 さて、最後はこれまでのミュージック・ライフで得た教訓「自分で弾かない、歌わない」に基づき、コンピュータに打ち込んだ自作の古典的正統派バラード「A Memory You Left」で締める事としたい。

 それではまたお会いしましょう。


A Memory You Left/風のかたみの日記

 

     f:id:kaze_no_katami:20200605164702j:plain

青春浪漫 告別演奏會顛末記 21

f:id:kaze_no_katami:20200612084934j:plain

      f:id:kaze_no_katami:20200528140204j:plain

 13.「あのさあ・・・」ダンディーはそう切り出した

 

 フェアウェル・コンサートが終わって数日間、クマはライブレコーディングした2本の90分テープを何度も繰り返し聴いていた。アグリーは凡そ20名からこの録音テープの注文を受けていたが、そのままダビングするのではなく、編集して何とか1本にまとめたかったのだ。

 しかし明らかに不要な部分を削っても、半分の90分内に収めるには演目をカットするしかなく、出来ればそれは避けたかった。長時間録音が可能な120分のカセットテープがある事は勿論知っていたが、著しく耐久性に欠ける事は誰もが認めるところであり、散々悩んだ末、最終的には仕方なくそれを採用することに決めた。値段はテープの仕入原価のみとし、手間賃等は一切勤労奉仕だった。

 そしてその頃、全く違う目的を持って、あの「2-4インケングループ」と呼ばれていた集団が、クマの知らないところで、まるでボランティアのような活動を開始していた。

 2年4組最期のクラス合宿の前日、ドリフターズに「志村けん」という名の新メンバー加入を伝えるニュースを見ながら、クマとアグリーはオーダーされたテープのダビングを全て終えた後、久し振りにサイモン&ガーファンクルの歌を、遊びで録音していた。


コンドルは飛んでゆく/風のかたみの日記

 するとそこへダンディーから電話が架かってきた。

 「あのさあ・・・ニッカから頼まれて電話してるんだけど。」ダンディーはいつものように淡々とした口調で言った。「女の子達によると、ナッパさんは君ともっと親しくなりたいと思っているらしいんだけど、自分からは言い出せないし、合宿が終わったら君の方から誘って貰えないか、という話なんだ。」

 クマは最初ダンディーとニッカの恋愛の話かと思った為、その言葉に面食らった。しかし、そう言えばコンサート終了後、ニッカがセンヌキにナッパを「深沢うたたね団」に入れてくれないかと依頼してきた件や、ナッパが物憂げな表情で夕日を見ていた事など勘案すると、思い当たる節が全く無い訳でもない。

 『もしかして、そういう事だったのか』

 「2-4インケングループ」は、そんなナッパの想いを汲み、いつまでも煮え切らず優柔不断なクマの背中を押す為、ダンディーに相談を持ち掛けたのだろう。「良かったじゃないか。」と言うダンディーにクマは礼を言って電話を切った。

 ポール・サイモンの歌のように『Someting so right=何かが上手くいく事』に慣れていないクマは、自分の置かれている立場を未だよく理解出来ないままアグリーの元に戻って、その話をそのまま伝えた。

 「やったじゃない。」アグリーはそう言って喜んでくれた。クマは申し訳ないような気がした。

 二泊三日のクラス合宿は南房総にある他の都立高校が所有する寮を借りて行われ、引率は担任のカギ付きサナダ虫。クマ達は彼に、ワインの差し入れという粋な計らいを用意していたが、それはフェアウェル・コンサートの会場を確保してくれた彼への感謝の気持ちだった。

 参加者は「うたたね団」と「インケングループ」 + 4~5名。何故かセンヌキは参加しなかった。特に事件は起きず、唯一「目隠し鬼」で鬼になったアグリーは足元がよろけ、誤ってナッパのジーンズのロングスカートの中に頭を突っ込むというハプニングがあった程度で無事終了。最終日の夜、国鉄で渋谷駅まで戻り解散となった。

 そこから各人バスや電車で帰宅するのだが、クマとナッパが乗る路線には他に男子2名が一緒の筈だった。ところが帰路が違う女の子達が、その2名に一緒に帰ろうと声をかけ、クマは期せずしてナッパと二人っきりになる事が出来た。恐らく事前に女子の間でそこまで打ち合わせをしていたのだろう。

 二人は三軒茶屋でバスを降り、クマはナッパの家がある三宿まで送って行く途中、遂に勇気を振り絞って春休みのデートを申し込み、ナッパは長い間それを待っていたかのように大きく首を縦に振った。

 これから先の事は判らない。しかしこの二人が新たな世界へと舵を切った事だけは確かだった。

 至福の輝きか、或いは更なる昏冥に向かって。  <完>

      f:id:kaze_no_katami:20200531131525j:plain

 

 

 物語の終わりは数少ないハッピーな歌で。


初めての待ち合わせ/風のかたみの日記

青春浪漫 告別演奏會顛末記 20

f:id:kaze_no_katami:20200612084934j:plain

      f:id:kaze_no_katami:20200528140204j:plain

12.「Don't Think Twice, It's All Right」クマは呟くように口ずさんだ 

 

 とにかく終わったのだ。アグリーはコンサートを録音したテープの注文を取って回っていた。クマのところにはヒナコとムーがやって来て、「3年で同じクラスです、よろしくお願いします。」と挨拶した。彼はその事を知らなかったが、珍しく愛想笑いを浮かべて新しい同級生に「こちらこそよろしく。」と返答した。

 その後、ナッパが例のカラオケテープを返しに来た。「これ表の方も聞いちゃった。いい声ね。」クマは予想通りの成り行きに『それで、ほら、他に何か言うことはないの? 例えば、私も実は前からクマさんの事が好きだったとか、春休みにデートに誘って欲しいとか・・・』と期待したが、やはり何も無かった。

 それは本来クマが言うべき言葉だったのだ。しかし彼はこの期に及んで尚、自分の気持ちを悟られまいと、わざと怒った振りをしただけだった。

 後になって聞いた話では、その時ニッカがセンヌキに、ナッパを「うたたね団」に入れてくれるよう頼んできたが、取敢えず高校生活での青春に決別したつもりの彼は「僕達はもう解散するんだ」とだけ答えて、その申し出を断った、という事も起きていた。

 カメは大阪へ行く為、そそくさと帰っていった。

 後片付けが行われている間、ナッパはニッカと窓辺にもたれ、思い悩んだような顔をしてうなだれていた。暮れ惑う黄昏は、空と雲と彼女の頬を紅に染めている。それは唯、別かれ別かれになるという感傷に浸っていただけなのかも知れないが、クマは何か言いたげだなその表情が強く心に残った。それ以外の者は心の中はどうであれ、何となく晴々とした顔つきだった。

 楽器や機材を再び学校のリヤカーに積み込むと、「うたたね団」はヒナコとムーに手伝わせてセンヌキの家へ向かった。ナッパはさよならさえ言わずに帰ってしまった。

 そしてヒナコとムーの二人はセンヌキの家のNAPスタジオで、録音されたばかりのテープを聞くや、地獄の光景を見たのだった。「うたたね団」の面々が互いに口汚く、けなし合いを始めたのである。

 「なんだこれは! センヌキは完全に間違ってるじゃないか。」

 「ゴメンよ! 間違ったもんはしょうがないじゃん。それよか何でクマの声ばかりデカく入ってんの?」

 「そうだ、クマの奴が一番感度のいいマイクを取ったんだ。汚ねえ野郎!」

 「違うよ、俺の方が声量があるんだよ。蚊のなくような声でボソボソ歌ってんじゃないよ!」

 「いや、クマはいつも自分さえ良ければいいと思ってんだ。」

 「悪かったねぇ。でもボーカルのバランスを調整するのは、ミキサーのトシキの仕事だろう。」

 「僕は知らないよ。もともとみんな下手なんじゃない?」トシキは核心を突く鋭い一言を発した。

 「なに~っ!!」

 「いや、そうだ。この曲の時はカメがボリュームをいじってたんだよ。」

 「そうかカメの責任か。」

 「うん、カメが一番悪い。」

 もとより喧嘩になる筈もなかったが、無事欠席裁判が済み少し落ち着くと、リヤカーを返しに学校へ戻り、全員近くの駒沢飯店に行ってタンメンを食べた。この店の売りは隣接する日体大女子寮に寄宿する学生の要望に応え、質より量で勝負する事だった。

 食べながらセンヌキとダンディーは、来年の大学受験について話していた。クマはそれに加わろうと、二、三言葉を探したが、すぐに止めてしまった。彼にとって今、受験などどうでもよかったのだ。『もうすべては終わったのだ』そんな感慨がこみ上げてきた。

 店を出て、アグリーがギターを2本持っているのを見たクマは、「オタクまで1本持って行ってやろうか? 俺は全部センヌキのところに置いてきたから。」と声をかけた。しかしアグリーは何故かその申し出を断った。本当はクマは誰かと一緒に帰りたい気分だったのだ。

 そこで解散した。もうI,S&N も「深沢うたたね団」も共に演奏することはないだろう。クマは黒いVANのダッフルコートの襟を立て、花冷えのする桜並木の一本道を深沢八丁目のバス停に向かって歩き出した。

 去年の秋、文化祭の準備で帰りが遅くなった時、ナッパと二人で歩いたこともあった。あの時、一体どんな会話をしたのだろうか? 何も思い出せなかった。そして今、この夜にひとり・・・。

 頭の中では一つの時代が終わったという実感のみが鈍く響いていた。心を燃やし、費やされた時間が、決して無意味ではなかったことを彼は知っている。しかし、今にして思えばこの二年間の喜び、悲しみ、そして苦しみなど、どれも些細な出来事に対する感情に過ぎなかった。

 「Don't  think  twice,  it' all  right 」昔聞いたボブ・ディランの歌を呟くように口ずさみながら、信号のところで立ち止まった彼は、「カフェテラス・ロッシュ」で幸せそうに食事をする見知らぬ若い二人の影に小さく微笑んだ。

 遠くから爆音と共にヘッドライトの明かりが次第に近づいて、やがて一瞬、目の前にオレンジ色のギャランGTOが姿を現し、歌声を掻き消して走り去った。

 そして、そのダックテールのリアデッキが国道246号線を多摩川に向かって小さくなってゆくのを、クマは唯ぼんやりといつまでも見送っていた。

  本当にすべては終わってしまったのだろうか。  <続>

     f:id:kaze_no_katami:20200530211249j:plain

 

 

  さて、今回はあの夜クマが口ずさんだという曲を歌ってみた。


Don't think twice, it's all right/風のかたみの日記

青春浪漫 告別演奏會顛末記 19

f:id:kaze_no_katami:20200612084934j:plain

      f:id:kaze_no_katami:20200528140204j:plain

 11.「せっかく・・・」センヌキは恨みがましく非難した

 

 所を三年四組に移して、マイクのセッティングやミキシングの調整が行われ、それが終わるとナッパから春休みに実施する最期のクラス合宿の説明があった。彼女は白いブラウスの襟元に細い黒のリボンを飾り、白いニットのベスト、淡いピンクのミニスカート、そして白いハイソックスと、殆どアグネス・チャンの衣装そのものだった。

 教室を見渡すと客の入りはパラパラと三十名程度、尤もその内の1/3は出演者とスタッフだったが、どういう訳か女生徒に絶大な人気を誇る「まり子先生」こと米原教員が来ている事が異例と言えば異例だった。

 それでもクマやアグリーが充分満足していたのは言うまでもない。昨年12月にほんの思いつきから立ち上げたコンサートが、今まさに始まろうとしているのだ。

 クマがミュートしたギターでリズムを刻み、センヌキが歌い始めた。名曲「青い目のジュディ」の最後のリフレインである。予定では続いてアグリーが3度下、クマが3度上という風に3パート・ハーモニーになる筈であったが、センヌキは自分のパートをキープ出来ず、下につられたり上についたり、要は音を外しまくった。


I,S&N at the Farewell Concert/風のかたみの日記

 しかし、途中で止める訳にもいかず、エンディングだけ何とか合わせて、次はニール・ヤングの「オン・ザ・ウェイ・ホーム」、グラハム・ナッシュの「ティーチ・ユアー・チルドレン」と、もろにC,S,N & Yのライブ・アルバム「4way street」の模倣で通し、例の変則チューニング「グウィネヴィア」を挟んで、最後はやはりC,S,N&Yの「愛への賛歌」で締めた。

 と言えば聞こえはいいが、実際はスペアのギターの無い彼等はチューニングの変更に手間取り、その間誰もMCをする余裕がなく、出だしからいきなり皆を白けさせた。

 すると、いつの間にか現れた幻のリードギタリスト、アガタが「もう、止めちゃえよ」と如何にも彼らしい檄を飛ばしたが、その言葉がやけに現実味を帯びて聞こえ、全く洒落にならない有り様だった。

  次はサチコである。彼女はその日の朝、風邪でいつもの美声?が出ないことを理由に、出演を取り止めたいとクマに申し出ていた。本当はどうでもよかったクマだが、一応なだめたり、すかしたりして出演させたのであった。彼女は確かに鼻声で喉の調子も今一つだったが、演目をすべて歌い切った。

 続いて登場したのは、憎んでも余りあるHIM(ヒナコ&ムー)である。奴等は演奏時間30分と事前に報告していたにも拘らず、延々一時間以上もやりやがって完全にコンサートの主役になってしまった。

 『だいたいヒナコという1組の女は、よそのクラスまで来て態度デカくよくやるなあ』と、日頃皆から図々しいと言われているアグリーでさえ、すっかり感心してしまった。

 彼女達はヤマハが提供する「コッキー・ポップ」というラジオ番組で放送されている曲や、ムーの自作曲を冗談を交え次々と歌う。ギターのチューニングは狂い、演奏は相変わらず酷かったが、ヒナコの声は少し素人離れして妙にセクシーでもあり、最後はオフコースの「でももう花はいらない」で打ち上げた。

 クマはその曲を初めて聴いたが、なかなかいい歌だと思った。やはり歌は曲と歌詞、そしてボーカルの技量であって、些細なギターテクニックなどある意味どうでもいい事なのだ。それをクマ達は思い違いしていただけだった。


HIM そんなあなたが/風のかたみの日記

 そして順番はナッパに回った。彼女は腹山と共に1曲歌うと、あとはソロである。出番を後ろに持って来たのは、先にやって帰ってしまわないようにと、ここでもクマの考え過ぎとも思える、緻密で万全な計算が働いていたのだ。


草原の輝き/風のかたみの日記

 ナッパはあのカラオケ・テープが幾分功を奏したのか、かなり難はあるものの「うたたね団」の伴奏に何とかついてきたが、ラストの「あなた」で勇んでベースを持ち上げたクマは伴奏を断られてしまった。

 「あの~」ナッパは言いにくそうに小さな声で言った。「いいです。伴奏があるとかえって歌えないの。」アグリーをはじめ「うたたね団」は声を上げて笑った。あの練習の状況を考えれば、それは当然と思われたが、センヌキはクマの気持ちを代弁するかのように、「せっかくベースの人が一生懸命やろうと思ったのに!」と恨みがましく非難した。その一言は気の弱い彼にしては、よく言ったと後々まで語り草となった。

 「ゴ、  ゴメンナサイ」ナッパは本当に申し訳なさそうにクマを見た。彼女はこの曲を下手な伴奏などに惑わされることなく、心を込めて歌いたいと考えたに違いない。その時クマはそう思った。

 「深沢うたたね団」は和洋、オリジナル等種々取混ぜて演奏したが、基本的にエレキは得意としておらず、クマはリードギターとベースを持ち替え奮闘したものの、あまり結果がついて来なかった。「・・・6700」も期待した程受けず、ボーカルが殆ど聞き取れない最悪のパフォーマンスを露呈、それでもラストの「オハイオ」をクマとアグリーのツインリードで図々しく9分もやって、またみんなを白けさせた。

 そして最後はクマ達の呼びかけに全員が立ち上がり、チューリップの「心の旅」をシングアウトして、3時間にわたったフェアウェル・コンサートは、すべてのプログラムが終了した。  <続>


SING OUT 心の旅/風のかたみの日記

 

     f:id:kaze_no_katami:20200530211044j:plain

青春浪漫 告別演奏會顛末記 18

f:id:kaze_no_katami:20200612084934j:plain

      f:id:kaze_no_katami:20200528140204j:plain

 10.『すべてとお別れだ』クマは心の中で呟いた (2)

 

 ルバング島から29年振りに帰還した旧帝国陸軍小野田少尉の話で日本中が持ち切りだった時、全く何の話題性も無い「愛と平和の祭典、フェアウェル・コンサート」も、遂に本番前日を迎えた。その日「深沢うたたね団」は、軽い打ち合わせの心算で上野毛NAPスタジオ=センヌキの家=に全員集合した。

 但し、幻のリードギタリストで深沢全共闘の闘士アガタは、勝手にジミヘン仕様と名付けた弦がビローンビローンのグレコストラトキャスターをセンヌキに貸しただけで、本人はいつものように欠席。

 センヌキは暫くそれをいじっていたが、突然何を思ったかヒットしているフィンガー5の「恋のダイヤル6700」をやり始めた。するとそれを聞いたアグリーも即興で合奏を始める。

 「おっ、中々いいじゃん。明日これやる?」面白いと感じたクマが冗談半分に提案したところ、全員一致で本当にやることに決まってしまった。

 原曲の出だしは電話の呼び鈴が鳴り、タエコという女の子の「ハロー・ダーリン」という言葉で始まるが、クマは鈴を鳴らし裏声で、「ハロー・ノータリン」というアイデアを出し、内輪でバカウケを取った。悪乗りしたダンディーはテレビで見た振付までやることになったのである。

 『明日はきっと受けるぞ』雑談する声も弾む。「6700」の興奮が醒めきらないまま、各人ギターの弦を張り替え、楽器や機材を1階にあるセンヌキの部屋に下ろした。

 ギターやベース7本を始め、アンプ類4、スピーカー3と、とても一度に運べそうになかったので、翌日二度に分けて持って行く事とした。

 そして明日への期待を胸に秘め、「うたたね団」の面々は帰っていったが、センヌキはその日の内に、スピーカーケーブルやジャックの結線のハンダ付けを行わなければならなかった。

 一夜明け、遂に1974年3月25日の朝が訪れた。早朝センヌキの家にクマとダンディーがやって来た。何事にもいい加減なアグリーは、いつものように遅れて到着。クマ、アグリー、ダンディーは両手に生ギターとエレキを、センヌキはダンボールの箱に入れたベースとマイクやコード類が入った鞄を持った。

 センヌキはベースが持ち辛い為、しばしば休憩を要求したが「ケチッてケースを買わんからよ。」とクマに即され、渋々立ち上がった。

 途中、他に部員のいない陸上部を文字通り一人で支えている小島氏にあったが、彼はなにやら逃げるように立ち去った。それ程四人の目はらんらんと輝いていたのだ! しかし校門を潜ると周囲の冷たい視線を感じ、そそくさと教室に逃げ込んだ。だが、そこでもクラスのアイビー悪ガキ連中のバカにしたような顔を見る羽目になったのである。

 やがて終業式前に行われる恒例の大掃除が始まったが、「うたたね団」はエスケイプ。用務員のおじさんに学校のリアカーを借りて、アンプ類を取りに再びセンヌキの家へ向かった。

 機材を積み込んで相当な重量となったリアカーを、坂道で引き上げるのはかなり骨だった。にも関わらずアグリーは全く力を入れていないように見え、皆から非難を浴びた。

 漸く学校に戻った時には、既に終業式は始まっており、連絡事項として倫社の教員が午後は次年度の新入生が来る為、全員速やかに下校する事と言い渡したのだ。

 それを聞いたクマとセンヌキは愕然とし、そしていきり立った。『一体何の為に今までがあったのだ!』二人は唯オロオロするばかりのアグリーを置いて、まるで単身殴り込みに来た高倉健ように職員室のドアを荒々しく開けると、担任のカギ付きサナダ虫にかみついた。

 「僕に言われてもネェー。」虫はニヤっと笑って言った。

 「だけど、この日にやるって事は前から決めていたのだし、今更止めて帰れと言われても困るんですよ!」事前の届け出をすっかり失念していた事を棚に上げ、クマは部屋中に響き渡るような声で言い切った。

 「それじゃあ日直の先生に話してみよう。」なんだかんだ言ってもやはり担任だけの事はある。彼が折れ、お陰で3年4組の部屋が借りられることになったのである。

 その日はまた、四月からの新クラスの発表もあったが、クマもアグリーもナッパとは一緒になれず、クマは1組、アグリーは2組、ナッパは8組となっていた。クマは内向的な自分の性格を知っているだけに、クラスが異なり、まして教室がある階数も違う状況になれば、簡単に話をする事さえ出来なくなると思った。

 結局この二年間、クマは自分勝手に恋をし、自分勝手に失恋したに過ぎなかった。その対象となったナッパに対し、幼すぎる接近を図ったものの、何ひとつ自分の意志を明確に表示することはなかった。彼は情けない事に、彼女から自分の方に歩み寄って来るのを夢見て待っていただけなのだ。

 それは確かに内向的な性格も影響したかも知れない。しかし彼は彼女に受け入れられなかった時の事を恐れるあまり、自ら「愛」を裏切り、背を向け、逃げ出したのだ。

 彼は唯、時が早く流れればいいと思った。今いるこの場所から、自分を取り巻く周囲のすべてのものから、1日も早く解放されたいと思った。一年後、大学のキャンパスという来たるべき新しい環境の中で、ひ弱で臆病な心も新しく生まれ変われると信じたかった。そうする事で一度相手に自分の腹を見せた犬が、いつまでも負け犬であり続ける事を、彼は無理に忘れようとしていた。

 そしてアグリーやセンヌキ達も、この「フェアウェル・コンサート」の終了が楽しい高校生活の終焉だと勘違いしている振りをしていた。4月からの一年間は大学受験の為のものであって、ギターを弾いたり、女の子と付き合ったりする期間ではない、そういう極端な結論を出しておかなければならなかったのだ。

 しかし何故、彼等にもう少し心のゆとりが無かったのだろうか? 

 月の光に手をかざして暖かみを求めているようなナッパへの想いを断ち切る為、クマは意を決したかように心の中で呟いた。『今日ですべてとお別れだ』   <続>

       f:id:kaze_no_katami:20200530114017j:plain 

  

 

 とにかく、別れの歌ばかり作っていたような気がする。恐らくその方が作り易かったのだろう。これはボサノヴァのリズム、女性の視点、そして如何にしてアルトリコーダーをフルートっぽく聞かせるか。その為に作った曲。


冬の別れ/風のかたみの日記

青春浪漫 告別演奏會顛末記 17

f:id:kaze_no_katami:20200612084934j:plain

      f:id:kaze_no_katami:20200528140204j:plain

10.『すべてとお別れだ』クマは心の中で呟いた (1)

 

 フェアウェル・コンサートを数日後に控えて、センヌキの家での I, S & N の練習は連日夜まで続けられた。しかし今まで吉田拓郎の歌が全てだと信じてきたセンヌキに、クマの高度というよりは、単にマニアックなだけの変則チューニングを使った演奏は、摩訶不思議な世界に過ぎず理解出来る筈も無い。いつまでたっても自分のパートを覚えられずにいる彼にクマは露骨に嫌な顔をしながら、何度も教え込まなければならなかった。 

 さて、ここで彼等が使っている変則チューニングについて少し触れたい。

 基本は以前にも述べたDチューニング = DADF#ADで、特にクマは自作曲にも多用したお気に入りの調弦だ。これはオーソドックス・チューニングのDとも相性が良く、PANで左右に振ってフィンガリングすると絶妙な雰囲気を醸し出す。


星の妖精/風のかたみの日記

 同じD系では、DADDAD、DADGBD も C, S, N&Y(クロスビー, スティルス, ナッシュ & ヤング)をコピーする上では必須である。DADDAD はDmにもDmajにも使える優れモノで、ソロプレイにも適している。(代表曲:青い目のジュディー =原曲のキーはE=)。またDADGBD はどちらかと言えばブルース系に向いている様である。

 そして一番難解なのが、D. クロスビーが用いる EBDGAD である。これはD系と全く違い、解放弦で弾いただけでも、不思議な感じがするチューニングで、当然通常コードの運指など使えない。クマは普通のオープンリールのテープレコーダーに9.5cm/sec で録音し、4.75cm/secで再生、音程は1オクターブ、速度も半分に落ちるが、一音ずつ耳で拾いコピーした。その曲「グウィネヴィア」を意地でもコンサートでやるつもりだったからである。 

 尚、C, S, N&Yのアルバムタイトルにもなった名曲「デジャ・ヴ」も、このチューニングが使われている。他にはジョニ・ミッチェル等が使うGチューニングもあるが、クマ達は上手く導入出来なかった。

 ところで、センヌキがクマから厳しいリンチ指導を受けていたある日、戸塚に引っ越したばかりの「うたたね団」メンバー、トシキがわざわざ練習の見学にやって来たが、彼はセンヌキの弟で未だ3歳のサブの面倒を見るはめになってしまい、階段の上下でみかんを投げ合って、結局、練習に参加する事が出来なかった。因みにセンヌキは三人兄弟で、兄の名は一郎、本人は二郎、弟は三郎という。分かり易いと言えば確かにそうであるが、割と安易な大学教授もいるものだと命名した父親をアグリーは笑った。

 練習の合間にも、放送委員のリンダさんに放送部備品のマイクスタンドの貸し出しを電話で依頼したり、またコンサートの実況録音する為の機材も用意され、準備は着々と進められてゆく。写真撮影はアサヒ・ペンタックスを買ったばかりの松っチビに頼んだ。

 クマ達は基本的にはこのコンサートの目的を、レコーディングごっこの集大成、即ち自分達のライブ・アルバムを制作することと考えていた。従って他の女子の出演者は、端的に言えば客寄せの餌に過ぎず、主役はあくまで I, S & N であり、「深沢うたたね団」である。

 その主役、脇役の在り方を HIM(ヒナコ&ムー)がメチャクチャにしてしまう事を、彼等はまだ知らずにいたのだった。<続>

      f:id:kaze_no_katami:20200529172222j:plain

 

 

 さて今回はいつもと趣向を変えビデオ教材を作ってみた。題して「Dチューニング講座」。これを見れば君も今日から C, S, N & Y になれる・・・かも


Dチューニング講座/風のかたみの日記

青春浪漫 告別演奏會顛末記 16

f:id:kaze_no_katami:20200612084934j:plain

      f:id:kaze_no_katami:20200528140204j:plain

9.「何故もっと早く・・・」ダンディーが恨み言を言った

 

 再びレッスンが始められたが、ナッパの生まれつきとも考えられるリズム感の無さから、これ以上の練習は時間の無駄のように思えた。『小中学校の音楽の授業を、彼女は一体どうやって乗り越えて来たのだろう』クマがそんな事を考えていると、アグネス・チャン・ファンクラブ会員に成りたてのカメが、カラオケテープを作り彼女が家に帰ってからも練習出来るようにしたらと、珍しく賢い事を言った。

 早速録音に取り掛かろうとしたものの、肝心な空テープが無い。ところが運の悪い事に、クマの一作目のオリジナル作品集「1973.11」のB面が空いたまま、偶々センヌキが持っていたのだ。

 「これにしよう。」イタズラ小僧が新たな企てを思い付いた時のように、センヌキは得意げな笑みを浮かべて、そのテープをクマの前に突き出した。

 『えっ。』クマは一瞬、顔面蒼白になった。何故ならこのカセットのトップに収録されている『君に捧げる歌』という曲の歌詞は、彼のナッパへの思いを綴ったもので、昨年の夏休み、クマやメガネユキコとナッパ達、文化祭責任者だけで打ち合わせの為学校に集まった際、日直で来ていた担任のカギ付きサナダ虫が、慰労としてポケットマネーから出してくれた小遣いで「かき氷」を食べに行き、その帰り買って来た花火を、昼間にも拘らず校舎の影でしたことが、次のような言葉で書かれていた。 

   日差しに歩く 後ろ姿が

   子供のように はしゃいでたね

   買ったばかりの 花火を振りながら

   夜までとても 待てないなんて

   あの時 言えば良かった

   君がとても 好きだって

   僕の心を 知ってるように

   君の瞳が 笑っていた

  これを聴けば、間違いなくナッパは誰の事を歌っているのか直ぐに気づく筈だ。体に似合わずシャイなクマはそれが恥ずかしかったのである。彼の必死の抵抗にも、結局『A面は聞かない』という約束で貸すことになってしまった。

 「絶対聞いちゃあダメだよ。」逆効果になると知りつつ、クマは帰り支度のナッパに念を押すように言ったが、その時彼は、『もしかしたら、自分が作った歌に彼女が感激して、「クマさんって素敵な人ね」なんて事が、あるかも知れないな』などと、ありもしない、しかしあってもよさそうな、つまり自分に都合のいい事を考えていた。

 ナッパとニッカがバス停までの帰り道を知らない為、クマは詳しく説明した。するとアグリーが今度は何故か気配りするように「送って言ったら。」と言い出した。しかし昼間、学校に迎えに行って悲惨な思いをしたクマは流石に行きたくはない。敵が逃げ腰だと見たアグリーは、さっきの仕返しとばかり追い打ちをかけてきた。

 「しかしアナタ、こーんなに暗くなって女の子だけで帰すのは良くないと思わない。」

 「うん、それはそうだけど、でも僕等ももう少し練習しなきゃいけないし・・・」

 「アナタ、何を言ってるんですか、そんな問題じゃあ無いでしょうが。」

 「・・・」クマの形勢は悪くなるばかりだった。余程『だったらお前が行けよ』と言いたかったが、ナッパの前であまり醜い争いはしたくない。

 「いえ、大丈夫ですから。ねえニッカ。」アグネス・チャンの歌声からリズム感を除いたような声のナッパの言葉に、ニッカも『大丈夫です』と頷いた。

 女の子二人が帰ると、クマ達はしばらく放心したように黙り込み、広い部屋に静けさが訪れた。すると、ふとダンディーが来ていない事に気づき、電話を架けて呼ぶこととなったが、果たしてチャリンコを飛ばしてやって来た彼は、つい今しがたまで、密かに好意を抱いているニッカがここにいたと聞き、何故もっと早く呼んでくれなかったのかと、皆に恨み言を言った。

 しかしナッパと共に至福の時を過ごしたクマやアグリーの耳には、全く聞こえている筈など無かったのである。  <続> 

      f:id:kaze_no_katami:20200529111932j:plain

 

 

 今回の YouTubeは「君に捧げる歌」の問題の2コーラス目をデモ・テープから。


君に捧げる歌 Demo Version /風のかたみの日記

 

 尚、完全版はこちら・・・何をもって完全版と言うのか甚だ疑問だが (^^♪


君に捧げる歌1973/風のかたみの日記